お姫様、家まで送ろうか


 同じクラスの男子達が学校帰りに定食屋に寄った。これがまた美味しくて最高で、ついつい話も弾んでしまう。


「そういやさ、クレイジー最近どうなん?」

「あ、なんか病気の彼女いるんだっけ?」

「ん? んー、まあ、病気ってか……」


 クレイジーが唐揚げを食べた。


「ADHDね」

「ぶっちゃけどんな感じなの?」

「え、普通」

「なんか友達がさ、ADHDの子と付き合ってヤバかった的なこと言ってたんだけど、お前はそんなことないの?」

「やー、やばいというかー……そーね……」


 クレイジーがにやけた。


「なんか知れば知るほど好きになるっつーかさ、あの子一人じゃ何にもできねーから俺っちがやってあげるしかないわけよ。だから既に子供一人持っちまった父親的な感じ? みたいなさー。まじ、危なっかしくて! 目が離せないのね? もうまじ俺っちがいないと駄目じゃん的な? 生きていけねーって。あれは。でもその度のもうすげー感謝とかお礼言われるから、なーんか次もじゃあ俺っちがやってやるかー的なこと思っちゃうのね。今の彼女と付き合い始めてから、まじで母性本能が俺っちの中に生まれてるよ。これ、ガチで。くすぐられるってああいうこと言うんだと思う。んで、あー、あとさ、寝顔? まじ最高。お前ら自分の彼女の寝顔じっくり見たことある? なんか、俺っちは今まで面倒くさかったからなかったんだけど、今の彼女の寝顔の破壊力はやばい。見てると心が癒やされていく、的な? なんかさ、子供みてーなのよ。あ、見る? あのねー……嘘でーす! 見せませーん!」

「あー……」

「あー、聞いていい? ……エッチは?」

「おまっ! あはは! やめろって! 直接的すぎるだろ!」

「いや、気になるじゃん! 処女だったんでしょ!?」

「もー! お前まじでねえって! クレイジー! 答えなくていいからな!」

「え? 別に答えるけど」

「「えっ」」

「エッチについてっしょ? 今のところ全く不満はないというか、毎回良すぎてやばい。何が良いってなんか多分二人の相性が合ってんだと思うんだけど、やべえよ。毎回まじで興奮する。ほら、彼女っぴの初めて彼ぴが俺っちなんね? で、どんな時もやっぱ俺っちがリード? 教えてあげなきゃなーみたいなさ、なんつーの? おじさんが教えてあげるねー的な思考が働くのよ。で、彼女っぴ、まじでなんも知らねーからさ、もう、性知識無! だから俺っちが色々教えていくわけなんだが、これがもうまじで毎回面白いし気持ちいいし最高じゃねっていうか、いやー! やべー! 俺っち気持ち悪ぃー! でも彼女は可愛すぎー! ぎゃははは!」

「あー……」

「聞くんじゃなかった……」

「惚気ダリィー……」

「いや、まじで結婚すると思う」

「いやいや! はははっ! お前それは早すぎ!」

「いや、俺っちは見えてる。結婚するね。あれは」


 ――ユアン君。


「こんなに好きになったの、まじで初めてだもん」


 クレイジーが赤らめた頬を隠すように、パンを頬張った。



(*'ω'*)



(……よし、いけた)


 ルーチェが見上げた。ルーチェ作成、積み重ねオナホールの箱山!!


(いっぱい売れますように!)


 あ、サンプル版も置いておこう。ほら、プニプニしてて気持ちいいよー。男の人はどうぞ手に持って見てみてねー。気持ちいいよー?


(素晴らしい。我ながらすごく素敵な売り場を作ってしまった。さて、残り何分……)

「うわっ、何これ、やば」

(え?)


 聞き覚えのある声に驚いたルーチェが振り返り、きょとんとした。


「クレイジー君」

「お疲れ」

「お疲れ様。め、珍しいね。バイトの帰り?」

「や、友達と遊んでたんよ」

「あー、そうなんだ。た、楽しかった?」

「楽しかったよ」

「良かった」

「……これルーチェっぴが作ったっぴ?」

「……へへっ」


 ルーチェが積み重なったオナホールの箱山の前で胸を張った。


「すごいでしょ」

(誇れることなのか。これ)

