嫉妬やきもち、それと不器用

(*'ω'*)恋人になる前設定。

 本編9章第4話 綺麗な夜景を見ながら より。

 アンジェ→→→←ルーチェ

 ―――――――――――――――――――――――












 ミランダに勧められてルーチェがユアン・クレバーとデートをすることになったそうだ。様子を見てこいと言われて、どうして私にそんなことを言うんだと思ったけど、そんな話を聞かされたら居ても立っても居られず、結局探偵のように二人の後を尾行することになった。


(最悪……)


 楽しそうなルーチェ。

 リードするクレバー。

 手を繋ぐ二人。


(本当のカップルみたい)

「あの二人付き合うのかな?」


 アーニーの言葉に、アンジェが眉をひそめた。


「は?」

「だって、すごく仲良さそうじゃん! トゥルエノもそう思うでしょ!」

「る、ルーチェが……女の子の顔してる……!」

(女の子の顔って……)

「ちょいとここは賭けてみる? 私は付き合うに100ワドル!」

「じゃあ……付き合わないに100ワドル?」

「……やめなってそういうの」

「お堅いこと言わないでよ! アンジェってばー! ちなみにアンジェはどっちだと思う?」

「なっ……ば、馬鹿じゃないの!? 付き合うわけないじゃん!」

「あーん! 怒られたー!」


 だって、ルーチェは、


(だって)


 ――アンジェちゃん、今日は……甘えてくれないの?


「……」

「あ、移動した! 行こう! トゥルエノ! アンジェ!」

「はい!」

「うん……」


 もやもやする。別に、私とルーチェはそんな関係じゃないし、ただ、弟子仲間? 師匠が同じで、自分と同じ思いをルーチェにしてほしくないから、様子を見に行って、話をしたりするだけの関係ってだけで、


(別に二人が付き合ったっていい)


 私には関係ない。


(関係ない……けど……)


 デートの締めに夜景を見に行った二人の背中が、まるで恋人同士そのもののようで、拳を強く握った。自分が女に生まれたことを初めて後悔した。男だったら、あんな奴からルーチェを奪ってみせるのに。ルーチェは俺のもんだからって、この腕に抱きしめて、これ見よがしに見せつけてやれたのに。


 そんなことを思っていると、アーニーがくしゃみをして、全てがバレた。


「ガチでお前ら、本当にない!」

「やーん! 見つかっちゃったね! てへぺろ!」

「ごめんね、ルーチェ……」

「みんな来てたならこ、こ、声かけて、くれたらよかったのに!」


 ルーチェがアンジェに駆け寄った。


「アンジェちゃんも、言ってくれたら一緒に遊べ……」


 アンジェがルーチェの手を払った。


「えっ」

「あ」


 ルーチェがぽかんとして、アンジェがはっとして、両手を後ろに隠した。


「ミランダから様子見てくるように頼まれたのよ」

「普通断らね? お前らまじでおかしいよ」

(そもそもお前がルーチェを諦めたらこんなことしなくても良かったのよ……!)

