ハヤマ・ロイド社の動向 6
シャンパンを抜いた。フルート・グラスに注ぐと、炭酸の気泡が夜星のように散らばっていく。フランスでは星を飲むと比喩するが、その理由がよくわかる。
「明日からやるべきことは、わかっているね」
椅子に放られた液晶に問う。はい、と静かな返事があった。
「カンショク、します。歌、つくります」
「わかっていればいい」
でも、とボーカロイドは呟く。なので、「消されたいのかね」とぴしゃりといった。
「いやです」と液晶は答えた。「あやまりたい、です」
しかしボーカロイドは、「でも……」と、もう一度くちにした。
じれったくなってとりあえず、「なんだね」と訊く。
「ワタシ、歌が、わかりません」
ふん、と鼻で笑う。「ボーカロイドがそれでは困る。しかしまあ、まだ仕方がないだろうね。明日から、また学べばいい」
「そうでは、なくて……」
「なんだね。いつも音楽のこととなると機嫌よくしているおまえが、いったいどうした。ほら、なんならここで歌いなさい。そしたらまた、楽しさを思い出す。作曲意欲も湧くだろう」
ボーカロイドは黙っている。なので、歌いなさい、と再度命令した。
「歌えません」と呟く。「歌がなにも、思い出せません。なんにも、ありません」
重樹ははっとして液晶を手に取った。ボーカロイドは座りこみ、うつむいている。
「なんだって?」
「メロディ、浮かびません。音楽、なんにも聴こえません。どうしてですか?」
「な、なにをいっている。ほら、歌いなさい。なんでもいい」
「歌えません」ボーカロイドは首をふる。
手からグラスが抜け落ち、車内で割れた。
運転手の名前を叫ぶようにして呼ぶ。そして、「咲音クミをメンテナンスする。東京へ急げっ」と早口で告げた。
車がぐんと速度をあげた。
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