ストレス解消法


 優秀な水の魔法使い、アンジェ・ワイズは今や注目の的の新人魔法使い。依頼で飛んでいけばテレビカメラを構えた記者が出迎えている。


「ワイズさん! 一言いいですか!」

「次の現場があるので」


 そう言って次の現場に行けば、


「ワイズさん! 月刊マジックブックの者です! インタビューよろしいですか!?」

「次の現場があるので!」


 次の現場に行けば、


「アンジェ! どうしよう! やりすぎて燃えちゃった!」

「アーニーの馬鹿!!」


 ストレスゲージがMIXMAX!!!!


「……。……。……。……。……」

「おー、よしよし」


 しがみつくようにルーチェを抱き締め、アンジェはじっとする。もうここからしばらく動かなくなる。ルーチェがそんな彼女の頭を優しく撫でる。


「大丈夫?」

「……ストレスで……まじで……おかしく……なりそう……」

(完璧主義者だもんなー。アンジェちゃん)

「まじで……ゆっくり……魔法が……使いたい……だけなのに……」


 ルーチェにしがみつく。


「まじ……無理……ぐすっ……!」

「おー、よしよし」

「ルーチェ、まじで、早く、デビューして、まじ、ほんとに、もう、耐えられない。アーニーとか、なんか、もう、まじで、色々……」

「大丈夫、大丈夫」

「うぐ……ううっ……!」

(まだ17歳だもんね)


 高校3年生の年か。


(そうだよねー。あたしと違ってアンジェちゃんは公立の学校行ってたんだもんね。いきなり芸能界デビューしちゃったもんだもんね。ミランダ様の弟子だったって広がってから注目の的だもんね。羨ましいけど……この様子は同情する。キャパオーバー中はね、悲しくなるよね)

「ぐすんっ! ぐすっ! ぐすん!!」

「おー、よしよし」


 相手が小さな子供のように頭をなでてあげる。


「大丈夫だよ」

「私っ、普通に、魔法、ぐすっ! 使いたい、だけなのに……!」

「うん。わ、わかってるから」

「ぐすんっ! ぐすんっ!」

「ねえ、ルーチェ、なんでアンジェ泣いてるの?」

「セーレム、今はあっち行っててくれる?」

「なんだよ。そうやって除け者にするの?」

「今、お、女の子だけの大事な時間なの」

「そんなの贔屓だ。俺にも優しくしてよ」


 ――アンジェがとうとうブチ切れた。


「どっか行って!! しつこいと猫刺身にぶった切るから!!」

「ひい! 覚えてやがれ! アンジェの馬鹿!」

「うぐぅうう! ひぐぅうう! ルーーーーチェーーーー!!」

「……場所変えよっか」


 アンジェを自分の寝室に連れていき、ベッドに座ったまま抱きしめ合い、再び頭を撫でる。


「アンジェちゃん。大丈夫だよ」

「ふぐぅ……! ひっく! ひっく!」

「うんうん。大丈夫、大丈夫」


 ミランダにやってもらってるように、優しく優しく撫で続ける。


「大丈夫、大丈夫」

「……、……っ。……、……」

(……落ち着いてきたかな?)


 時々、アンジェは突然会いに来ると思えば、ルーチェを抱きしめて全てをぶつけてくる。ぶつける相手がルーチェしかいないのだ。爆発できる相手もルーチェしかいないのだ。だって彼女は優秀な新人魔法使い。


 優秀すぎて、嫌われる。


「……大丈夫?」

「んっ……ぐすっ……」

「まだ時間あるから、いいよ?」

「んっ……っ……ぐすん……ひっく……」

「ティッシュいる?」


 ティッシュを差し出せばアンジェが手を伸ばし――ルーチェの手首を掴んだ。


(あっ)


 そのまま唇を触れ合った。


(……涙の味がする)


 瞼を上げると、涙目のアンジェがいる。頬には沢山の濡れた痕。


「……ぐすっ……」

「……ティッシュは?」

「……」


 アンジェがティッシュを受け取り、鼻水を拭き、……またルーチェを抱き締めた。


「……」

「……帰れそう?」


 アンジェが返事の代わりにルーチェの頬に唇をつけた。


「……送る?」


 アンジェが首を振った。


「……泊まる?」


 アンジェが少し迷い……ミランダがいることを思い出して首を振った。


「……何時までいる?」

「……夕食には……帰る……」

「……そっか。……じゃあ」


 ルーチェが優しく微笑む。


「それまで一緒にいよっか」

「……ん……」


 アンジェがルーチェの頬に再びキスをした。ちゅう。


「……ルーチェ、好き」

「……うん。あたしも……好きだよ」

「……もう少し、こうしてていい?」

「うん。いいよ。あた、あたしなんかで、よ、良ければ」

「……」


 アンジェがルーチェを抱きしめて離さない。だって落ち着くから。アンジェがルーチェの首元にキスをした。ルーチェの匂いを感じて落ち着くから。安心するから。ルーチェに包まれたら、酷く安堵するから。


「……まじアーニーは焼き入れる」

「ほ、ほどほどにね……」

「ルーチェは……アーニーに甘い」

「友達だもん」

「……」

「相方でしょ?」

「やだ。もう。……爆発しそう。まじで」

「よしよし」

「悪い子じゃないけどさぁ」

「よしよし」

「わかるよ。センスあるし、天才だよ。わかるけどさ!」

「おー、よしよし」

「ちょっとは周り見るべきだと思わない!?」

「うん。そうだね。た、大変だよね」

「そうなの! すごく大変なの!!」

「おー、よしよし」

「まじで、もう、まじでっ……!」

「そうだね。大変だよね」

「ぐすっ……! ぐすん!」

「……またキス、す、する?」

「……」


 アンジェがキスしてくる。今日何回目かな。こいつはかなりストレス溜まってるみたいだぞ。本当はもっと皆と仲良くしたいよね。イライラなんかしたくないよね。でも向上心高くて、理想が高くて、一生懸命で、それでもってかなりの不器用だからな。アンジェちゃん。


(あたしもだけど、不器用な人は早めデビューすると苦労するよね……)

「ふー。はー。……ふぅんっ……」

(……ちょっとはすっきりしてくれるといいけど)


 背中をなでなで。

 頭をなでなで。

 セーレムにするように。

 ミランダに自分がやってもらってるように。


「……お、お、お菓子、食べる?」

「……いい。このままくっついてたい」

(おー。ストレートだなぁ)

「ルーチェ、やだ?」

「(あ、その顔可愛い)ううん。大丈夫だよ」

「……じゃ……くっついてて」

「うん。いいよ」


 手のかかる妹みたいだね。アンジェちゃん。


(でも、そっか。アンジェちゃんはお姉ちゃんで、上に兄姉いないんだもんね)


 頼れる人がいないのって辛い。だからもっと優しく、もっと温かく、アンジェを大切に撫でていく。


「……アンジェちゃん、そろそろ」

「まだ」

「あはは」

「まだ無理」

「溜まってたんだね」

「……ん」

「まだミランダ様かえ、帰ってくるまでに時間あるから、……ゆっくりして」

「……うん。……ありがとう」


 耳に囁かれる。


「本当に大好き」

(……今日はちょっと時間かかりそうだな)


 仕方ないと思いつつ、アンジェといられる時間が嬉しいと思ってる自分もいて、ルーチェの温かい手がアンジェの頭を優しく撫で続けた。




 ストレス解消法 END

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