見えなくても愛して(1)


『目隠しされて感じてんのかよぉ!?』

『あんっ! あんっ!』

『おら、もっと感じろよぉ!』


 男優から棒読みに近いセリフを言われる度に、女優が体をくねらせ、感じているかのような振る舞いで、苦しそうに喘ぐ。その音声が耳に入れば、演技とわかっているが、そういうビデオであるというのはわかっているが、感じてしまうのが男というものだ。自分のものを扱きながらティッシュで囲み、いつ来ても良いように準備を欠かさない。


 しかし、いつからだろう。

 クレイジーは思った。

 いつから俺は、AV女優をルーチェに見立ててしまうようになったのか。


『なんだよ! こんなに濡れてよお!』


 ――み……ない、で。は、は、はずかし、から……。


『感じてんのかよぉ!?』


 ――ユアンくん、い、じわる……し……ないで……。


『奥まで突いてくださいだろぉ!?』


 ――お、奥……きてる……から……そんなに……動いたら……。


『おら、イケよぉー!』


 ――ユ、ユ……アン、くんっ……! い、いく……!



「――……はあー……」


 ティッシュには、自分が放った精液が染み付いている。


(まあ、よくわかんないストーリーだったけど、見せ方は上手い女優だったなー……)


 目隠しのまま絶頂した女優がその場に残り、虚しさだけが残って終わる。


(目隠しなー。意外と感じるんだよな。これ)


 付き合ってきた歴代の彼女達を思い出せば、統計が取れた。8割は絶対感じる。感じてなかった子もいたけど、付き合ってきた彼女の8割は目隠しプレイは感じてた。感覚が鋭くなるからだと言ってたが。


(ルーチェはそういうの敏感そうだな)


 目隠しをされて、両手縛られて、動けなくなるルーチェ。指をなぞらせたら、ぴくりと体が動いて、あのぷるぷるの唇を動かしてこう言うんだ。――ユアン君、キスして……。


(……)


 クレイジーが下を見た。一気に放ってしおれた熱は、元通り元気になっていた。


(……はあ。……オナホ使うかな……)


 クレイジーが立ち上がった。



(*'ω'*)



 ぷちSMセット! 〜ちょっとエッチなセットで楽しもう。だって、大人だもん〜


「先輩、ど、どうすか」

「いや、ルーチェちゃんさ、毎度思うけど、こういうところのセンスすごいよね」

「てへへ」

「いや、これ……ぶぷっ! なんでこんな時にその才能使うわけ!? いやー、やっぱルーチェちゃん、おもしれえわ!」


 新しく納品されたアダルトグッズの陳列に、気前の良い先輩がケタケタ笑った。


「何これ。ルーチェちゃん、なんかやってるの? そういうの興味あるの?」

「ア、ア、アニメショップの、陳列の、ま……真似を、しました」

「ぶっははは! 天才かよ!」

「てへへ」

「あと何分で退勤?」

「あと10分くらいですね。少し見直してからたたたた退勤します」

「りょー。じゃ、そういうことで」

「お疲れ様です」


 気前の良い先輩が事務所に戻り、ルーチェは棚を見つめる。


(うーん。我ながら素晴らしい。いかにも、アダルトコーナーって感じがする! いっぱい売れますように!)

「おー、やってんなー」

(んっ)


 振り返ると、マフラーとコートで防寒したクレイジーが、新しいコーナーを眺めていた。


「クレイジー君」

「おつ」

「お疲れ様。ひ、ひさ、久しぶりだね」

「本当だよ。最近マネジメント部しか行かねえからマジで会えなくて寂しかった」

「あはは。またまた」

(元気そう。会えて良かった)


 ルーチェに会えて、自然と自分の頬が緩んでいくのを感じる。いつまでも見ていたかったが、目の前にある棚も気になる。


「今度は何作ったの?」

「……へへっ。自信作」


 ルーチェ誇らしげに札を叩いた。ぷちSMセット! 〜ちょっとエッチなセットで楽しもう。だって、大人だもん〜


「すごいでしょ」

(ツッコんだ方がいいのかな。これ。でも、本人は至って誇らしげなんだよな)

「クレイジー君も買う? あの、あ、あのね、オーススメは……これ」

「いや、オナホはもういいって」

「え!? 25%オフだよ!?」

「いや、そこは、あ、うーん、25%オフか……」

「昼の人がね、め、め、メーカーさんと、交渉してくれて、一ヶ月だけ25%オフ。それか、SMグッズ」

(俺が買ったらそれ自分に使わされるのわかって言ってるのかな?)