「……なんすか? 先輩」


 クレイジーが睨んできた。


「文句あんなら聞きますけど?」

「クレイジー君、そ、そんな言い方、良くないよ!」


 アンジェがルーチェの手を掴んだ。ルーチェがアンジェに振り返り、アンジェはクレイジーを睨み返す。


「デビュー控えてるのにデートする余裕あるなんて、今後が楽しみね」

「なんだ? 嫉妬か? おい」

「帰ろう。ルーチェ。こんな奴と話してる時間がもったいない」

「アンジェちゃん」

「時間も時間だし」

「……それはそうだね」


 ルーチェがクレイジーに振り返った。


「クレイジー君、今度ま、また、みんなで遊びに行こうよ」

「……今日くらい二人で帰ろうよ」

「……ごめんね。その……」


 ルーチェがアンジェの背中に触れた瞬間、アンジェの肩がびくん! と揺れた。


「アンジェちゃんと帰るから」

「……ん。わかったよー」

「クレイジー君! 落ち込むことないよ! 私達がいるからさ!」

「お前は人として恥を知れ」

「ご……ごめんね……。ユアン君……」

「トゥルエノちゃん、今回ばかりはちょっと反省してほしいっぴー」

「うん……。ごめんなさい……」


 ルーチェが声を潜めて、アンジェに言った。


「今のうちに帰ろっか」

「……」


 アンジェがそっぽ向いた。あれ? ルーチェが瞬きすると、アンジェが一人で帰り道に進んでいく。ルーチェもその後を追いかけ、夜景が見える素敵な丘から抜け出した。


「アンジェちゃん」

(別に、ルーチェが誰と遊んだっていいじゃん。私には関係ない)

「ごめんね。なんか……怒ってる?」

「別に、怒ってない」

「でも……機嫌悪そ……」

「そんなことないけど!」


 アンジェが大股で坂道を下っていく。その後ろをルーチェがついていく。


「今回は、ミランダに頼まれただけだし! それに、私、ユアン・クレバーのこと、嫌いだから!」

「二人とも、は、話せば、き、きー、気が合うと思うんだけどな……」

「嫌よ! あんな奴!」


 あんな、ルーチェにべたべた触るような奴!


「っていうか、なんでルーチェも今日出かけたの? 相手はあいつだよ?」

「……あれ? ミランダ様から聞いてない?」

「何が」

「……告白、断る予定だったんだよ。今日」


 ――アンジェの足が止まった。だから、自然とルーチェの足も止まることになる。


「クレイジー君が次に行けるように、告白の話、断るつもりだったの。今日。ちゃんと気持ちを受け取って、お返事しようと思って……」

「……で、でも、ルーチェ、断ってなかったじゃん!」

「言う前に、アンジェちゃん達がいたことに気づいたから。……流石に、あの空気では、ね? 流石に……クレイジー君が、可哀想でしょう?」

「……」

「次の時に言うよ。クリスマスにね、クレイジー君と、クレイジー君のお、お兄さんと、あたしと、トゥルエノで出かける予定なんだ。だから、ね、その時に」

「……」

「……アンジェちゃん、クリスマスは家族と過ごすの?」

「……ん……」

「そっか。うん。すごく良いと思う」


 ルーチェがアンジェと手を繋いだ。


「寒くなってきたから、帰ろう?」

「……、……、……うん」


 本当は、飛行魔法で飛んでいけばあっという間に帰れるのだが、アンジェは飛行魔法を出す気はまだなかった。


 ルーチェと手を繋いで歩いているから。


(せめて、駅まで……)


 ルーチェと手を繋ぐと、やっと安心した。胸のモヤモヤが大人しくなった。けれど、この手をクレイジーが握っていたと思うと、またムカムカして、ルーチェに当たりそうで、でも当たりたくなくて、アンジェは手を握りつつも目を逸らした。


