育っていく盲目の恋
学校でイチャついてたカップルを見て、顔をしかめる友達がいた。昼からお盛んだねとからかっていた。私はそういうものという風に見ていたからあまり気にしなかったけど、歩いてるところを妨害されたのは流石にイラッときた。
SNSでは付き合いました連絡と別れました連絡が呟かれていて、なぜ自分の恋愛事情をこんな公に公開したがるのかわからなかった。別に自分の事情なんだから別れても付き合ってもどっちでもいいし、結婚するわけじゃないんだから別に付き合う人が変わったってなんとも思わない。応援してくれた皆ありがとうございましたって、誰が応援してたの? 友達? 貴女の愚痴をうんうんって頷いてた人達? だから別れたら付き合ったらいちいちSNSで報告するの?
(わかんないな)
自分の事情じゃん。自分の中で留めておけばいいじゃん。
(わかんないな)
自分がそういうのをしない人間だからだろうか。
(理解できない)
アンジェはスマートフォンを投げて、天井を見て、考えた。
(私も他人を好きになったらSNSに書き込みたくなるのかな)
元彼のことは好きにはなれなかったけど。
(そんな気持ちにいつかなるのかな)
未来なんてわからない。自分が同性の女の子相手に恋に溺れるなんて、誰が想定する。
「うま……」
ルーチェが思わず呟いた。
「味がしっかりしてる。アンジェちゃん、これどうやって作ったの?」
「白だし入れた」
「白だしすげえ……」
「ルーチェ、俺にもくれよ!」
「さっきご、ご飯あげたでしょ。駄目」
「なんだよ! ケチ!」
「後でルーチューあげるから」
「アンジェ、ソース」
「私はソースじゃありません」
土曜日の夜、元恩師の家の食卓を囲む。料理をアンジェに任せたらなんてこと。いつも以上にスプーンが進んだ。
「うま……」
(ふふん。ルーチェが喜んでる。どうだ。見たか。ミランダ)
「……ルーチェ」
「はい?」
「ついてるよ」
アンジェがはっとした。ミランダがこれ見よがしにルーチェの口についてた汚れを指で拭ったのだ。アンジェがミランダを睨んだ。すると一瞬目が合った。ミランダが面白そうに笑った。アンジェは睨む。火花が弾いた。一秒の出来事である。
「あ、すいません。ミランダ様」
「ん」
「アンジェちゃん、すごくお、美味しい」
「……ルーチェ、これも食べて」
「あ、ありがとう。……わ、うま……」
(喜んでくれてる。嬉しい)
アンジェが内心にやけてしまう。絶対に表には出さないが。
(父さんに料理習っててよかった)
「ミランダ様、マヨネーズつけますか?」
「いや、マヨネーズじゃなくて……そこのドレッシング取ってくれるかい?」
「あ、はい」
「はい。ありがとう」
賑やかな食事の時間を過ごし、各々入浴を済ませ、アンジェがルーチェの部屋に来た。
「アンジェちゃん、部屋余ってる……」
アンジェがベッドに座った。
「けど……」
アンジェがルーチェに手招きした。
「あ、はい」
(ルーチェ)
隣に座ったルーチェを抱きしめる。
(ルーチェ)
完全にたがが外れ、アンジェの秩序が崩れ落ちた。恋の底に溺れ、ルーチェのことだけを考える。
(ルーチェの匂い。体温。感触……)
「うふふ。アンジェちゃん。くすぐったいよ」
(ルーチェ、ルーチェ、ルーチェ……)
「わっ」
アンジェの体重でベッドに押し倒された。
「こらこら。アンジェちゃん」
(好き。好き。好き。ルーチェ。好き。好き。好き)
「……ふふっ」
柔らかい声も、柔らかい感触も、柔らかい笑顔も。
(好きすぎておかしくなりそう)
「……最近会えなかったもんね」
「……甘えていい?」
「うん。いいよ」
その言葉通りにアンジェがルーチェの胸に顔を押し付けた。ルーチェが笑い、アンジェを抱きしめ、頭をなでてくる。
(ルーチェ……)
(アンジェちゃんって本当に猫みたいだよな。懐いたらずっと懐いてるみたいな)
(あったかい……。胸……柔らかい……)
(あ、くすぐったい)
(あ、乳首勃ってる。……可愛い……)
(なんか、本当に久しぶりだなあ)
(もっと、……もっと欲しい)
手に自然と力が入っていく。
(もっと……ルーチェが……)
「……アンジェちゃん?」
(……駄目かな?)
