心の闇に一つの希望



「好きな人がねー、可愛いのー」


 甘ったるい声に、部下達が青い顔をした。


「なんかねー、ワンコみたいなのー」


 電話の相手が無言になった。


「まー、飼い主が違うので? ちょーーっと気遣われてるのが癪なんですけど、でもねーー? むふふー! すごーーーく、愛おしいのーーー!」

『……』

「会いに行ったら驚いて尻尾丸くするんだけどねー? その後はこう、ふりふりしてるみたいに笑顔になるから、それが、もうね、もう……可愛いのーーー!」

『じゅじゅ』

「はい」

『あた、授業中さ』

「オ・ララ。そうでしたか。……それでねー」

『授業中だっつってんだろ!』

「授業中ならこんなにお喋りできないでしょ。おチビちゃん、サボってるよね? 今」


 あ、切られた。人が話してる時に。あの子ったら。ジュリアがもう一度電話をかけた。繋がった。


『いい加減にしろ! おめっ!』

「サボってるなんていけない子ですね。勉強はきちんとしておきなさい」

『してるっちゃ! おめと通話してっから出来なか! んーちゃ! 惚気聞かせるなら切るがや!』

「おチビちゃん、食べ物に困ってない? 部下に送らせるけど」

『あ、や……ん……あ……大丈夫!』

「そう?」

『んちゃ!』

「ねえ、おチビちゃん、中学に上がってから全然仕送りさせてくれないけど、院にいるんだよね?」


 あ、切られた。再び電話をかけてみる。あ、出ない。彼女の入っているはずの孤児院にいるか魔力で確認してみる。だが、特定ができない。その付近の学校を確かめてみる。しかし、ジュリアは悟った。特定が出来ないように本人が魔力分子を薄めているのだ。これではジュリアですら捜し出せない。


(……厄介な子に育ったな……)


「隊長、そろそろ出る時間です」

「あー。……行きましょう」

(……仕送りの楽しみがなくなってしまった……)


 ジュリアがため息を吐いて立ち上がった。




(*'ω'*)





「ごめんね」

「……なして、じゅじゅが謝んの」

「おチビちゃんのパパとママを殺したから」

「じゅじゅが殺したわけでね。闇魔法の影響だべ。おっとさん言ってた。闇の魔力分子はなまらおっかなくて、人の精神を溶かすんだって。おっとさんの研究は間違ってね。現に、じゅじゅと一年一緒に住めた」

「……でも……やっぱり、……一緒にはいられないね」

「じゅじゅが気にすることね」

「私の魔力さえなければ兄さんと義姉さんが死ぬことはなかった。おチビちゃんのことも引き取ることができた。それでも私はね、おチビちゃん。死ぬほど悲しいのに死ぬほど嬉しいんですよ。人の生死すら操れる闇魔法ほど魅力的な魔法はない。それがわかって、心がざわついている。こんな素晴らしい力を持てて私は幸福に思ってる」

「うん。闇魔法さ使えるなんてすげことよ。おっとさんも言ってた。おっかさんも闇魔法が好きだった。あたも好き。だから……絶対じゅじゅのせいでね。何も気にすることね」

「……」

「じゅじゅ」


 小さな手が手の上に重なってきた。


「泣ぐな。その力は、絶対に手放しぢゃいげね」


 それでも涙が止まらない。


「あたが解放する」


 まだまだ小さな姪が強く言った。


「あたが、新しい闇魔法さ研究する。今、みんなが使てるものより、ずっと、すげくて、綺麗な、どす黒い、やべーやつ」


 分子の計算さえ合えばいいのだ。それが死に等しいほど難しいだけ。


「じゅじゅ、あたは死なない。絶対死なない。じゅじゅを解放するまで、あたは絶対生き残る」


 唯一残った血縁者。


「だから泣かないで。じゅじゅ」


 強く抱きしめれば、小さな手が背中を撫でた。


「あたが、絶対解放するべさ」


 闇を認めてくれる姪っ子に涙を流す。傍に居てあげたい。でもそれが出来ない。悲しい。哀しい。両親が死に、兄夫婦が死に、残されたのは小さな女の子。なんて素晴らしいのだろう。闇の魔力。ここまで人を不幸にするなんて。魅力的だ。なんてことだ。なんて酷い魔法だ。なんて素晴らしい魔法だ。精神が溶ける。わからなくなってくる。それでも、


「大丈夫。じゅじゅ。絶対あたが何とかするから」


 強く抱きしめて、その体を潰す。




(*'ω'*)




(わーい。明日はお休みだー。昼間は小説書いて過ごそー……あれ)


 ルーチェの足が止まった。


「……こんばんは」

「ボンソワール。間抜けちゃん」


 その手を取って甲にキスをする。


「今から帰り?」

「あ、はい。……駅までい、一緒に行きますか?」

「……泊まれませんか?」

「……あー……、……着替え、持ってきてないし……」

「使ってない下着があるから大丈夫。ミランダには連絡するので、一晩だけでも」

(小説書きたかったんだけどな……)

「うちのパソコンで小説書いてもいいですよ」

「行きます」

「わーい。ありがとうございますー!」


 ジュリアがルーチェを抱きしめた。そして……そのまま、動きを止める。その違和感になんとなく、ルーチェが気がついた。


「……ジュリアさん?」

「……」

「……何か、……あったんですか?」

「……ほんの少し、心細くなったんです。夜は、ほら、闇が濃くて……嫌なことも思い出しますから」

「……」

「一緒にいてくれると嬉しいな」


 ジュリアがルーチェの頬にキスをする。


「一晩だけでいいから」

「……まあ、そこは……あの……、……恋人、なので……」


 そっと体を抱きしめ返され、ジュリアがぴたりと泊まる。


「あたしで、あの、良ければ……お側にいます」

(……大好き。私のルーチェ……)


 ジュリアが微笑み、胸に抱いた恋人の温もりを堪能する。


 父親譲りの脳を持つ姪っ子が、いつか素晴らしい分子計算の成功をするその時まで。


(……ミルフィユベルン、頼みますよ)


 ジュリアはしっかりと愛する人を抱き締めた。






 心の闇に一つの希望 END

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