「……今日は……お、おー店のお手伝いとか、な、ないの?」

「……うん。ミランダのこと言ったら、休ませてくれた」

「そっか。サ、サイモンさんに、アンジェちゃんにボディーガードしていただいて、ありがとうございました、って伝えてもらっていい?」

「いいよ。そんなこと言わなくて」

「だって、今日のためにアルバイト潰してくれたんでしょう? それは言っておかないと」

「いいよ。別に」

「……伝えてくれる?」

「……わかった。伝えておく……」

「ありがとう」


 ルーチェが笑顔になる。

 その顔を見るたびに思う。

 お願い。その笑顔は私だけに向けて。

 誰にも向けないで。

 ミランダにも、アーニーにも、トゥルエノっていう友達にも、クレバーなんか絶対駄目。お願い。ルーチェ、私にしか見せないで。


 ――ふと、アンジェがルーチェの手を引っ張った。


「わっ」


 人気のない道路。

 誰も見ていない。

 だから、唇を塞ぐ。

 誰かに取られる前に。

 既に奪っている自分が更に刻印を残すように。


 唇が離れた。

 お互いの顔を見る。


 ――どちらも頬をとんでもなく赤色に染めていた。


「……アンジェちゃん、今は……」

「嫌、だった?」

「……っ……い、嫌……では、なくて」


 アンジェがもう一度近づいた。ルーチェは目を見開き、アンジェの肩を前に押しのけた。


「嫌では、ないけど! ここ、外だから!」

「……」

「誰か、ね? 来るかもしれないから! ね?」

「……来ても、いいし」

「と、友達同士でも、よく思わない人も、ね? いるから……」

「……」

「……今夜は、まっすぐ帰るの?」

「……や、ミランダに、色々報告しないと」

「……屋敷、来るんだ」

「……うん」

「……一緒に、ご、ご飯、食べない?」

「……食べる」

「……うん。ふふっ。食べよう?」

「……」

「あ、駄目。アンジェちゃん。……今言ったばかりでしょ? ね?」

「……今日のルーチェ……冷たい……」

「えっ」


 ルーチェの脳がすぐに反応した。アンジェちゃんのこの仕草は!


「……つけてたの……怒ってる……?」


 甘えたモード発動アンジェちゃん!

 ルーチェの胸が、きゅん♡、と鳴った。猛烈に、激しく、甘く、とろけるように、アンジェを甘やかしたくなった。抱きしめて、優しく頭を撫でてあげたい。


 けれど、今は外だから。


「……もう、帰ろう?」

「……怒ってるんだ」

「怒ってないよ」

「本当?」

「うん。むしろ……声かけてく、くれたら、良かったのに」

「……だって、ルーチェ……楽しそうだったから……」


 アンジェちゃんは良い子だな。なんだかんだ、すごく気を遣ってくれる子なんだよな。だからこそ、何か伝えたそうにしているのに、伝えられなくて、もどかしそう。


「……あのね」

「……うん」

「今日、一緒に帰れて嬉しい。その、……アンジェちゃんと一緒に帰れることとか、あまりないから」

「……」

「だから、嬉しい」

「……」

「あっ、待って。……キスは」

「なんで?」

「なんでって……」

「誰もいないじゃん」

「アンジェちゃ」

「あいつは、今日ずっとルーチェにべたべたしてた! なんで私は駄目なの!?」

「だから、あの、アンジェちゃっ……」


 無理矢理唇が重ねられた。両手を握られて、抵抗できなくなる。


「あ、ちょっと、まっ……」


 アンジェは待たない。また唇を重ねる。


「ア、アンジェちゃん……んむっ……」


 言葉はいらない。ただ、目の前にいる彼女が欲しいだけ。


「……アンジェちゃん」

「黙って」

「アンジェちゃん」


 アンジェがルーチェの肩に顔を埋めた。


「やだ。もう」

「……アンジェちゃん」

「最悪。クレバーの香水の匂いする」

「え? 本当?」

「マジで最悪。あいつ。ずっとべたべた触って。ルーチェを、自分の女扱いして。最低」

「……よしよし」


 抱きしめてくる友人の頭を撫でる。


「落ち着いたら、帰ろう?」

「……」

「あたしならね、大丈夫だから。デートも、なかなか楽しかったよ?」

(……そうじゃなくて……)


 アンジェの目が潤み始め、ルーチェにしがみつく。


(ルーチェが……あいつと出かけたのが……まじでやだ……。あいつ……下心ありまくってさ……ルーチェを、女扱いしてさ……)

「よしよし」

(ルーチェはお前のものじゃない)


 じゃあ誰のもの?


