2日目/決意

 12月14日(土)。


 目覚めると、瞳子はいつものベッドではなく、ソファーの上にいた。

 彼女はおもむろに起き上がり、何でこんな事になったのか、何がいけなかったのか・・・昨日の自分の言動を頭の中で反芻する。が、どう考えても、瞳子は間違った言動はしていなかった。


「・・・おうちに・・・帰りたく・・・ない」

 昨夜、少女にそう言われた時は、正直戸惑った。けれど、それは顔には出さず、平静を装う。

「あのね。おねえちゃん、あなたを泊められないの。おうちの人に内緒で泊めたら、それは誘拐になっちゃうの。おねえちゃんの言ってる意味、解かる?」

 すると、少女は呟くように話し始めた。

「・・・解かる。だけど・・・帰りたく、ない・・・叩かれる、から・・・」

「え?」

 その時、自分には全く縁遠い筈の『児童虐待』という文字が、脳裏に浮かんだ。

「ママ、いっぱい・・・叩くの、くるみの事・・・だから、おねえちゃんと、ここにいる」

 このやりとりで、この子が「くるみちゃん」だという事が判った。

「じゃあ、おねえちゃんがママに言ってあげるよ。『もう、くるみちゃんの事、叩かないであげて』って」

「そしたら・・・もっと叩かれる。パパに煙草をされる」

「・・・煙草を・・・される?」

 すると、くるみは自分の左腕の制服の袖を捲り上げて、瞳子に見せた。

 その細い腕には、青あざが何個かあった。

「ここ」

 そう言って、楜が右手の人差し指で指した所を見ると・・・丸い小さな火傷の跡があった。こんな可愛い子に、両親は何をしているのか。

 気が付いたら、瞳子は目の前のその小さな身体を抱き締めていた。

 そして、怒りと涙を堪えながら、震える声でくるみに伝えた。

「・・・いいよ、ここにいて・・・おねえちゃんと、一緒に、暮らそう」


 瞳子がしようとしている事も、世間的には「犯罪」なのかも知れない、否、れっきとした「犯罪」だ。だが、しかし、瞳子は楜を放ってはおけなかった。このまま彼女を自宅に帰してしまったら・・・と思うと、どうしてもできなかった。


 昼になっても、楜はよく眠っていた。

 その隙を狙って瞳子は、普段は行かない少し遠くの大型スーパーへ出向いた。そして、子ども服の上下に下着やパジャマ、それから子供用の歯ブラシや、甘口カレーのルーや野菜など必要だと思う物を何点か買って帰ったら、もう夕方になっていた。

 だが、楜はまだ眠り続けていた。不安になった瞳子は、右手の人差し指を彼女の鼻の下に持って行った。息をしていたので、安心した。

 それからカレーを作り、お風呂を沸かした。

 そうこうしていると、楜が起きた。

 沈黙の中、一緒にカレーを食べた。そして、楜にお風呂に入るよう促し、彼女に苺模様のピンクのパジャマと、下着を差し出した。

「ピン止めが苺だったから、好きなのかなって思って」

 微笑みかけながらそう言うと、楜は初めて大きな笑顔を見せた。


 瞳子は、「あたしは間違ってはいない」、と自分自身に何度も言い聞かせた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る