1日目/遭遇

 12月13日(金)。


 この数字と文字の組み合わせだけで「不吉」だと思わせる今日、瞳子は職を失った。いわゆる、リストラだ。社内で10人程がその対象となった。

 通達は2ヶ月前からされていたのだが、彼女はいつまでも実感が湧かなかった。だから、数日前に退職の書類を書かされた時も、今日の朝を迎えたって、(何かの間違いだろう)などと、どこか他人事の様な気がしていた。

 けれど、午後になって部長から「仕事はもういいから。木原さんと遠藤さんは、私物の整理をしてね」と言われて初めて、ようやくそれを実感した。


 その日の夕刻。

 会社を後にした瞳子と同僚ののぞみは私物の入った大きな紙袋を提げて、行きつけの居酒屋へと向かった。入社した日から、二人は苦楽を共にしながら今日迄一緒に過ごしてきた。そして、それはこれからもずっとずっと続く筈だった。が、何の仕業か、その日々はたったの3年半でゲームオーバーとなってしまった。

 これからの事を考えると憂鬱だったが、とりあえず今日は何も考えず「お互いを労う会」にしたかった。二人は暗黙で、只々他愛の無い話で盛り上がった。

 2時間程で宴を終えた二人は、最寄りの駅へと向かった。

 

 電車を降りると、小雪がチラついていた。

 そこから5分程歩くと、アパートに辿り着く。時刻は既に、21時になる少し前だった。

 『204』と書かれたポストの扉を開けずに、隙間から覗く。珍しく、何も入っていなかった。

「寒っ」

 震えながらアパートの階段を上がろうとした、その時。階段の下にある空間に、何かがうずくまっているのが見えた。

「ん?」・・・目を凝らして見るとそこには、制服姿の少女が震えながら膝を抱えて座っていた。上着は着ていない。

 何となく無視し辛くて瞳子は、思わず少女に声を掛けてしまった。

「・・・どうしたの?迷子になっちゃった?」

「・・・・・・」

「・・・寒くない?・・・寒いでしょ?」

 そう訊ねると、目を合わせる事はなかったが、少女は小さく頷いた。

「・・・後で家まで送ってあげるから、とりあえずお姉ちゃんちにおいで?上着、貸してあげるから」

「・・・・・・」

 少女は暫く黙っていたが、ゆっくり立ち上がると、初めて瞳子と目を合わせた。そして、今度はコクリと大きく頷いた。


 階段を上がり、少女を部屋まで誘導する。

 カチャッ、と鍵を回し、キー、と扉を開く。

「どうぞ」、と瞳子は少女を玄関に促した。少女はおずおずと中に足を踏み入れる。 後から入った瞳子は玄関にあるリビングのスイッチを入れ、部屋を明るくする。

「そこで待っててね。すぐ戻るから」と少女に声を掛けると、自分だけが靴を脱いで中に入った。

 持っていたバッグと紙袋を玄関に投げ捨てると、瞳子はクローゼットに直行した。その中から小さ目のジャンパーを見繕って、玄関に戻る。

「これ、貸してあげる」

 そう言って瞳子が差し出したジャンパーを一瞥すると、少女は黙ったまま首を左右に振った。

「外、寒いから。ね?雪、降ってたでしょ?おうちに着くまでだから、遠慮しなくていいのよ?」

 しかし、少女はやはり首を振った。

 それから、か細い声で「・・・・・・ない」と、初めて口を開いた。

「ん?・・・何?」

「・・・か・・・えら・・・ない」

「え?・・・どういう事?」

 少女の言葉の意味が飲み込めず、瞳子は怪訝な表情をした。

「・・・おうちに・・・帰りたく・・・ない」

 切れ切れだったが、今度ははっきりと聞き取れる声で少女はそう言い、瞳子の眼を真っ直ぐにみつめた。




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