3日目/盲点
12月15日(日)。
今日は楜の好きな物を買って来ようと、買い物に行く前に瞳子は彼女に「欲しい物、ある?」と訊いてみた。すると、彼女は少し考えてから、「すき焼きが食べたい」と、遠慮がちではあったがこれまでよりは大きな声でそう言った。
「他には、ないの?お菓子とか」
念押しで訊いてみたら、
「・・・ない・・・あ!オレンジジュースが飲みたい!」
と、少し声を弾ませた。子どもらしい名詞が出たので、ホッとした。
「了解!じゃあ、お留守番、よろしくね。誰か来ても、出ちゃダメよ?」
「うん。くるみ、おねえちゃんの漫画読んで待ってる」
そう言って彼女は、瞳子の小さな本棚を指さした。
ドアを開けるなり「ただいまー」と言った自分に、瞳子は驚いた。部屋に入る時に「ただいま」などと言った事は、この部屋に越して来てから一度も、なかった。
そんな事を考えていたら、奥から「おねえちゃん、おかえり」という可愛らしい声が飛んで来た。
瞳子は、ずっしりと重いエコバツグを冷蔵庫の前に置くと、中から皺くちゃになったB5のチラシを取り出し、とりあえずパントリーの中に隠した。
急に心臓がドクドクしてきた。
盲点だった。
虐待をしている我が子がいなくなったら、親はせいせいするのかと思っていた。楜がいなくなった後も、変わらず暢気に暮らし続けるものだとばかり思っていた。寧ろ、喜んでいるのではないか、くらいに思っていた。
何故探すのか、瞳子には理解できなかった。
(探すくらいなら、虐待なんてするなよ)と、心の奥底から得体の知れない怒りの
(そうやってずっと探していればいい)・・・瞳子の
「すき焼きは夜ご飯だからね。お昼は、サンドウィッチとオレンジジュースだよ!」
瞳子は努めて明るい声を出し、袋の中の食糧の仕分けをする。
「うん!くるみ、サンドウィッチ、だぁーい好き!」
「よかった!すぐ用意するから、もうちょっと待っててね」
と声掛けしたら、「くるみもお手伝いする!」と返ってきた。
こんないい子を
クローゼットの取っ手に引っ掛けられた小さな白いブラウスとたすき掛けの紺のスカートから、柔軟剤の柔らかい香りが漂っていた。
すき焼きを食べ終えた頃には、楜はもうすっかり瞳子に懐いてしまっていた。
何となく点けていたテレビを二人でぼんやり眺めていたら、唐突に楜が瞳子に質問を投げてきた。
「明日、月曜日だよね。おねえちゃん、お仕事行くの?」
「ううん。おねえちゃん、お仕事辞めちゃったんだ」
「・・・くるみの・・・せい?」
「違うよ。金曜日が、お仕事最後の日だったんだ。だから、楜ちゃんのせいじゃないから、安心して」
「じゃあ、これからずっとおねえちゃんと一緒にいられるの?」
「そうだよ!ずっとずっと一緒だよ」
言いながら心がほんの少しだけ、痛んだ。
(ずっと、って?いつまで?この子がオトナになるまで?それって・・・いつ?)
楜が寝たのを確認して、瞳子はパントリーから例のチラシを取り出すとそれを三つ折りにして、少し考えてから冷凍庫の中に移動させた。
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