第2話 春の陽気
春の陽気が心地よい朝だ。目覚ましの音と鳥のさえずりで目が覚めた。正直にいうとまだ眠い。でも遅刻して悪い方向に目立ってもいけないので、なんとかベッドから起き上がると、まずは顔を洗うために洗面台へ向かった。すると、父さんがヒゲを剃っていた。目が合うと、
「おはよう、柊斗。高校はどんな感じだ?」
と聞いてきた。オレは、
「いい感じだよ。賢斗と同じクラスになれたし。ってか、オレ急ぐから。父さんも遅刻しちゃうよ!」
と返した。父さんも「そうだな」という感じの笑みを返した。父さんは、家電量販店で働いている。入社したばかりの頃は接客をメインにやっていたらしいが、今では出世して管理職の事務仕事が多いと言っていた。すごく仕事熱心で、家族思いのいい父親だと思う。
ダイニングへ行くと、母さんが朝食を作ってくれていた。今日の朝は、トーストとサラダ、スープだ。すでに母さんがパンを焼いてくれていたので、オレはイスに座るとりんごジャムを塗った。
「高校生になって、新しい環境はどうなの?友達はできそうなの?」
と、母さんが聞いてきた。心配性な人だ。オレは、
「大丈夫だよ。賢斗も同じクラスになったし。」
と笑顔で答えた。母さんは週4日程度、コンビニでパートをしている。結婚前からずっとそこで働いているそうだ。中学生の頃は、母さんに反抗することも多かった。でも今は、母さんがいるおかげで家が綺麗に整っているし、洗濯や食事も苦労しなくていいのだと思って日々感謝している。流石に恥ずかしいので、直接お礼を言うのは母の日とか誕生日くらいでいいかなと思っている。
真新しい制服に身を包むと、玄関のドアを颯爽と開けて外へ飛び出した。やや大きすぎる気もするが、卒業する頃にはちょうど良くなっていることだろう。この制服とともに高校生活の思い出を作っていければいいと思う。
外では桜の花が少しづつ散り始めている。そよ風が吹く、いい朝だ。清々しい気分に満たされた。
中学とは方向が真逆で、ほとんど通ったことがない道だ。多くのものが新鮮に感じた。新しい発見もあった。ネコが群がっている場所や水がきれいな川、いい雰囲気のカフェなどがあることが分かった。カフェは一度入ってみたいなと思った。世の中にはまだまだオレが知らないことがあるんだろうなと感じた。
しばらく歩いていると、交差点の角で賢斗がネコとじゃれあっていた。朝からすごく元気そうだった。元気で明るいことが賢斗のいいところだ。ずっと友達で居ることができればいいと思う。
「春は暖かくていいよな。冬は寒いし、あつは懐いし。」
と賢斗が言った。
「それを言うなら、夏は暑いだろ? 文字が入れ替わってるし。」
オレは笑いながら答えた。春は気持ちいいからオレも好きだ。ただ、暖かいが故に眠くなってしまう。午後の睡魔は悪魔そのものだ。必死に背伸びをしたりして切り抜けてきた。もし叶うなら、恋愛でも春がやって来ればいいのにと思う。
学校に着くと、他の人はまだ来ていなかった。どうやら皆、ギリギリに来るらしい。この学校ではSHRの前に読書を15分間するらしい。漫画などは不可で、活字の本に限るそうだ。オレは本を読むことが好きなので、とても嬉しい。今日は『シャーロック・ホームズ』を持ってきた。
まばらにだが他の人も登校してきた。しばらくすると、海田さんも登校してきた。オレは思い切って声をかけてみることにした。すると、入学式の日に海田さんもこっちに気づいていたことが分かった。簡単に自己紹介をしたりして、少なからず打ち解けることができた。賢斗も含めた3人の絡みが多くなった。
他にもクラスにはいくつかのグループが形成されていた。みんながそれぞれに絡む人を見つけたようだった。もちろん、クラス全体の関わりもあればいいなと思う。この1年間でいいクラスになっていけばいい。
