まだ始まったばかり


 雨も降っているからか、秋に突入したからか、最近寒さを感じる。夜に氷魔法を使わなくても済むようになった。


「うおー! あぶねー!」

(わぁ……あぶねー)


 クレイジーの隣で彼のゲームプレイを眺めながら、ルーチェがお菓子を頬張る。


 彼の部屋は比較的暖かかった。冬になったら部屋に設置されてる暖炉を使うのだろうか。


(……でも、今日はちょっと肌寒いかも)


 ルーチェが上着を着た。クレイジーはゲームに夢中になってる。ルーチェはお菓子に夢中になってる。


(このお菓子美味しい。手が止まらん)

「わっと! おっと! だぁ! いったー!」

(……やっぱりちょっと寒いな)

「落ちたー! てか、ここのコースムズくね!?」

(あ、そうだ)


 人と人がくっつくと温かいと誰かが言ってた。横からは邪魔になるからと、ルーチェが後ろに行った。


(えい)


 背後からクレイジーに抱き着いた。――瞬間、クレイジーの手が停止した。


(あ……やっぱり男の子って温かいなぁ……。クレイジー君の場合、筋肉付いてるから余計かも……。夏は暑いけど……今は良い……)

「……。……。……」

(すごい……。この子、暖房だ……。あったか……)

「……。……。……」

(お菓子食べて……ジュースも飲んで……温かくて……眠くなってきた……)

「……っ……。……、……っっ……!」

(ふはぁ……。……ん?)


 コントローラを置いたクレイジーが腕を伸ばし、ルーチェの背中を掴んだ。


(おっと?)


 そのまま振り返り、正面からルーチェを慈しむ想いで抱きしめる。あ、違うの。そういうことじゃないの。ルーチェがたくましい胸を押す。


「クレイジー君、違う」

「違くない」

「違う。あたし、普通にさ、さっきので良かった」

「何も違くない」

「ゲームが待ってるよ」

「待ってない。待ってるのはルーチェ」

「違うってば。そういうことじゃ……」


 クレイジーがルーチェへの愛をいっぱい乗せてルーチェを抱きしめ続ける。腕の中にすっぽり入ってしまう俺の彼女。なんて可愛いんだろう。ゲームなんて頭から消え去った。今はルーチェにしか興味がない。


(後ろからぎゅー、は、反則……)

(あたし、ちょっと寒かっただけなんだけどな)

(あー、もういい。今日はこのままイチャイチャしよう)

「……クレイジー君、げ、げ、ゲームぅーしないの?」

「んー。……ちょっと疲れたかも」

「……そうなんだ」

「うん。ルーチェっぴ帰ってからでいいかな」


 クレイジーがルーチェに頭をすりすりと動かした。


「イチャイチャしよ?」

「……ゲーム、見たかったのに」

「いつでも見れんじゃん。彼ぴっぴがイチャイチャしたいから、付き合ってっぴー」

「……ん」

(はあ……。まじ、なんで、こんなに可愛いかな……。俺の彼女……。……てか、抱きつかれたの、初めてじゃね?)

(続きのストーリー見たかったのに……)

「……ルーチェっぴ」

「ん?」

「そろそろ、……好きになった? 俺のこと」

「……あ、いや、だから……今のは、ちょっと寒かったから……暖かそうだなって思って……」

「……ん? 何それ」

「歩く暖房」

「俺っちのこと言ってる?」

「ふふっ!」

「こらー! 人を暖房って言わないー!」

「あははは! ……わっ!」


 ベッドに倒れ込み、二人でクスクス笑い、ルーチェが足をバタつかせた。


「重たい!」

「繊細な男子に重たいとか言っちゃ駄目だっぴー!」

「あははは!」

「ぐひひひ!」


 ――目が合うと、クレイジーがふっと笑い、ルーチェと額を重ね合わせ、重ねた手の指を絡ませる。


「寒い?」

「……今は平気」

「寒かったら言って」

「うん。……ありがとう」

「……ね、好きになった?」

「……まだ、わかんない」

「……抱きついてきたくせに?」

「だって、好きになったらしー、……心臓が、ど、ドキドキしたり、するんでしょ?」

「そうだよ。まじで心臓バクバクする。ルーチェっぴといる時、俺いっつもそれだもん」

「あたしは……クレイジー君といても、そ、そういうの……ないから」

「あれ、まじ? おかしいなー。こんなにイケメンなのに」

「ふふっ! ……ドキドキするというか、落ち着くから、なんか、逆だなって」

「……」

「安心して、なんかね、逆に、ね、眠くなる」

「……俺といると?」

「うん」

「……それ、暇だからとかじゃなくて?」

「……そういうわけじゃないけど、なんか、ミランダ様みたいな感じ。楽しいけど、すごく落ち着いて、お母さんとか、お父さん……みたいな?」

「……それ、良い意味?」

「たぶん」

「……ならいっか」

「ふふふっ」


 おかしそうに笑う彼女はとても魅力的に感じる。クレイジーがそっと近付くと、ルーチェが瞼を閉じ、唇が重なった。絡んだ指から熱を感じる。重なった体から熱が移る。もう寒くない。唇が離れた。クレイジーとルーチェが少しはにかみ、また微笑み、額を合わせる。


「ルーチェ、……結婚しよう」

「早くない?」

「俺は50くらいまでもう見えてる」

「そういうこと言ってると、わ、別れた時、恥ずかしくなるよ」

「別れないし」

「わかんないよー? すごく美人な女の子が現れて、運命感じちゃうかも」

「本気じゃなきゃ、浮気も許せるよ」

「……浮気は、……仕方ないけど……あたしは嫌だな」

「……俺もやだ」

「あはは! なんで言ったの!」

「俺は許せるけど、でも、ルーチェが俺以外とイチャイチャすんのは、やっぱ、……無理。普通に泣く」

「ふふっ! わか、わーかんないけど、そ、そんな関係になる人いないと思うよ。喋り方も、こ、こ、こんなだし、ふふふっ!」

「どうかなー? わかんないよ? 俺っちよりも魅力的な男がルーチェっぴを誘惑するかも」

「ないよ。……クレイジー君が物好きなだけ」

「違うって。俺っちはとんでもなく目がいいの」

「またそんなこと言って」


 ルーチェがクレイジーの背中を叩いた。


「ほら、ねえ、ゲームしよ? 続き見たい」

「キスしてくれたらする」

「……あたしだよ?」

「そうだよ?」

「……物好きだ」

「素晴らしくセンスが良いんだよ」

「……馬鹿だなぁ」


 ルーチェが触れる程度のキスをクレイジーにすると、クレイジーの頬がでれんと緩んだ。


「ぐひひひ……」

「……ありがとう。本当に、いつも」

「俺こそありがとう。……大好き」

「……ほら、もう起きて。コントロール、コントローラ、握って」

「二人対戦やる?」

「あ……んー……」

「やろ?」

「……うん。やる。やりたい」

「じゃ、やろ!」


 クレイジーがルーチェを起こし、今度は二人でコントローラを握りしめ、ゲームに夢中になる。


 まだ始まったばかりの二人は、今日もお互いの時間を楽しむ。





 まだ始まったばかり END

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