「クレイジー君も買っていかない? こ、こ、これ、お勧め品な、なんだって」

「んー。やー、俺っちはいいかなー」

「え、買わないの?」

「んー」

「……なんか、買う気起きない感じ? んな、な、並び、変えた方がいいかな」

「や、この箱の山はめちゃくちゃ面白いから買われるとは思うけど」


 クレイジーがルーチェの耳に囁いた。


「俺にはぴっぴちゃんがいるから、必要ないっぴよ」

「えー……お勧めなのに……」

「あれっ!? ときめきなし!?」

「え?」

「彼女っぴー! 今のは愛しの彼ぴっぴにときめくところだっぴー!」

「や、売れなきゃ意味ないから」

「辛辣ぅ!」

「……」


 ふと、ルーチェがクレイジーを見上げた。クレイジーが瞬きする。


「……あの、クレイジー君、も、もう……帰る?」

「……いつ終わんの?」

「……あの、あ、あと、……。……。えと、……に、……に、二十分くらい」

「あ、そう。……時間潰してるから、一緒に帰らね?」

「……いいの?」

「ん」

「……ぺ、ぺ」

「……ん?」

「……あっ……、……。……ぺ、ぺ、ペットのコーナー面白いよ。い、行ってみたら?」

「や、アダルトもちょい見たい」

「あはは。男の子だね」

(ルーチェに試したいんだよな)

「(……吃音出ちゃった……。嫌だな、もう……)……クレイジー君」


 ルーチェがもう一度オナホールを見せた。


「いい? 今月のお勧めは、これ」

(……彼氏にオナホールを勧める彼女ってなんなんだろう……)

「これ、サンプル版!」

(……や、本人が楽しそうなら……いっか)


 目をキラキラさせるルーチェを見て、クレイジーがクスッと笑った。



(*'ω'*)



 23時少し過ぎ。ルーチェが店から出てきた。


「ごめんね、おー、遅くなった!」

「んー」

「え、駅まで、行く?」

「……そーね」


 クレイジーがルーチェの手を握り、笑ってみせる。


「ルーチェっぴ、ちょっと夜のデートしない?」

「電車なくなるから無理」

「送るって!」

「いいよ。申し訳ないし」

「飛行魔法の練習も兼ねてなんだけど」

「……あ、出来るようになったの?」

「……ま……ちょっとだけ……なら……」

「……いや、電車でかえ……」

「送るから! 散歩デートしよ! ね!」

「……んー……」

「ルーチェっぴと歩きたいっぴ! ね! ルーチェっぴ! お願いだっぴー!」

「……まあ……クレイジー君がいいなら……」

(っしゃあ!!!!!)

「あ、そうだ、クレイジー君」

「ん?」


 ルーチェの鞄からシュークリームが出てきた。差し出される。


「安くなってたから。……い、一緒に食べよう?」

「……ひひっ、ありがとう」

「甘いものいける?」

「甘いもん好きよー?」

「あはは。良かった」


 ルーチェとクレイジーが歩きながらシュークリームを食べ、線路沿いを歩いていく。街灯がつき、クリスマスに向けてのイルミネーションの飾りがされている。息を吐けば白い息。


(寒いな……)

(……あ、そうだ)

(ん?)


 クレイジーがルーチェの握った手を取り、自分のコートのポケットの中へと入れた。クレイジーが満足そうににやにやする。ルーチェがはっとする。


(少女漫画で見たことあるやつ!!!!)

(ルーチェっぴ、温かいべ? ね、嬉しい?)

(彼氏のコートのポケットの中で手を繋ぐこれ! まさにこれ! すごい! あたしは今、少女漫画の世界を体験している!)

(あー。小さい手が可愛いー)

(……)

(……)


 クレイジーとルーチェが目を逸らした。


((ドキドキしてきた……))

(寒いからかな)

(ルーチェの手、あったけー……)

「……あーのさ」

「ん」

「で、デビュー……も、もう少し……、……。……、っ……、だね」

「そー。だから兄ちゃん達の飛行魔法教育の追い上げがまじやばくてさー。ルーチェっぴに心を癒やしてほしいっぴー」

「……」

「……あれ? 無視?」

「……な、なんか、きょ、今日、なんか、すご、っ、……、すごく、吃音、出る、からご……」

「あー。……疲れてんじゃね?」

「ごめん」

「電池切れなんでしょ。今日もお疲れ様だっぴ」

「……ん」

「……飛行魔法、やってみる?」

「……できるの?」

「お姫様がお疲れなら乗せてあげるのが男っしょ」

「事故らない?」

「……何かあったら守るから」

「ふふふっ!」

(……よし。絶対失敗するなよ。俺……)


 手を前に出せば箒が現れ、二人で乗り込む。クレイジーが地面を押すように踏めば、ゆっくりと上に上がっていく。


(魔力コントロールして、なるべく下は見ないように……!)


 ――腰にルーチェの腕が巻かれていることに、気がついた。


「……」

(あれ、なんか急に動きが滑らかになった?)


 クレイジーの箒が滑らかに飛んでいく。


(わあ、流石クレイジー君! ちゃんと飛べてる!)

