雷の日
クレイジーの部屋でルーチェが漫画を読み漁る。ルーチェが読まないであろう漫画をクレイジーが持っているから、とても面白い。こういう世界もあったのか。そして当の本人は飛行魔法の練習の疲れか、ベッドで寝落ちしていた。
もう一冊漫画を取ろうとして、ルーチェが気付いた。
(……あ、雨が降ってる)
濡れ始めた窓を眺める。
(道理で怠くなってきたと思った。そろそろ帰ろうかな。クレイジー君も寝てるし)
――直後、ゴロゴロと空から唸るような音。
(あ。嫌な予感)
雷が落ちた。
「っ!!」
後に凄まじい音が外から聞こえてくる。ルーチェが即座にクレイジーの隣に潜った。幸か不幸か、その拍子にクレイジーがゆっくりと目を覚ました。
(あれ……何時……? ……あ、やべ。寝ちゃってた……。……彼女っぴー?)
あ、すげー。雷落ちてる。雨も降ってる。やべー天気じゃん。
「ひっ」
(……ん?)
クレイジーが隣の膨らみに気づいた。シーツの中を覗いてみると――ルーチェが――潤んだ瞳で顔を上げ、自分にすがりつくようにくっつきながら見てきた。
「あ、く、クレイジー君……」
(あれ、何これ。手乗りハムスター? やっばー。俺の彼女っぴ、超かわー)
「かっ……雷!」
「ん。落ちてるねー」
ドーン!
「ひっ!」
「……怖いの?」
「……大きい音、するし……怖い……」
ピシャーン!
「ひいっ!」
「おーし、おいでー」
クレイジーがシーツごとルーチェを抱きしめた。ルーチェの体の震えを感じる。あ、本当に苦手なんだ。ルーチェの耳を両手で塞いだ。それでも微かな音は聞こえる。雷が落ちた。クレイジーの胸に顔を埋めて、ルーチェがその場でうずくまる。その姿に、クレイジーの股間にぐっと熱が走った。こんな一面もあるのね。知らなかった。
「なんか嫌な思い出でもあんの?」
「……当たったこと、とかは、ないんだけど、なんか、爆発音みたいで、昔からだ、だ、だめなの……」
「一人暮らしの時とかどうしてたの?」
「寝袋に潜ってた……」
(……あ、そっか。ミランダちゃんのとこ行くまでは布団もベッドもなくて、寝袋で寝てたとか言ってたっけ。改めて考えたら結構サバイバー)
「花火とかは綺麗だけどさ……な、な、なんで、雷とか、電気って怖い音するんだろうね。あのビリビリって音、怖い」
「トゥルエノちゃん、ショック受けちゃうよ」
「トゥルエノの雷は別。あの子のはなんかちょっと違う」
「そうなの?」
「うん。トゥルエノのは魔力が……」
ドーン!!!
「ひゃっ!」
(今の結構近いな)
「……と、止まるまで、いていい……?」
「泊まってく?」
「……や、明日、学校……あるから……雷止まったら、帰る……」
「今日予報で雨降るって言ってたもんなぁー」
「……そうなの?」
「ん」
「どうしよう。帰れるかな……」
「……よーし、こうなったらイチャイチャするかー!」
「ふへっ」
彼の彼女っぴは非常に心配性の不安屋さん。思考ばかりが動いていけない。おふざけモードのスイッチをあえて入れ、クレイジーが明るい声でルーチェに頭をぐりぐりと押しつけた。
「甘えん坊彼ぴだっぴ! 構ってほしいっぴー!」
「うわわ! きゅ、急に何……あはは! ちょっ、そこ、きゃははは!!」
「ここだっぴか! ここだっぴなー!?」
「ちょーーーっ! あははははは!」
雷が鳴った。クレイジーがルーチェの耳を塞ぎ、唇を塞いだ。ルーチェの動きが止まった。クレイジーが角度を変えて再び触れるだけのキスをする。ルーチェは大人しく受け入れる。部屋には雨の音と、唇の音が響く。けれど、瞼を上げれば、視界にはクレイジーが自分にキスをしている姿だけが映っている。
(……あ)
唇が離れる。クレイジーが微笑み、シーツに包んだルーチェを胸に埋めるようにして抱きしめ、優しく頭をなでた。
(……あれ)
ルーチェの脳が何かを欲した。手がうずく。
(……)
クレイジーが優しくルーチェの頭を撫で続ける。ルーチェがもぞもぞと動いた。クレイジーの手が止まる。ルーチェがクレイジーに抱き着いた。クスッと笑う音がして、また優しく撫でられる。
(……あ、やっぱり)
欲している。
(……言ったら、からかわれるかな)
いや、クレイジーがこういうことでからかってきたことはない。でも、んー、駄目かな。えー? ってにやにやしながらからかわれるかな。それは嫌だな。でも、嫌ならお別れすればいいか。
(お別れか)
ルーチェが言うのを躊躇った。でも、やっぱり欲しくなって、少し緊張しながら口を開いた。
「……あの」
「ん?」
「あのね」
「うん」
「……えっとね」
「ふふっ。うん。どした?」
「……ユアン君と、……もっと、あの……、……キス、したい」
クレイジーの手が止まった。不安そうな表情で、ルーチェが彼を見上げる。
「……やだ?」
「……キスしたいの?」
「……」
ルーチェが恥ずかしそうに俯き、クレイジーが顔を見ようと体を離すと、見られる前にルーチェがクレイジーの胸に顔を埋めて隠れた。え。何この子。わかってやってる? 誘い方あざとくない? てか、俺誘われたのか? ルーチェに? あのルーチェに?