「男の子ってSMグッズ好きだよね?」

「あ、うーん。まあ、人によるけど」

「クレイジー君、使ったことある?」

「……えー?」


 にたりと笑って、ルーチェの顔を覗き込む。


「気になる?」

「気になるというか……クレイジー君、目隠し好きそう」


 クレイジーの体が一瞬で石化した。


「なんか、目、か、隠して、魔法の練習してそう!」

「……。……え、そっち?」

「あはは! やってそう!」


 ルーチェがサンプル品を手に持ち、クレイジーの目の前に宛てた。


「あ、似合う。中二病みたい!」

「……」

「あはははは! はははは!」

「……こーら。お客様の顔見て笑わない」


 ルーチェからサンプル品を取り、元の場所に戻した。ルーチェがおかしそうに笑い続けるのを見て、クレイジーも笑ってしまう。


「ふふっ! ふふふふっ!」

「なんだー? この店員さん、ちょっと可愛いと思ったらすごく態度悪いぞー? こーなったらクレームつけてやるっぴー!」

「あはは! ごめん、ごめん! あははは!」


 クレイジーが息を吐き、ルーチェが笑いを止め、再度棚を見る。おかしなところはないだろうか。今のところなさそうだけど、絶対どこか抜けがある気がする。最後の最後にバーコードがちゃんと挟まってるか確認して帰らねば。


「……あと何分で終わる?」

「もう少し。……5分くらい」

(だと思った。俺、流石。勘が冴えてる)

「……バイトの帰り?」

「あ、ううん。今日は任された案件あったから、その帰り」

「あ、そうなんだ。すごい」


 一瞬、会話が止まる。この言葉を言う前は、いつも駆け引きをするようで、なぜか毎回緊張してしまう。ルーチェが口を開ける前に、クレイジーが言った。


「駅まで歩かね?」

「……いいの? つ、疲れてない?」

「久しぶりにデートしよ」

「……ん」


 こくりと頷くルーチェに、クレイジーの胸がやられた。


「じゃあ……一緒に帰ろう?」

「……うん。歩こ」

「うん。……嬉しい」

(……俺も嬉しい。やばい。久しぶりのルーチェ、破壊力えぐい)

「あ、これ、ろ、ローション、新しいメーカーのやつ。オススメ」

(キスしちゃ駄目かな)


 男性客が入ってくる。ルーチェを見て、一瞬気が滅入る。客を逃がすわけにはいかない。ルーチェがクレイジーの耳に囁いた。


「したっけ、また後で」

「あ、うん」


 まるで捕まえようとした腕からするりと避けるように歩いていく。その背中を見て、クレイジーの腕が少し、疼きが残った。


(ま、この後一緒に帰れるし)


 待ってる時間がいじらしい。……ふと、SMグッズが目に入る。


(……)


 10分後、厚着のルーチェと合流した。


「お待たせー」

「お疲れー」

「ごめんね」

「買い物してく?」

「あー、今日は……あ、シュークリーム、い、一緒にたーべよう?」

「買う」

「あたしも出す」

「いいよ。そんくらい出すから」

「大丈夫だよ、だ、だ、出すから!」

「他に欲しいのは? あ、コーヒー、カフェモカ、どっち?」

「あ、う……カフェモカ……」


 レジを担当した気前のいい先輩にニヤニヤされてルーチェが顔を赤らめた。


「お疲れ様です……」

「おう! 帰り道気をつけてな! あと、路上でイチャコラすんなよ!」

「しません……」

「(人に迷惑かけない程度ならいいべ)ルーチェっぴ、いこー」

「いこー。……袋持つ」

「大丈夫大丈夫。シュークリームとカフェモカどっちがいい?」

「……カフェモカ」

「うぇーい」


 乾杯してからコーヒーを飲む。はあー。ルーチェと飲むコーヒーうめー。


「最近どー?」

「テストた、大変だった。クレイジー、くんは?」

「有り難いことに案件がねー」


 現場であった魔法の話をすれば、ルーチェが眠そうだった目を開眼させ、きらきら光らせて大人しく話を聞いてくれる。やっぱりこの子は魔法が好きなんだろうなと思う。だから少し盛り上げを作って、オチを作って、楽しませれば、まるで子供のような素直な反応が返ってくる。それがまた面白い。


