尊敬する上官の娘が自分の親父の戦死報告を信じてくれません~しかも骨董品爆撃機に乗って殴りに行くと言い出しました

山﨑 孝明

第1話 少年の帰還

 戦争が終わった。馬鹿馬鹿しいくらい長く続いて、馬鹿馬鹿しいくらいに人が死んで、馬鹿馬鹿しいくらいの終わり方をした戦争が終わった。


 僕は周りを見渡してみた。本国に帰る人たちの群れの中に、僕と同じ連邦宇宙軍の制服を着ている人間は片手の指で余るくらいだった。


 今、僕が乗っているのは連邦宇宙軍の輸送艦。僕がいた惑星シーアンの防衛隊で唯一残った輸送艦だった。


「連邦宇宙軍の軍人さん? はあ、生き残りがいらっしゃるとは驚いた」


 ボロボロのスーツだったらしいを着たおじさんが、僕に話しかけてきた。


「運が良かったんです」


 この質問も、もう何度目だか分からない。疑問を持たれるのは当然だろう。僕がいた惑星シーアンの防衛隊は、ほぼ全滅と言って差し支えない状態だったから。


「私の甥っ子も軍人だったらしいけれど……そう、この子、どこかで見たことはないかね?」


 発振器が劣化したノイズだらけの立体ホログラムを見せられたが、僕にはその顔に見覚えがなかった。


 小なりとはいえ惑星防衛隊は二個師団三〇万人は居たはずだから、それも当然だった。


「いえ……僕は見覚えがないです」


 そうかい、と、僕に話しかけてきたおじさんはどこかへ行ってしまった。軍服を着てきたのは失敗だったかもしれない。


 目立つ以前に、何人かは敵意むき出しの目をこちらに向けてくる。


 そりゃあそうだろう。連邦宇宙軍が見捨てなければ、この輸送艦に乗っている人の数はあと二桁は多くなっていただろう。


「なにが連邦宇宙軍だ。俺たちを見捨てやがって。防衛隊は勇敢に戦った。だがそれまでだ」


 案の定、何が入っているのかよく分からない瓶をぶら下げた男が、僕に詰め寄ってくる。


 男の口からは酒なんだか薬草なんだか薬なんだか分からないニオイが漂っていた。


「やめなよアンタ。その若いのにいってどうするんだ。それにほれ、そのバッジは防衛隊の徽章じゃないか。防衛隊は最後まで俺たちを見捨てなかった。本国が見捨ててもな。それは事実だろう?」


 周りに居た誰かが、男の肩を掴んで僕から引き離してくれた。


 本国が見捨てたとしても、防衛隊は男の言うとおり、終戦まで市民の防衛を続けるという建前は本音と同一だった。


「……ああ悪かったよ坊主。てめえみたいなチビでも、俺たちを守ってくれた防衛隊だもんな」


 男はフラフラと、酒を飲みながら立ち去った。


 僕は今、惑星シーアンから、故郷である惑星ヴァルタヴァへと向かう引き揚げ船の中にいた。


 窓から見えるのは、赤茶けてボロボロになった惑星だったものの残渣や機動要塞の残骸だ。これから一週間掛けて、僕らは故郷に戻ることになる。



 話を整理しよう。



 人類が宇宙に飛び立って既に何百世紀も経っていた。あるものは新天地を見つけて新たな人類生存圏を見いだし、ある者は道半ばにして挫折した。


 人類という種を銀河系宇宙に広めるというのは目的としては壮大だけれども、道ばたに生えたタンポポが綿毛を飛ばすのと大差はない。


 そんな人類が、せっかく見つけた生存圏を巡って争いだしたのも、人類史を遡れば当然だった。


 勝者と敗者が生まれるのは戦いの当然の成り行き、そのはずだった。


 人類史において幾たびも繰り広げられてきた戦争は毎回そうだった。でも今回は違った。


 かつて地球と呼ばれた星にいた頃とは比べものにならない技術を用いた互いの勢力は、お互いを滅ぼす寸前まで殴りあった。


 膨大な軍需物資を産み出す利益度外視の自動工場、一発で惑星を消し飛ばす高次元兵器など枚挙に暇がない愚かな産物を投入しても結局勝者は誕生しなかった。


 疲弊しきった人類――この場合、僕の住んでいる惑星ヴァルタヴァといくつかの惑星を領域とするヴァルタヴァ連邦と呼ばれる国と、お隣の恒星系、距離にして一二光年離れた惑星コミューニンの連合帝国は、戦意喪失のあげくに和平を結んでしまった。


 戦後処理は簡潔で、お互いの占領地域を放棄・返還、無期限の不可侵条約締結。


 賠償金も領土割譲も戦時犯罪人の引き渡しもなにもない、互いに今後関わらないようにしようというものだった。


「諸君らは数少ない、連邦宇宙軍の生き残りだ。諸君らは貴重な人材として、その再建に尽力してもらいたい。そして――」


 防衛隊の生き残りでは最高位のどこかの部隊の隊長が、周囲の引き揚げ民の目を気にすることなくがなり立てている。


 再建どころか、そのまま宇宙軍そのものがなくなりそうだというのに、意気軒昂いきけんこうなことだ。


 そう、僕はその連邦の軍人としてこの戦争の最終局面を目にしてきた。


 本当なら僕は、僕が従卒として仕えた戦艦の艦長と共に、戦場で死ぬはずだった。


 それが今、僕はその艦長の階級章と制帽だけを携えて、ヴァルタヴァへ向かっている。


 一週間後、ヴァルタヴァのセンターポリスに設けられた臨時宇宙港に、僕の乗る輸送艦は到着した。


 僕が前線に行く頃には、センターポリスにはもっと立派な宇宙港があったけれど、去年の暮れ辺りに連合帝国の超々距離特攻を受けて消滅したらしい。


 粗末な引き揚げ者用入国審査所を通った僕は、やはり生きていた連邦軍人として奇異な目で見られた。


「ユリウス・シュナイデル……階級は……少佐? しかもシーアンの防衛隊の生き残り? 本当か?」

「提出した身分証にはそう書いてあるでしょう?」


 本国でもこの有様だから、ヴァルタヴァ連邦宇宙軍は、本当にシーアン防衛隊とシーアンの市民を見捨てていたようだった。


 審査所を抜けると、引き揚げ者の親族か誰かだろう、皆キョロキョロと周りを見渡し、入国審査所から出てくる人たちの顔をじっと見ていた。


 幸いなのかどうなのか、僕には迎えに来てくれる人がそもそもいない。


 父も母も兄も、軍人として最前線に送られて、僕がシーアンの防衛軍に配属されたあと全員戦死していた。


 まあ、宇宙軍に従軍していた人間は多いし、僕のような境遇の人間は結構多い。


 宇宙軍自体が壊滅状態で事務部門すら殆どまともに動いておらず、軍官舎も度重なる爆撃により吹き飛んでいた。


 仕方なく僕はセンターポリスの安宿を押さえて、とりあえずしばらくぶりのふかふかのベッドを堪能した。

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