6日目/ママ

 12月18日(水)


 今日になっても瞳子は、楜の安否を知らせる連絡を斉藤夫妻に出来ずにいた。

(もし連絡してしまったら、楜ちゃんはまた・・・)

 瞳子は、左手の痣や火傷だけでなく全身の暴力の痕を目にしてしまっていた。身体中に出来たその痛々しい痕を、瞳子は見てしまった。そして、彼女は楜に頼られてしまった。だから、楜を守れるのは自分しかいないと・・・彼女は、そう自負していた。

 現に、楜の表情は随分と明るくなっていた。初めて会った時の彼女とは、まるで別人に見える。


「電話、したか?」

 昨日の夜、草太朗から連絡があった。

「・・・ううん」

「何でだよ!おまえ、おかしいぞ?大丈夫か?!」

「だって・・・」

「いいから!この電話切ったら、絶対にしろよ!」

 少し強い口調で彼はそう言うと、乱暴に電話を切った。

 あれから丸1日が経った。

 今日の昼過ぎにも草太朗から着信があったけれど、瞳子は出なかった。出ることができなかった。


 ケータイで求人のサイトを見ていたら、0時を過ぎてしまっていた。

 楜が眠ったのは22時頃だったから、2時間も眺めていた。けれど、頭の中は楜の事でいっぱいで、結局何の収穫もないまま瞳子はサイトを閉じた。

 と、その時、楜の声がした。

 瞳子は顔を上げ、楜の方を見た。

(寝言か・・・)

 足が布団からはみ出ているのに気付いた瞳子は、ベッドに近付いた。そして、その小さな足の上に布団を掛けた・・・その時。

「・・・ママ・・・・・・ママ・・・」

「え?」

 彼女は耳を疑った。

(・・・ママ?・・・今、ママって・・・言った?)

 楜の顔を覗き込む。

(・・・え?・・・涙の・・・跡?)

 眠っている楜の頬には、乾いた涙の跡が2本、くっきりと残っていた。

 

 瞬間、瞳子は目頭が熱くなった。そして、その時初めて瞳子は、自分のしている「善」が所詮は「エゴ」でしかないという事を思い知らされた。

 瞳子は、楜を匿う事で全てを解決できると思い込んでいた自分を、心から恥じた。

「親子の絆」の深さを目の当たりにした瞳子は、身勝手で自分勝手な思い上がりを心の底から、悔いた。

 

 居ても立ってもいられなくなり、瞳子はテーブルの上のケータイを掴むと、冷凍庫の中からチラシを取り出した。

 0時を回っていたが、その時の瞳子に躊躇はなかった。チラシに書かれてある番号を見ながら、画面上の数字をタップした。

 11桁の数字を入力した瞳子がケータイを耳に当てるや否や「さ、斉藤です」と、少し震えた女性の声がした。

 心臓が口から飛び出そうだった。瞳子は、大きく深呼吸をしてからゆっくりと口を開いた。


「夜分にすみません・・・楜ちゃん、今、うちにいます」

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