「……で、その日はバイトがあったから、もー家帰ってから速攻寝たってわけ」

「すげー……」

「ルーチェっぴも早く上がろう。ね。今ならペアで仕事貰えるかも」

「んー……いつになることやら……」

(ルーチェは滑舌なんだよな……)

(あたし、滑舌が良ければなぁ。……ん?)

「あれ?」


 クレイジーとルーチェが止まった。駅が混み合っている。二人が目を見合わせ、中を覗いた。崩れた雪が線路に入り、運転見合わせ。ルーチェがぽかんとした。


「うわ、まじか」

「……」

「歩いて帰るかぁ。……クレイジー君。お、送ってくれてありがとう。したっけ」

「ちょー、待った。待った。ルーチェっぴ。女の子一人であの暗闇の道は危ねえって」

「大丈夫だよ。明日学校お休みだし」

「……休みなの?」

「うん。なんか映画の撮影するとかで。……女優狙いで行く人もいるみたいだけど」

「(パルフェクトさんか)ルーチェっぴ、ミランダちゃんに電話できる?」

「え? あ、そっか。し、し、心配しーちゃうよね」


 ルーチェがミランダに電話をかけた。


「ミランダ様、お疲れ様です。……あ、えっとですね、……あ、ジュリアさんではなく……あの、なんか電車が止まってしまってて……いや、それは大丈夫です。歩いて帰るので……」


 そのタイミングでクレイジーがルーチェからスマートフォンを奪った。


「あー、もしもし、ミランダちゃん? お久しぶりっすー! ユアン・クレバーっす!」

『……ああ、なんだい。一緒だったのかい』

「いや、そーなんすよー! で、このまま歩かせても寒いでしょうし、今晩うち泊めてもいいっすかね!?」

「えっ」

『ルーチェがいつもチャットで済ませることを電話で言うなんておかしいと思ったんだよ。そういうことかい』

「頼みますよー! ほら、俺らまじで最近会えてなかったんでー!」


 ルーチェがクレイジーからスマートフォンを取り返そうと腕を伸ばすが、クレイジーに避けられる。


「お願い! ミランダちゃん! 仕事一緒になったら先頭切って頑張るから!」

『お前が私と一緒に仕事する時なんてまだ先の話だよ。……風邪引かれても困るからね。頼めるかい? 羽目は外すんじゃないよ』

「あー! まじミランダちゃん話わかるー! もー大好きー! ちゅっ! ちゅっ!」

『わかったからルーチェにスマホ返してやりな』

「はいはいー」


 クレイジーが振り向くと、手をあわあわ動かし、困った表情を浮かべるルーチェがいて、思わず吹いてしまう。スマートフォンを返すと、すぐにルーチェが耳に当てた。


「もしもし、ミランダ様! あたし、か、帰ります! ……、……あー……、……んー……でも……」

(ミランダちゃん、頑張ってくれ。悔しいけど、ルーチェはあんたの言葉しか聞かねーから)

「……あー、……た、た、確かに。はい。……はい。……あ、ぅわかりました。じゃあ……はい。今晩は……そうします。はい。それでは、お休みなさい。……はい」


 ルーチェが通話を切り、頬を膨らませてニコニコするクレイジーを見上げた。


「勝手に決めちゃ駄目」

「で?」

「……お世話になっていい?」

「うん。そういう時は甘える。別にうちの実家怖くないべ?」

「怖くないけど、この時間だし……コリスさん怒りそう……」

「兄ちゃんは気にしなくていいって」


 ルーチェの手を握り、自分のポケットに入れる。


「行こう」

「あ、コンビニ、あの、お夕食……」

「あー、母さんなんか作ってるんじゃね? 連絡しとく」

「あ、ご、ごめんね?」

「大丈夫、大丈夫」


 っしゃああああ!! まじミランダちゃんありがとう! ありがとう! ありがとう!! ルーチェがうちに泊まり! 二ヶ月ぶりくらい!? うわーーー! やっべーーー!!