「好きがわからない」って言ってる、この子に?
「ルーチェ?」
「……」
「したい?」
「……ごめん。な、なんでもない」
「していいならするけど」
「……ん……」
「キス、したい?」
ルーチェがクレイジーの胸に顔を隠したまま、耳を赤く染めて言った。
「……し……したい……」
クレイジーが迷うことなくルーチェに覆い被さった。ルーチェが目を丸くし、クレイジーはそんなルーチェを見つめる。赤く染まった頬。恥ずかしそうな表情。呼吸。汗。体温。全てを目に焼き付ける。なんだろう。なんで何度見てもルーチェの場合飽きないんだろう。
飽きる前にこの子は新しい一面を持ってきて、自分に惚れ直させる。
オーダー通り、触れるだけのキスをした。ルーチェの肩がぴく、と動いた。離れ、角度を変えてキスをする。離れ、今度は少し唇を開けて、舌を入れてみる。ルーチェも受け入れる。舌が絡み合った。ルーチェの心臓の動きが速くなっていく。クレイジーの手がルーチェの手を握りしめた。そして、股間に熱を感じ始める。
(……今日は違う)
(なんか、やばい。ドキドキ……してきた……)
(今日は違うから。キスして、撫でて、くっついて、それでおしまい。違うから勃起すんな。まじで)
(なんか、わかんないけど、なんか、……なんか)
握られる手を握り、思う。
まだ、お別れしたくない。
もう少しだけ彼の側にいたいと。
(……雷……怖いからかな……)
(落ち着け。俺。ルーチェの気持ちが優先。……あー、くそ……ムラムラしてきた。……落ち着け。今日は違う)
「ふはっ……」
(今日は違う。今日は……違う……)
唇を離し、クレイジーが再びルーチェを強く抱きしめた。雨の音だけが響く。無言のまま何も言わない。でも、時々言ってくる。今日してもいい? この間は生理だったから断った。でももう生理は終わった。だから――今日に限って何も言ってこない。
(……)
ルーチェがクレイジーの匂いを嗅ぐ。いつもの香水をつけてる。胸の中がうずき始める。
(……今日は……)
したくないのかな。
(なら言えないな……。だって、下品な女だって思われたくない)
けれど、もう少し直接触れたいと、体が欲している。ルーチェがクレイジーの背中をなぞった。温かい。少し筋肉質で、胸が硬くて、自分とは違う体をしている。うなじに触れる。クレイジーがくすぐったがった。でも、もっと触れたくなった。鼓動が速い。欲しい。触れたい。欲が頭を支配する。我慢ができない。だから、直接訊いてみる。
「……ゆ、ユアン、くん」
「っ、……なーに?」
「……今日は、あの、……し、ないの?」
「……しないのって、何が?」
「……や、……ん……、……」
「……何が?」
「……え……エッチ……しないの?」
「……していいの?」
「……なんか、今日、……さ、触りたい、気分……」
「俺はいつでもルーチェに触りたい気分」
「……」
「していい?」
「……うん」
「やった。……ありがとう。嬉しい」
「……か、か、からかわないの?」
「ん? からかう? なんで?」
「……エッチな女だ、だっぴー……とか……」
「……好きな人と触れ合いたいって思うの、普通じゃん」
起き上がったクレイジーが微笑み、ルーチェを見つめ、またキスをした。
「……やっば。なんだろう。なんか今日、すげー緊張する」
「……あたし、も……」
「まじ? 一緒じゃん。……嬉しい」
(……あたしも……なんか……嬉しい)
「……待って。ゴム持ってくるから」
「あ」
「ん?」
「あの、……先に、き、キス、したい……」
(んだよ。いきなり爆弾持ってくんなよ。好き)
「ん……」
クレイジーがルーチェに濃厚なキスを贈った。
(*'ω'*)
――日は既に暮れ、水たまりだらけの道を進んだ車が屋敷に到着した。
「……あーがとう」
「ん。どういたしまして」
(……帰るまで、何も喋れなかった……)
(やばい。まじでやりすぎた。……嫌われたかもしれない……)
ルーチェが手提げバッグを握り、クレイジーに振り返る。
「あ、明日、学校は?」
「あー……しばらく仕事待ちかな」
「あ……そっか。……そろそろ、デビューだもんね」
同じ時間に登校しないなら、朝の二人の時間はなくなる。
「……頑張ってね」
「……ん。ルーチェっぴもね」
「……うん」
――少しだけ、胸が寂しい。
(……別にお別れするわけじゃない)
(朝だけ、一人の時間に戻るだけ)
(あ、ランチもか……)
(……そっか)
(……トゥルエノとの時間が増えそう。へへっ。ラッキー。……)
「……」
「……ぴっぴちゃん。帰らなくていいっぴ?」
「……ん……」
「……このまま、車走らせて、お持ち帰りしちゃうっぴよ?」
「……ふふっ。……そ、そう、そうなる前に……帰る」
「えー? そいつは残念だっぴー!」
「……」
息を吐き、ルーチェが車から下りた。その背中を見て、クレイジーの手が疼く。
(考え直さないかな)
――やっぱり、泊まっていい? とか、言わないかな。
(もっと側にいたい)
もっと、ルーチェを抱きしめていたい。
もっと、あの子を独り占めしていたい。
ずっと、一緒にいたい。
(……はあ、駄目か。明日学校だし、邪魔されんの一番嫌がるもんな。ルーチェ)
「……」
(ん?)