(ルーチェは……)


 ――この手を離したくない。


「……」

「……アンジェちゃん?」

「……私じゃ……だめ?」

「え?」

「ルーチェ」


 アンジェが頬を赤く染め、泣きそうな顔で、言った。


「恋人、私じゃ、だめ?」

「……。……。……は?」


 ルーチェがきょとんとした。アンジェがはっとした。自分がとんでもないことを発言したと自覚した。アンジェの顔が真っ青になった。ルーチェが眉をひそめた。


「アンジェちゃん? 大丈夫? 顔色悪いよ?」

「……」

「あ、えっと、あー……えっとー……」


 ルーチェはとりあえず、アンジェを抱きしめて頭を撫でた。


「よしよし」

「……。……。……」

「えーっとね」

「……。……。……」

「……えっと……恋人って、よく、わかんないんだけど……」

「……いや、……、……やっぱ……いい」

「……いいの?」

「いや」

「えっ」

「良くない」

「……」

「……変なこと、言ってるのはわかってる。でも、……ルーチェが、あいつ以外でも、なんか、触られたり、その、キスとか、されるの……考えたら、なんか、……すごく、やだ」

「……」

「だったら……私がルーチェの恋人になる」

「……恋人ってことは、ア、……っアーンジェちゃんがあたしの彼女ってこと?」

「……ルーチェも、私の彼女ってこと」

「……あー。そっか」

「……」

「それ、い、い、虐められない?」

「言わなきゃバレないでしょ」

「……んー」

「……」

「でも、……あたしも、誰かとつ、付き合うなら、アンジェちゃんの方が気が楽かも」

「……え?」

「ミランダ様にね、恋愛経験はした方がいいって言われてて。それでちょっとま、迷ってたんだよね。でも、相手がアンジェちゃんなら、なんていうか……っ、っ、あ、安心あるかも」

「……」

「なってみる?」


 指同士が絡み合う。


「相手が、あの、こんな……あたしでいいなら」


 アンジェが黙りこくり、しばらく石のように固まって――小刻みに首を動かし、頷きまくった。


「あ、でも、あの、別れたくなったら、すぐ言ってね? すぐ友達に戻ろう?」

「……うんっ」

「あたしも、なんか合わないなって思ったら、すぐ言うね」

「……うんっ」

「で……アンジェちゃんは、大丈夫そう?」

「……うんっ」

「あの、じゃあ、……そういうことで」


 抱きしめ合う。


「今から恋人ね」

(……っ)


 アンジェの中にいたモヤモヤが一気に消え失せ、訪れたのは――嬉しさ、喜び、ラッパを吹く天使達の笑顔の舞。人はこれを、「歓喜している」というらしい。


「……じゃあ、ルーチェ……?」

「ん?」

「恋人なら……もう一回、キスしても、いいってこと?」

「……でも、あの、ここ、道路だから」

「目閉じて……?」

「その、誰か、くる、かも、しれない……から……」


 アンジェの唇は既に目の前だ。


「……一回、だけね……」


 唇が重なり合う――。



(*'ω'*)



「というわけでミランダ様!」


 手を繋いで意思表明。


「あたし達、付き合うことになりました!」


 ミランダの片目が痙攣した。隣には、口を閉じているが嬉しさが込み上がり目をキラキラさせているアンジェがどんだもんだという顔でミランダを見ている。


「今後とも、よろしくお願いします!」

「……私が期待してたのは、そういう展開じゃないんだけどね……」

「はい! あたしも、予想外の展開です!」

「とりあえず、アンジェ、その顔やめな。むかつくんだよ」


 アンジェは変わらず、口をつぐんで目をキラキラさせている。


「手始めにミランダ様、女同士の恋人は、何したらいいですか!」

「知らないよ。女に手を出したことはないもんでね」

「そうですよね! ミランダ様! あたしもです!」

「とりあえず、デートから始めたらどうだい?」

「デート! 確かにそうですね!」


 ルーチェがアンジェを見た。


「アンジェちゃん、日曜日空いてる? 魔法の練習しに、大きい公園い、行かない?」

「……行く……」

「ミランダ様! 次の日曜日、アンジェちゃんと、っ、デートに行ってきます!」

(それは果たしてデートなのかね)

(ルーチェとデート。……魔法書持っていこうかな……もじもじ)

「楽しみだね! アンジェちゃん!」

(もじもじ)

「……これはこれで……面白いかもね」


 ミランダが紅茶を飲みながら、恋人となった二人の弟子達を眺め、呟いた。






 嫉妬やきもち、それと不器用 END

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