「寒くない?」

「あ……うん。ちょっと」

「あ、母さん鍋作ってるって。帰ったら一緒に食べよ」

「エリスちゃんにお礼言わないと……」

「セインがゲームやろうって」

「眠たいかも」

「だよね。明日だな」


 腕が疼く。今すぐ抱きしめてキスをして、もっと抱きしめてくっついて、会えなかった分の時間を埋めてしまいたい。


(焦るな。この後、ゆっくり過ごせばいいから)


 二人が冷たい風に当たりながら、夜道を歩いていく。



(*'ω'*)



 クレバー宅では、それはそれは大黒柱のエリスがルーチェを喜んでもてなした。寒かったでしょう! お風呂に入っておいで! ユアン! お前はご飯の用意だよ! さっさとしな! 荷物片付けな! 部屋の掃除してきな! あんな汚い部屋にルーチェちゃんを入れるんじゃないよ!


 このクソババアと思ったが、血行が良くなり、頬を赤らめさせ、髪の毛を濡らし、ほかほかに温まって母親のお下がりの寝間着を着るルーチェを見れば、心に積まれたストレスが全てが浄化された。なんて破壊力だろう。食事だって一緒に食べれば心に安らぎを感じる。


「ルーチェっぴ、ついてる」

「あ、ど、どこ?」

「ここ」

「あ、ありがとう……」

「ぶはっ! 待って! またついてるって!」

「んん……」

「もー! ルーチェっぴー!」


 俺がいないと駄目だなぁ。


「ゆっくり食べて」

「あ、あい、がと……」


 ルーチェの食べる姿にエリスがニコニコし、ルーチェの鈍臭さにクレイジーがニコニコし、その光景を眺める兄達が顔を引きつらせた。


「ゆっくり食べさせてやれよ……」

「そんな見てたら食べれるもんも食べれないだろ……」

「めんどくせー」

「ルーチー、これも美味いよ。俺、母ちゃんのこれ好きなんだ!」

(い、忙しい……!)


 忙しいが、気が回せないが、だけど、……自分はこの空気がとても好きだ。


(温かい家族ってこういう感じなんだろうな)


 嬉しさや喜びを心の中で感じる。


(なんか、本当に申し訳ないな。もっとデキる女だったら良かったんだけど)

「エリスちゃん、しょ、食器、洗わせて……」

「やだ! そんなことしなくていいから! ルーチェちゃんは座ってていいから!」

「何かしないと申し訳無さ過ぎて……」

「もーー! 本当に良い子!! ユアン! 聞いただろ! お前はね! ルーチェちゃんを見習いな!」

(うるせえな)

「じゃあルーチェちゃん、食器だけ頼める? 水じゃなくて、ちゃんとお湯使っていいからね!」

「あ、う、うん。ありがとう。エリスちゃん……」

「こちらこそ! ああ! もう、本っ当に、ルーチェちゃんはしっかり者の良い子だわー!」

「率先して皿洗いをするルーチェっぴは良い嫁になる。兄ちゃん、そう思わね?」

「我が家では当たり前だろ」

「お前も手伝え」

「めんどく……せ……ふわぁ……ねみー」

「ユアン、風呂入ってこいよ」

「あー、はいはい。今入るー」


 そうは言いつつ、クレイジーはルーチェの背中を眺め続けたまま、動くことはない。







 ルーチェが枕を叩いた。こうするとふかふかになるらしい。ネットに書いてあった。これでクレイジーに気持ちよく寝てもらおう。せめてもの御礼だ。さ、どうぞ。


「さー、寝よう寝ようー」

「ふへっ」


 クレイジーに抱き寄せられ、腕枕をされる。あ、腕痺れるやつ!


