5日目/質問

 12月17日(火)。


「もう充分気が済んだだろ?とにかく、明日、あの子の親に連絡しろよ?保護するって簡単に言うけど、おまえ、あの子を学校に通わせられんのか?後、いつまで面倒みるんだよ・・・最後まで責任持てねぇなら、早いとこ見切り付けるんだな。瞳子だって、就活しなきゃ・・・だろ?他人の世話してる場合じゃねーだろ?」

 ゆうべ、楜が寝た後。

 草太朗にそう言われて、瞳子は目を伏せた。

 自分がしている事が犯罪だという事は、百も承知している。

 けれど、楜を家に帰す事は、それはそれで違う犯罪に加担する事になる。

「時間が経てば経つほど、つれぇぞ?」

 黙ったまま目を閉じる瞳子に草太朗は、優しく微笑みかけた。


 眠れなかった。

 ゆうべは、一睡もできなかった。

(・・・学校かぁ・・・そう言えば、楜ちゃん、家に帰りたくないとは言ったけど、学校に行きたくない、とは言ってないなぁ・・・)

 昨日草太朗に言われた台詞の中の「学校」という単語に、スポットライトを当てる。クローゼットの取っ手に彼女の制服を掛けてあるにも関わらず瞳子は、正直、学校の事など微塵も考えになかった。


 楜が朝食を食べ終えた頃を見計らって、瞳子は中身が空になったマグカップをテーブルに戻した。

「・・・ねぇ・・・楜ちゃん?」

 軽い口調で話しかけようと意識し過ぎて、逆に重々しい声色になってしまった。

 楜は一瞬身構えたが、すぐに「なぁに?」と笑顔で答えた。

「おねえちゃん、自分がお仕事無いからすっかり忘れてたんだけど・・・」

 こんな前置き、子どもに要るのか?!とも思ったが、とりあえずそう切り出すと、

「あぁ・・・くるみの学校の事?」

 勘が鋭い楜は、その前置きから次の瞳子の台詞を読み取って、逆にそう訊き返してきた。瞳子は驚いて目を見開いた。

「あぁ・・・うん・・・そう、学校の事。・・・楜ちゃん、学校、行きたい?」

 もう、単刀直入に訊くしかなくなってしまった。

「うーん・・・お勉強はしたくないけど、お友達には会いたい!」

 子どもらしい素直な回答だな、と瞳子は思った。

「だけど、ランドセルがないから・・・」

 楜は瞳子の言葉を待たずして、続ける。

「だから、学校には行かなくていい!」

 瞳子は少し躊躇したが、思い切って次の質問をする。

「・・・じゃあ・・・じゃあ、おうちには・・・帰りたくなった?」

 すると、楜の顔は一変して無表情になった。

「おねえちゃん、おにいちゃんに何か言われたの?」

 それでも視線だけは瞳子に突き付けてくる楜に、ドキッとした。そして、楜の質問に言葉を詰まらせた彼女は、何も言えずに唇を震わせた。

「・・・やっぱり、おにいちゃんに何か言われたのね!だって、おねえちゃんがそんな事言い出すの、変なんだもん!」

 そこまで言い終わると、楜はグラスを持ち上げオレンジジュースを飲み干した。

「くるみは、ずっとおねえちゃんとここにいる。お勉強はおねえちゃんに教えてもらうから大丈夫!」

 大きな黒い瞳をキラキラさせて、楜は瞳子にピースサインをして見せた。が、そんな楜に瞳子は鈍重に言葉を絞り出す。

「・・・あのね・・・楜ちゃん・・・もしもね・・・」

「まだ・・・何かあるの?」

 楜は少し嫌そうな顔をして、頬を膨らませた。

「うん・・・最後の質問。これで、お終い。・・・もしも、もしもお父さんやお母さんが楜ちゃんの事を探していたら・・・どうする?」

 瞳子はドキドキした。

 楜は何と答えるのだろう。

 正直、皆目見当が付かなかった。

 楜は膨らませた頬を凹ませると、首を傾けて「うーーーーん」とうなった。

 ほんの僅かな時間だったが、瞳子にはそれがとてもとても長く感じられた。


「もし・・・もしもそうだったら・・・だったら・・・帰っても・・・いいかな?」

 蚊の鳴くような小さな声で、楜はだけどはっきりとそう答えた。

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