今日はまず、クラスの委員や係を決めるところから始まった。基本的には立候補性らしいが、どうしても手が挙がらない場合は先生からお願いされることもあるそうだ。オレはあまり目立ちたがらない性格だ。でも、自分を変えるために立候補してみようと思った。本が好きということもあって、図書委員に立候補した。定員2名で立候補がオレだけだったため、そのまま決定になった。
もう一人の委員が誰になるんだろうと気になっているところに、
「俺は本が好きじゃないから、悪いけどパスで。」
と、賢斗が言ってきた。
「大丈夫。それくらいは知ってるから。」
と、オレはニヤけながら答えた。すると、賢斗は頷いていた。何を肯定したのかは不明だったが。
もう一人の図書委員がなかなか決まらず、とうとうまだ決まっていないのは図書委員だけになってしまった。すると、誰かが手を挙げた。海田さんだった。オレは内心、とても喜んだ。これで仲良くなれるかもしれないと思った。
休み時間になって、海田さんが声をかけてきた。
「柊斗くん、一緒に図書委員の仕事を頑張ろうね。よろしく。」
と、とても可愛い笑顔で言ってくれた。オレはこの時、ニヤけてだらしない顔になってしまっていたかもしれない。
海田さんが声をかけてくれてすごく嬉しかった。家に帰ってもニヤついてしまい、父さんから質問されるほどだった。
「青春を楽しめよ。」
と、父さんから言われた。余計に恥ずかしくなってしまい、自分の部屋に向かった。あらためて考えてみると、海田さんはオレのことを下の名前で呼んでいた気がする。すごく嬉しいことだが、まだ絡みが少ない段階でそうだと何かあるんだろうか。名前を覚えてくれていることに自然と笑みが溢れた。
翌日、賢斗と一緒に学校に行くと海田さんがもう来ていた。目が合うと声をかけてきた。
「柊斗くん、おはよう。今日もいい天気だね。」
オレはニヤけそうになるのを隠しながら、
「海田さん、おはよう。」
と返した。朝から海田さんと話ができることがすごく嬉しかった。
「私のことは、侑衣って呼んでいいよ。もっと仲良くなりたいし。」
と言ってくれた。
「じゃあ、オレのことも呼び捨てでいいよ。よろしくね。」
と返した。賢斗がからかうような目で見ていた。きっとイチャイチャしてるなとか思っているんだろう。オレだって女の子と仲良くしたいからな。もちろん賢斗のことも大事だけど。
侑衣の将来の夢は、医師になることらしい。理由は人を助けることがしたいからだそうだ。すごく優しくて、思いやりがあるんだろうな。それに、すごく可愛いし。オレは今のところ、やりたいことや夢といったものがない。だから、侑衣のことをすごいと思う。将来のことを自分でしっかりと考えているんだから。
賢斗は小学生の頃からずっと警察官になりたいと言っていた。今でもそれは変わっていないらしい。理由は多くの人を守って安全に生活してもらいたからだそうだ。あと、単純にカッコいいかららしい。賢斗なら、おそらく後者の方が大きいのかもしれないが。だけど、ずっと同じ夢を追いかけ続けるっていうのも、すごいことだと思う。
オレも、将来のことを真剣に考えないといけないなと思う。だから、来週に開催される職業フェアに行ってみるつもりだ。色々と見てこようと思っている。父さんと母さんは、オレが真剣に考えて決めたことなら応援すると言ってくれている。立派になって誇らしい姿を見せることができればいいな。
これから、どんな高校生活が待ち受けているのだろう。もちろん楽しいことだけじゃないだろう。でも、辛いことがあったとしても、大切な友達がいるからがんばれると思う。一生に一度の高校生活で悔いが残らないよう、努力していければと思っている。
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