依存癖


 ADHDの嫌なところを上げるならば、ルーチェはまずこれを上げるだろう。


『記憶の反芻』。


 ふとした時に、思い出したくもないような嫌な記憶を思い出す。小さな頃だったり、最近のことだったり、今まで忘れていたことがぽんと出てくる。そして羞恥や嫌悪感に苛まれることになる。お願い。神様。これ以上あたしを虐めないでください。


 まさにルーチェは今、その状況にあった。いつも通り働いていただけなのに、頭の中で記憶の反芻が起きてしまった。


(うわー……なんで今これ思い出すの……)


 ――ん。


(ああ、やだ。ああ……あの時のあたしは……まだ……子供だったから……あー……馬鹿だったなぁ……)


 ……ルーチェ?








「……どうしてここに……」


 長靴を履いて傘を閉じ、その場でうずくまった14歳のルーチェがいるのを見て、パルフェクトはすぐに駆け寄った。


「ずっとここにいたの?」

「……ごめんなさい……」

「寒かったでしょう? ルーチェ♡、中、入って。ああ、可哀想に……」


 パルフェクトがルーチェを部屋の中に入れるが、扉を閉めるとルーチェが背後から抱き着いてきた。


「ルーチェ♡?」

「……」

「また嫌なことあったの? 座って」

「このままでいい」

「……もう、ルーチェ♡ったら……。……わかった。おいで」


 両手を広げて正面からルーチェと抱きしめ合う。パルフェクトの存在を確認して、そこでようやくルーチェが落ち着きを取り戻してきた。深く息を吐き、体の震えが徐々に治まってくる。


「暖房焚く?」

「いい……」

「どうやって中入ったの? オートロックなのに」

「……他の人が開けてたから、一緒に入った」

「何時くらい?」

「……20時くらい」

「寮から抜け出してきたの?」

「……ごめんなさい……」

「ルーチェ♡、怒ってないから大丈夫」

「どうしても……あ、会いたくて……」

「……合鍵、渡しておけばよかったね。ごめんね? 引っ越したばかりで気が回ってなかった」

「や、お姉ちゃんは……わ、悪くない……あ、あたしが……」

「ルーチェ♡、大丈夫。よしよし。大丈夫だからね」


 13歳から14歳にかけて、思春期になったルーチェの精神状態に変化が訪れた。今年のクラスが馴染めず、異常に人に執着しやすくなった。その対象が姉だった。唯一優しくしてくれるから、依存先が確定するのに時間はかからなかった。


 この時期、パルフェクトとルーチェはかなり連絡を取り合っていた。チャットが来ない日があると、ルーチェが一方的に送っていた。それくらい、ルーチェがパルフェクトに依存していたのだ。


 一息つくと、パルフェクトがココアを出してくれたので飲んでみた。凍えた体が一気に温まった気がした。


「なんかね、なんか、最近、っ、本当に、が、が、学校……つまんなくて……」

「話せる子いないんだっけ?」

「……うん」

「虐めは?」

「それはない。ただ……輪に入れない、だけ……」

「困ったね」

「……うん」

「今日は一緒に寝ようね」

「……うん」


 マネージャーに連絡する。急用が入ったので、明日の朝の仕事午後に遅らせてください。


(何かあったら魔法で催眠でもなんでもかけるし、ま、大丈夫でしょ)


 マネージャーから連絡が入った。わかりました。パルはいつも頑張ってくれてるから、何とかするね!


