08.戻らない時間

尚へ電話をする。





プルルルルルル-





通話が繋がった音がした瞬間尚の名前を呼んだが、電話越しから聞こえた声は尚ではなかった。








 近所の公園で子供が遊ぶ声や車や電車の音が耳に入ってこなくなり、一瞬にして誰もいなくなってしまったかのような静けさが広がる。


 尚のもとに行かなければならないのに、僕はその場から動くことができなかった。


 目の前が真っ暗になるとはまさにこのことかと、実感するほどに。






 やっとの思いで尚のもとに辿り着いたが、病院に着く少し前に尚は僕を置いて逝ってしまった。

尚の手を握るが尚は僕の手を握り返すことはもうなく、呼びかけても反応はない。もう僕に向かって笑顔を見せてくれることもなかった。


 僕は初めて声を出して泣いた。情けなく零れ落ちる涙を僕は止めることができなかった。












 どれぐらい時間が経ったのかわからない。

 少し冷静になって話ができるようになると、僕は看護師に連れられるまま、歩みを進めた。



 



 声をかけられ、足を止めて顔を上げる。


 僕は顔を上げるまで気が付かなかった。


 何かを訴えるかのように泣く赤ちゃんが沢山いるのに、なんの音も耳に入っていなかった。









 無音だった世界に一つ。










 小さな寝息を立てて眠る音が聞こえる。


 ほんとに微かな音のはずなのに、僕には鮮明に聞こえていた。






 教えてくれていたんだね。


 君が、尚のお腹にいたんだね。











 尚が残した僕たちの宝物。







 情けないお父さんでごめんな。





尚、最後傍にいてあげられなくてごめん。

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