ルーチェが運転席側に移動し、窓を軽く叩いた。クレイジーが窓を開ける。
「どした?」
「あのね」
「うん」
「今日ね、なんかっ」
「ん?」
「好きっ……て、いう……気持ちが、ちょっと……わ、わかった……かもっ、しれない!」
クレイジーがきょとんとした。ルーチェは至って真面目だ。真面目に――赤面している。
「それだけ!」
「あ」
「したっけ!」
ルーチェが一目散に屋敷へ走った。一人残されたクレイジーがぽかんとし、しばらく思考が止まり、間を置いてから……ハンドルに頭を乗せ、ため息を吐いた。
(………………俺の彼女っぴ、可愛すぎん?)
あー。しんどー。やっぱマシンガントークやら何やら上手いこと言って泊まらせるんだったー。
(その捨て台詞は反則……)
なーに? 今日の俺にときめいちゃったってこと? やりすぎたのに? あんだけ大人なことしちゃったのに? あんだけルーチェのこと乱して犯して虐めて絶頂させまくって気絶させるまで喘がせたのに?
思い出す。
赤面したルーチェの顔を。
ルーチェの言葉を。
――好きっ……て、いう……気持ちが、ちょっと……わ、わかった……かもっ、しれない!
「…………………あー………………しんど…………。………好き………♡」
「あ、ルーチェ帰ってきた! お帰り! あれ、お前なんかオスの匂いして……」
「セーレム! おやつ食べよう!」
「やった! なんだよ! ルーチェ、気前いいな!」
「ミランダ様! ただいま帰りました!」
「……なんだい。カーセックスでもしてきたかい?」
「しっ、してません! ……あ、いや、してないというか、あの、車の中では! はい!」
「……」
「……あの、でも、なんか今日、……クレイジー君に……結構……ドキドキした……気が……し、します……」
「……風呂入っておいで。その話、後で聞かせておくれ」
「……はい……」
「ルーチェ、俺のおやつはー?」
赤面させながら浴室に入っていったルーチェを見て、アウルを肩に乗せたミランダが腕を組み、ため息を吐く。
「避妊だけ、釘を打っておかないとね……」
「ホー」
湯船に浸かりながらルーチェはクレイジーの顔を思い出す。
(汗かいてた)
(なんか……ずっと……一生懸命だった)
(なんか……耳元で……ずっと……愛してるって……言われてた……)
(でも、ゆ、ユアン君は……そういうこと、結構軽く言う子だからな……)
(他の子にも言ってたんだろうな……)
(……)
(ちょっと……悲しくなってきた……)
(……なんでだろう)
(いつ別れてもいいようにって……思ってたのに……なんか……今日は……)
(……一緒にいられて……嬉しかった……)
――家の前に車を停めたクレイジーが、その場でぼうっとしていた。
(……さっきまでずっと一緒にいたのに……なんか……もう、声が聞きたい……)
(あー……まじ……泊めれば良かった……。雨止みそうにないからミランダちゃんに連絡しなって言って……)
(そしたら……まだ一緒にいれたのに……)
赤面したルーチェが頭から離れない。ルーチェのあんな顔、見たことなかった。
(やば……寂しい……)
(会いたい……)
(あー……しんど……)
(今日も可愛かったなー……)
(……結婚してー……)
家からセインが出てきた。車の窓を叩く。
「おい、ユアン。いい加減家に入れよ」
(はあー……。……ルーチェ……。俺のルーチェ……)
「はあ。駄目だ。こいつ」
ルーチェが思った。
クレイジーが思った。
((……次はいつ会えるかな……))
まだしばらく余韻が続きそうだ。
雷の日 END(R18フルverはアルファポリスにて)
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