「く、クレイジー君、腕!」

「寝よう寝ようー」

「痺れちゃうか……うひゃっ」


 こめかみにキスをされ、頭にも唇がつけられた。今度は瞼。鼻。眉。


「ん……ふふっ! く、くすぐったいったら!」

「ぶっちゅー」

「あははは!」


 ……ふと、目が合った。


「……」


 クレイジーから近付くと、ルーチェが大人しくクレイジーからのキスを受け入れた。唇が重なり合い、そのまま、お互いの体温を堪能する。


 クレイジーの腕がルーチェを強く抱き寄せた。離れないように、もっとくっつくように。キスが濃厚になっていく。ルーチェの髪の毛に指を絡めた。その手は既に疼いており、悪魔がクレイジーに囁く。恋人なんだから、性行為したって受け入れてくれんだろ。そのための恋人なんだし。しかし、天使が囁いた。大事ならタイミングを見計らえ。でないと一瞬で崩れるぞ。


「……」


 唇が離れた。恍惚としたルーチェの姿に、少しだけ股間に力が入った。温もり、匂い、吐息、音、ルーチェの存在が全てを煽り、欲情させる。


 会えたのが久しぶりだからだろうか。悪魔がずっと耳元で囁いてくる。うるさい、うるさい。別れるかもしれない女の子なら構わないけど、この子はな、本当に結婚したいくらい大好きなんだよ。だから我を失うな。性欲に負けるな。タイミングを見計らえ。それから交渉だ。ルーチェの頭を撫でる。ルーチェがクレイジーの背中を撫でた。なんて優しい手だろう。そう思って、強く胸にルーチェを抱き寄せる。ルーチェがくすぐったい声で笑った。クレイジーは限界を感じた。彼女の小さな耳に、小さな声で訊く。


「……もう寝たい?」

「……」

「眠いなら、このまま寝ていい」

「……ね、寝て、いいの?」

「……ん。大丈夫」

「……勃ってるよね?」

「……男の子だもん」

「ふふっ」

「や、別に。……平気。疲れてるなら」

「……あたしなんかでこ、興奮、するの、クレイジー君くらいだよ」

「ルーチェっぴが魅力的すぎるのが悪い」

「やっぱり、も、物好きだね」

「……一回でいいから……付き合ってくんない?」

「……大丈夫だよ。明日学校や、すみ、だし」


 ルーチェが、そっとクレイジーに寄り添った。


「ゴムつけてくれる?」

「それはまじでする」

「……ありがとう」

「いや、それは当然だから。お互いのためにも」

「……ん」


 ルーチェがクレイジーの頬に唇を押し当てた。クレイジーについた熱がギュンッ!! と天に向かって上がる。


「クレイジー君のそういうところ、あの、すごく、優しいなって、思う」

「……好き?」

「好きかは、あの、ふふっ。ごめん、わかんないけど、あの、……う、嬉しい」

「俺は好き」

「……ありがとね。いつも。あの……好きって言葉、嬉しい」

「だって本当に好きだもん。俺の方こそ、いつもいてくれてありがとうって伝えたい」

「……ふふふ! ……はい」

「……なんか」

「ん?」

「今、思ったんだけど」


 言いながら、クレイジーがルーチェの額にキスをする。


「やっぱり、会いたかったんだと思う。……胸が、なんか、安心してるというか……」

「……あたしも、三学期、始まってから……登校する時、やっぱ、ちょっと、さ、さ、み、し……かった」

「……」

「最近は慣れたけどね。トゥルエノに会えたら、トゥルエノとい、行ったり、するし」

「……いや、なんか、ごめん。嬉しい。……寂しいって思ってくれてたんだって、思って」

「……ん」

「ぴー。……キスしよ」

「……うん」


 また唇を重ねる。深くなる。舌同士が絡み合う。クレイジーが体を起こした。唇が離れる。クレイジーが寝間着を脱いだ。ルーチェが目を逸らす。クレイジーが再び被さった。首や耳に舌を這わせ、ルーチェが口を閉じる。ルーチェの寝間着のチャックを下げようとして――、


(あ、そうだ)


 思い出した。



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