二人だけの時間


 最近、


(ルーチェに甘えたくて仕方ない)

(アンジェちゃんに甘えてほしくて仕方ない)


 しかし自分は、


(まだ新人魔法使い)

(まだ未熟な魔法学生)

(ここで満足しちゃいけない)

(まだやらなきゃいけないことがある)


 師であるミランダの恥にはなれない。


(もっと魔法を磨いて)

(もっと魔法を練習して)

(もっと仕事をこなして)

(もっと課題をこなして)


 でも――はっとすれば、


((会いたいな))


 一日休みの日にアンジェがミランダの家にやってきた。


「父さんがミランダに食べさせてやってって」


 口実を作って、


「わあ、ありがとう!」


 口実に口実を重ねて、


「アンジェちゃん、ミーランダ様が、お、お、お菓子、昨日、あの、い、依頼人さん、さま、さん、から貰ってきたみたいだから、食べる?」

「ん。貰う」

「……ごめんね。めっちゃ吃ったね」

「んーん。この後一緒に発声練習しよ」

「え、いいの? やった。ありがとう!」


 お茶を出せば、二人の時間。


「今日はアーニーちゃんいないんだね」

「あー。なんかバイトらしい」

「バイトかー」

「バイトがなければ誘ったんだけど」

「そっか。なら仕方ないね」

(ま、誘ってないんだけど)

(バイトなら……アンジェちゃんだけでも仕方ないよね)

(ルーチェと二人きりになりたかったし)

(アンジェちゃんと二人きり)

(ルーチェに甘えたい)

(今日は甘えてくれるかな?)


 ……目が合って、笑い合う。


「最近どう?」

「あー、んー、……課題が大変かな。……アンジェちゃんは?」

「仕事の量が増えてきたかな。有り難い」

「すごいね」

「今だけよ。……飽きられないようにしないと」

「……それもそれで大変だよね」

「そっ。大変」


 紺色の瞳が向けられ、茶色の瞳も向けられる。


「……ルーチェ」

「ん」

「……ちょっと、部屋……行ってもいい?」

「……あ、うん。……大丈夫」

「……ん。じゃあ……これ飲んだら……行く」

「あ、うん」

「「……」」


 そこから会話はなくなってしまう。ただ、この後のことを考える。部屋に行って何をするんだろう。別に何もしない。ただ、甘えて、甘やかすだけ。


 ――ルーチェがベッドに座り、その膝にアンジェが頭を置いて寝転がる。ルーチェの匂いがする。アンジェがその場から動かなくなる。ルーチェの手がアンジェの頭を撫でた。するとアンジェが甘えてくるから――これは優越感だろうか――障害を持ってる自分に甘えてくる年下の女の子がいるのが――嬉しくなって――優しく優しく、頭を撫でる。するとアンジェはまるで眠る猫のように大人しくなって、ただルーチェに撫でられる。


(はあ……。これ気持ちいい……)


 ルーチェは麻薬みたい。


(この時間が唯一休めてる気がする)

(リラックス出来てるかな? それなら……嬉しいな)

(ルーチェの手が優しい)

(まだ高校三年生だもんね)

(ルーチェ……)

(ん?)


 アンジェが起き上がった。


「アンジェちゃ……」


 言い終える前に、唇が重なり、……そっと離れる。お互い黙り込む。すると今度はルーチェから唇を重ねてきた。だったら今度はアンジェから。じゃあ次はルーチェが。それなら次はアンジェが。唇を重ね、離れて、またついてを繰り返す。リップ音が部屋に小さく響く。そこでルーチェが気がついた。いつの間にかアンジェと自分の手が重なり合い、指を絡ませていた。温かなアンジェの温もりを感じているのが嬉しくて、また胸がときめく。唇を重なる。キスをする。アンジェがルーチェを押し倒した。