(あはは。ありがとー。マネージャーさん。催眠、かけられずに済んだね)

「……お姉ちゃん、お、お風呂、入らないの?」

「んー?」

「……」

「……一緒に入る?」

「……うん」

「おいで」


 依存されているとわかっていた。執着心がルーチェについているとわかっていた。だが、パルフェクトにとって、これほど嬉しいことはなかった。忙しくて構えないとルーチェが不安になってチャットを嵐のように送ってくる。返事を返して、ついでに電話をしてあげると泣きながら「迷惑かけてごめんなさい」と言われる。ルーチェの胸に、頭に、常に自分の存在があると思っただけで、パルフェクトは世界の中心で踊りたくなるほど歓喜した。


 ルーチェがパルフェクトに訊く。「ごめんなさい。甘えていい?」

 パルフェクトはルーチェには答える。「いいよ。全部してあげる」


 ルーチェの体も頭も全部パルフェクトが自分の手で洗う。成長期の体に触れると、また成長した部分を感じる。


「ルーチェ♡、前より胸、膨らんできたね」

「ん。……お、お姉ちゃんみたいに……大きく、な、なるかな」

「大丈夫。きっと大きくなるよ」

「でもね、あの、あ、あまり大きくなると、く、クラスの男子がね、見てくるの。クラスにもね、あの、きょ、きょにゅ、巨乳の人、人、人、がいて、胸見られるのやだって愚痴ってた」

(そうだよねー。苦労するよねー)


 実際、自分も体つきが良いという理由で男子や女子に目をつけられ――性的な嫌がらせをされていた。


「大丈夫だよ」


 パルフェクトがルーチェを抱きしめた。


「もしもルーチェ♡が、下心のある猿男に嫌なことされたら、お姉ちゃんが追っ払ってあげるからね」

「……本当?」

「うん。ルーチェ♡はずっとお姉ちゃんのルーチェ♡なんだから、当然だよ」

「……ありがとう……」


 ルーチェが微笑む。


「お姉ちゃん、大好き……」

「わたくしも大好き。ルーチェ♡」


 いや、大好きでは足りない。


「愛してる。ルーチェ……♡」


 顔を近づかせると、ルーチェがきょとんと瞬きして、瞳を閉じた。


「……ん」


 温かい浴室の中で唇が重なり合う。ルーチェはほっとする。パルフェクトは欲が満たされる。今、この子にはわたくししかいない。わたくしもこの子以外いらない。ルーチェ以外眼中にない。幸せ。ルーチェに依存してもらえて、すごく幸せ。


「あ……お姉ちゃん……」

「大丈夫。全部任せて」


 パルフェクトの声は、まるで毒のようだった。一度聞いたら、何もできなくなる。


「ルーチェ♡が寂しくならないように、沢山構ってあげるからね」


 パルフェクトがうっとりした笑顔で、もう一度静かに、ルーチェに口付けした。


 キスが、どんどん深くなっていく――。



(*'ω'*)




(今思えば……まじでとんでもないことしてたな……)


 ルーチェが退勤した。


「お疲れ様でーす」

「おう! ルーチェちゃん! 気をつけて帰りな!」

「ういっすー」


 きっと今日は疲れてたから記憶の反芻なんて起きたんだ。そうだ。そうだ。そうに違いない。


(さて……ミランダ様の屋敷に帰らねば……)

「あ、ごめんなさい。道を聞いてもいいですか?」

「え? あ、はい。なんでしょ……」


 ――手首を掴まれた。ルーチェの眉間に皺が作られ、視線を辿ってみれば――。


「ルーチェ……♡ 久しぶり……♡」

(げっ)

「あっ、やだ。なにその顔。激かわ。超かわ。まじくたばれる♡」

「勝手にく、くたばれ」

「ルーチェ♡、アルバイト終わったの? お疲れ様。夕食一緒に食べない?」

「いや、み、見られたらまずいでしょ」


 パルフェクトが道路に停めていた車へ指を差した。


(リムジンーーー!?)

「ルーチェ♡だから特別だよ?」

「いや、いらんいらんいらん! もうか、帰るから!」

「そうだね。帰ろうね。二人の愛の巣に……♡」

「うっわ! 触るな! ひい! たすっ! ミランダ様ーー!!」


 リムジンの扉が閉められ、猛スピードで走り出す。車の中で繰り広げられていたことは、言うまでもないだろう。


 しばらく経ってから、弟子が帰ってこないことに気付いたミランダがルーチェを迎えに行くため、空へと飛んでいくのだった。



 依存癖 END(R18フルverはアルファポリスにて)

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