第2話 朝のケモミミ

 俺の朝は割と早い。

 通勤の早めな父親の朝飯に付き合わされるため、毎朝母親に起こされる。

 ついつい漫画やらゲームやらで夜更ししてしまう多感な時期の早起きはつらい。飯は冷めててもいい、俺は眠いんだから大事な成長期を邪魔しないように寝させてくれと頼んでも、毎朝起こされた。鬼か。

 だが、早起きは三文の徳ではないが、いいこともある。


 やることがないので早めに登校すると、いつも教室には先客がいた。

「Zzz…………」

 溝口が寝ていた。

 奴も朝が早いらしく、寝不足な分をホームルームまでの時間で補っていた。

 自分が席に座っても全席の溝口は目を覚まさない。

 ……しかし、その代わりピクンと動くものがある。

 それを見るのが毎日の日課だ。

「……」

 長さは大体指先から手首のより少し長いぐらい。細さは女性の手をすっぽりとはめたぐらい。そんな耳が、頭の先から垂れていた。

 たまに思い出したようにピクピクと動く。物音がしたりすると、上に上げて左右を向け、安全を確認するとまた垂れ下がった。

 最初は俺が席に座ると警戒するようにコチラに耳を向けていたが、何もしないことを確認した最近はピクンと動かすだけだった。

 動いた耳に「よう!」と手を上げる。それはろくに話すこともない溝口との、気づかれることもない朝の挨拶だった。


 ホームルームが近づき、教室に生徒が増えてくると、溝口は耳を丸める。うるさいのだろう。やはり聴力は通常の人間よりいいのだろうか。そういえば溝口の人間の方の耳は見たことがない。基本的に髪で隠れていて見えない。うまいこと人間に変身したが耳だけ自分に見えているのか、それとも人間に耳が生えるようになったのか……わかるはずもなかった。

 かたくなに起きない溝口だったが、ある声を目覚ましに起きる。

「おはようタカちゃん! 朝だよー」

 丸まっていた長い耳はべたっと前に突き出て、ゆらゆら揺れる。そしてゆっくりと溝口が起きる。

「ん……あー、もう授業かー」

 溝口は金城の声にだけはよく反応する。脳に「この声にだけは反応する」とプログラムされてるようだ。

「顔に手のあととかついちゃってるよ! もうちょっと早く起きてトイレで顔作ってきなよ」

「あたしはんなことする必要ねーっつーの。寝る時間減るだけだろ」

「確かに、タカちゃんはなぜか次の瞬間に顔が綺麗に整ってるけど、女の子は色々油断しちゃダメだよ、長内くんにも見られてるんだし」

「こいつ後ろの席だしなんも見えねえよ、ていうか見たら殺すし」

「物騒だよー!」

 正直、寝顔もまあ悪くないとは思うが、それよりも見ちゃいけないものを見ている気がするので、ばれないようにしようとは思った。

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