「んっ」
唇が重なる。見てくる眼差しが熱い。手が重なり、指が絡んだ。
「……アンジェちゃん、あの……」
「ちゅう」
「そろそろ、ね、寝ないと」
「ちゅう」
「ふ、ふふ……。こら、あ、甘えん坊……」
「……ルーチェだけよ」
こんなに甘えるの。
「ね、もっとキスしていい?」
「……うん。いいよ」
キスをする。唇同士を合わせて、微笑む。
「ルーチェ」
「……あ、あたしも、して……いい?」
「(ばきゅんどぎゅんぼごん)あ……うん」
「ちゅ」
軽く触れてきた唇に心の中で悶える。可愛いかよ。まじ天使。
「……ルーチェ、もっと……」
「ん……」
キスをする。
「ルーチェ……もっと……」
「ん、あ、アンジェ、ちゃん……」
キスをし合う。
「……あっ……」
細い首に、アンジェが唇を押し付ける。
(……なんか、少し……えっちなキスだな……)
(……ルーチェ)
触れる。
「あっ」
(ルーチェ)
寝間着の中に手を入れたら、肌に触れられる。
「ちょっ」
流石に止められる。
「あ、アンジェちゃん、あのっ……」
アンジェが無言でルーチェを見つめた。
「……えっと……」
アンジェが真っ赤な顔で、ぎゅっと唇をつぐんで、ルーチェを見つめる。
「……」
そんな甘えたな顔で見ないでください。
「……えっと……」
「……触って良い?」
アンジェの言葉に、ルーチェの体が一瞬だけ強張った。
「……少しだけ……駄目……?」
「……す、……少し、だけ……なら……」
「……じゃあ……」
アンジェの手が伸びた。
「少しだけ、触るね?」
指が、肌に触れる。
(*'ω'*)
肌がつやつやのアンジェが朝食を準備した。
「これ食べたら出ます」
「今日の現場は南の谷だっけ?」
「そっ」
「私も途中まで道が一緒なんだよ」
「ああ、じゃあ途中まで行きます?」
「ん。……その間に説教だからね。お前」
「は? 私がいつ悪いことしたって言うんですか?」
ミランダが強く指を差した。その方向には、げっそりしたルーチェがセーレムの頭をなでている。
「ジャック……ジャック……切り裂きジャック……切り裂きジャックを知ってるかい……♪」
「ルーチェ、何の歌? それ?」
「お前、やりすぎなんだよ。どうしてくれるんだい。ああなったら今日一日再起不能だよ!」
「……。何もやりすぎてませんけど?」
「どの口が言うかね」
「ちょっと盛り上がっちゃっただけ」
「加減しな」
「貴女が一ヶ月もルーチェに会わせなかったせいです」
「人のせいにするんじゃないよ。お前今日の現場の魔法は出来てるんだろうね?」
「当たり前じゃないですか」
「……ならいいけどね。いいかい。失敗するんじゃないよ」
「わかってます」
「ルーチェ、頭なでて」
「ああ……はい……」
セーレムの頭を撫でるルーチェを見て、アンジェがはっとする。
(……ルーチェの手が……セーレムに取られた……)
その手は私のものなのに!!!!!
(ぎっ!!!)
「うわ! ルーチェ、アンジェが睨んでくるよ!」
「え?」
ルーチェが振り返ると、アンジェがきりっとした顔をして、首を傾げた。その切替に、ミランダが唖然とする。ルーチェが再びセーレムに視線を戻すと――再びアンジェがセーレムを睨み始めた。
「セーレム、嘘つかないの」
「睨んでるって! 超睨んでるの!」
「はいはい」
「本当なんだって!」
(魔性の女だね。ルーチェ……)
ミランダが思わず感心する。
(あのアンジェをここまで手のひらで踊らせるなんて)
アンジェはルーチェに夢中だ。
(……魔法だけ、サボらせないようにしないとね)
「睨むなよ! 俺が何したって言うんだよ! アンジェの馬鹿!」
「人にば、ば、馬鹿とか言わないの」
「師匠、そこのソース取ってください」
「……はい」
「ありがとうございます」
アンジェがひっそりと屋敷のカレンダーを見た。今度はいつ会えるかな。そんなことを考えながら、ブロッコリーにフォークを刺した。
育っていく盲目の恋 END
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