「わっ」


 アンジェが上から抱きしめてくる。


「……アンジェちゃん、重たいよ」

「……ちょっとだけ」

「うふふ。……今日は一段と甘えん坊さんだね」

「……やだ?」

「……ううん。やじゃ……ない」

「……良かった」


 アンジェがルーチェに頭を擦り付けた。


「ルーチェ」

「ん」


 抱きしめられて、潰されて、頬にキスされて、また抱きしめ潰される。


「アンジェちゃん、ちょっと、く、苦しい」

「……ん」


 アンジェが横に寝転がった。ベッドが狭くなり、さっきよりも密着して向かい合う。唇の距離が近い。目が近い。鼻が近い。何もしなくてもくっついてしまいそう。


「……ルーチェ」

「ん?」

「何考えてる?」

「ん、何も……考えてないよ?」

「私はね、……ルーチェの目が、茶色だなって、考えてる」

「……」

「……今、私の目のこと考えた?」

「や、ニキビがあるなって」

「え、どこ?」

「ここ」


 優しく触れると、アンジェが顔をしかめた。


「……最悪」

「薬塗ったら治るよ」

「……」

「……今、何考えてる?」

「ルーチェと、近いなって考えてる」

「あ、それは、あた、しも、思った」

「近いね」

「そうだね」

「キス、できそう」

「そうだね。ちょっと、近付いたら、すぐに……」


 目の前の人物を見ていると、お互いの心臓がおかしな動きをしだす。そして体が熱くなっていく。くらりと目眩もしそうになる。けれど、もっとお互いの目を見ていたくて、黙って見つめる。ふと、ルーチェが吹き出した。アンジェがきょとんとする。ルーチェがアンジェの頭を撫でた。アンジェが大人しくなる。ルーチェがニコニコしている。アンジェは訊いてみた。


「どうかした?」

「や、……甘えてくれるの、嬉しいなって」

「……」

「ごめん。なんか……上から目線なんだけど、……こ、こんなあたしに、甘えて、頼ってくれてるの、嬉しくて……」

「……もっと甘えていい?」

「ん。……いいよ」

「どこまで?」

「どこまでって……」


 アンジェがルーチェの腹に触れた。


「どこまで、いいの?」

「……」

「……ルーチェ」

「……」

「……」

「……ん……と……」

「……ミランダ、いつ帰ってくるの?」

「……あの、夜……かな?」

「……じゃあ……」


 手が動く。


「いいよね?」


 そんな声で聞かれたら、そんな目で見つめられたら、駄目とは言えない。アンジェが再び起き上がった。ルーチェがそれを見つめる。アンジェが深呼吸して、体を倒した。ルーチェが瞼を下ろした。


 二つの影が一つになる。



(*'ω'*)



 ミランダが部屋に下りれば、そのタイミングでルーチェが走ってくる。


「お帰りなさいませ。ミランダ様」

「ん」


 いつも通りにミランダが帽子とマントを渡そうとして――気が付いた。


「……なんだい。アンジェいるのかい」

「えっ」

「アンジェ! 俺お腹すいたー!」

「作るから退いててってば! 邪魔!」

「可愛い俺に向かって邪魔とか言うなよ! 傷付くじゃん!」

「よ、よく、おわかりでしたね。流石ミランダ様です」

「んー、……いや、……ルーチェ」

「はい?」


 ミランダがルーチェの首に指で触れた。


「アンジェに言っときな。目立つから次から違うところにしろって」

「……。……。……あっ……」


 途端に、ルーチェの顔がぶわっと赤くなった。


「は、は、は、はいっ!」

「シーツは洗濯したんだろうね」

「あ、アン、アンジェ、ちゃんが、あの、はい!」

「戯れるのもいいけどね、魔法の練習もするんだよ」

「は、はは、はははは!」

「あ! ミランダ! アンジェが虐めるんだ!」

「アンジェ、今夜の飯はなんだい」


 ミランダが部屋から出ていくと、ルーチェは帽子とマントをポールに置き……すぐに首を手で隠した。


(……甘えてもらえたのが……嬉しくて……つい……お互い……やりすぎてしまった……かも……)

「(……まだルーチェといたい。……あ、今夜泊まっちゃ駄目かな)師匠、今夜、泊ま……」

「これ食ったら帰りな」

「チッ!!!! このクソ魔女ババア!!」

「あーーーん!?」

「あ、アンジェちゃん! どうどう!」


 キッチンではミランダとアンジェの睨み合い合戦が行われ、ルーチェが慌てて止めに走るのだった。





 二人だけの時間 END

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