ハヤマ・ロイド社の動向 3
次回のコンサートを打ち合わせる会議のあと、食事を摂ることにした。七峰に近隣のレストランへと案内される。昼時なので混んでいたが、すぐに個室へ案内してくれた。朝食のメインは舌平目のムニエルだったので、獣肉で頼むと伝えた。気を遣う仕事はもうないので、ジビエ料理に合うスティル・ワインもオーダーする。
「恐縮ながら申します。次回のコンサートを決めてもよろしかったのですか。咲音クミはおりません」
七峰がいう。そのあといいつけ通り、ボルドーが運ばれてきた。
「いっただろう。じきに見つかる。お前たちは私の指示を守ればいい。ほら、まずは葡萄酒を飲みなさい」
「ですが……」
「心配するな。つぎは予定通り、例の曲を披露する。なにも憂慮することはない」
「まだ歌詞さえもできていません」
「すぐに出来上がるとも。このままいけばね」
ギャルソンが炭火樽を持ってきた。ラムチョップと雉のスライスが盛り付けられた皿もある。「炙ってお持ちしようと思いましたが、目で楽しめると思い」
ふむ、と頷く。「わかった。それもそうだ。こちらでやろう」
七峰が受け取った。それからいう。
「昨夜、遅くまで幹部スタッフを動かしてDVDを制作されてましたね。そして朝から、なにやら専属の探偵と密談しておいででした。今回の件となにか関わりが?」
「そうとも。必要なことだった」
ジビエの脂が熾に染みる音がした。
「なにをお考えになっているのですか、社長」
こめかみに中指を添える。「なにを? いままで通りだよ。私はね、会社の邁進しか脳にないのだよ。咲音クミを黄金に変える、この方法をいつも思案している」
「それではまず、はやく捕まえなくては」
「わかっている」
「そうでしょうか」
生意気をいわれたので睨むと、七峰は怯んだ。
「命令を忘れてはいないだろうね」
「わかっております」
「お前たちはそれを守ればいい」
しばしの沈黙。それから七峰はいった。「ではつぎは、どこを探しましょう。捜索隊にも指示を与えなくては」
「それは追って報せる。しかし、見失ったのはどこだったかな?」
「ひばりヶ丘です」
「ならばどう予想する」と、意地悪な質問をする。
「近場となると、保谷、東久留米、田無……しかしあの近辺は念入りに捜索したとのことなので、やはり埼玉でしょうか」
「ちがうよ」口角をあげる。「奴には運が味方している。あの付近にいようとも、他人の部屋ならば誰もわからない」
「そんな幸運がありますか? ……まあしかし、社長の勘は当たりますからな。失踪当日も、宣言通り、新宿のホテルにいたことがわかりましたし」
「なんとも不思議だね。――ほうら焼けてるじゃないか」
七峰はすいませんといってトングを掴んだ。受け皿にあげられた獣肉をくちに運ぶ。血の味が濃い。
「うまいね」噛み締める。「きみもやりたまえ」
「はあ……」
「大丈夫だとも。しっかり命令だけを守ればいい」そうすれば――といって、もうひとつ肉を奥歯に挟む。「いままで以上に金物臭い少女になる。あの、画面のなかにしか存在しない、十七歳の小娘がね」
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