「……なんか」

「ん?」

「なんか、今日調子良い気がする」

「そうなの?」

「ルーチェっぴがいるからかしらね」

「もー。またそ、そんなこと言ってー」

(やば。無条件でルーチェに抱きつかれてるとか、うわー、まじか。これ。夜空の飛行ドライブとか最高じゃん)


 森に向かって暗い空を進んでいく。


「寒くない?」

「すっごく寒い!」

「俺っちも超寒いー」

「でも、クレイジー君あ、あ、あったかいから、大丈夫!」

「……」

「良かったね! ちゃんと飛べ、飛べてるよ!」

(……飛行魔法、頑張って良かったなーーー)


 しばらくの夜空を楽しむが、10分もしないうちに森の中に建てられた屋敷が見えた。ルーチェが指を差す。


「あそこ!」

(……へえ。飛行魔法だとこんなに早いのか)


 ゆっくり着地する。


(もっと一緒にいたかったんだけど)

「クレイジー君、す、すごいね! ちゃんと飛行魔法できてたよ!」

「ま……俺っちだしね」

「すごーい!」

「ルーチェっぴも出来るようになったら出かけられんね」

「あはは……。いつになるこ、ことやら……」

(……おっと)


 窓から痛い視線を感じるなー。やめてー。ミランダちゃーん。お若いカップル相手にそんな目で見ないでだっぴー。


「お、送ってくれて、あ、ありがとう! が、……、がっ、えとっ、頑張ったんだね」

「……」

「……クレイジー君?」


 クレイジーがそっと身を屈めた。


「どう……」


 ――唇を重ねた。どうしても触れたくなって。


「……」


 クレイジーが額を合わせて見つめてくる。ルーチェも緊張気味に自分の恋人である彼を見つめる。


「……嫌だった?」

「……や、じゃ、ないけど、び、びっくり……した」

「もう少し一緒にいたい」

「……それ、言っ……て、くれるの、く、クレイジー君、だけだよ」

「彼氏だもん」

「……あり、がとう」


 ルーチェが白い息を吐き、微笑む。


「ごめんね。きょ、今日、い、いつも、ほんとに、う……、……う、うまく、話せなくて」

「言葉待ってる分、ルーチェっぴと一緒にいられる時間増えるじゃん。最高」

「……ありがとう」

「ううん。こっちこそ付き合ってくれてありがとう。お陰で飛行魔法上手くいったわ」

「……なら、良かった」

「……。……。……あー……まじ離れたくねえ……」

「……クレイジー君もつ、疲れてる、でしょ」

「ルーチェといる方が癒やされる」

「……またそんなこと言って……」

「……」

「……」

「……好き」

「……ありがとう」

「ね、もう一回していい?」

「……ん……」


 もう一度唇を合わせようとすると――木の上からフクロウの声がした。


「ホー」

「うわっ!」

(あ、びっくりした。アウルさんか)

「わ、白いフクロウじゃん。やば。珍しいー」

(早く屋敷の中入りなさいって言いたそう。ふふっ。ごめんなさーい)

「風邪引くよ。坊や」

「……あー……」


 玄関から呆れた目で見てくるミランダを見て、クレイジーが苦い声を出した。


「うーっす。ミランダちゃん……」

「人の顔見てそんな声出すんじゃないよ」

「お姫様を送りに来ましたっぴー」

「送りに来たのはいいけどね、夜はまっすぐ家に帰りな。二人ともそのまま風邪引いたら周りが迷惑するんだよ」

「ごもっともー」

「ルーチェ、お別れ言いな」

「はい! ミランダ様!」


 ルーチェが踵を上げた。届かない。もう一回チャレンジしてみた。届かない。クレイジーがきょとんとした。この子何してるの? 身を屈めてみる。ルーチェがクレイジーの耳に囁いた。


「お、送ってくれて、ありがとう」


 声と吐息が鼓膜にかかる。


「ユアン君と、会え……て、嬉しかった」


 ルーチェが離れた。


「じゃ、き、気をつけて!」

「……」

「あ、く、クレイジー君! 箒、ふらふらしてる! あっ! き、気をつけて!」

「……」

「……大丈夫かな」

「お前、何言ったんだい?」

「え、送ってくれてありがとう、って、お、お、お礼、言いました」

「……変な奴だね」

「本当ですね」


 あーーーーーー好きーーーーー!


(耳が幸せーーーー)


 あーーー最後にキスしたかったなーーーー。


(はぁ……。やべぇ……。超可愛かった……)


 気持ちが浮かれ、体もふわふわどこかへ浮かんでしまいそうだ。


(いや、時間こんだけ短縮されるなら毎日でも迎えに行くわ。やー、飛行魔法最高じゃ……)


 クレイジーが下を見てしまった。ゆっくりと顔を上げ、前を見る。


「……と、遠出の時は……車にしよう……」


 呟き、それでも頭の中に愛しい彼女の笑顔を思い浮かべながら、家を目指して飛んでいくのだった。






 お姫様、家まで送ろうか END

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