じゅじゅって可愛い名前だこと
「オ・ララ、お電話なんて珍しい」
リビングで話すジュリアを、キッチンにいたルーチェが見た。
「久しぶりですね。おチビちゃん。今どこにいるの?」
(……ああ、姪っ子さんか……)
「可愛い可愛いおチビちゃん。じゅじゅの話を聞いてた? 私、訊いてますよね? 今、どこで、寝泊まりしてるの? 今、どこで、電話してるの?」
(じゅじゅ?)
「え? USBのパスワード? あっははは! 教えてほしい? 別にいいですよ。でも交換条件。今どこにいるか教えてくれさえすれば……」
ジュリアがスマートフォンを耳から離した。
「ったく。どこで何してるんだか。あのおチビちゃんは」
「……あの、に、に、煮物……出来たんですけど……」
「オ・ララ! メルシー! 間抜けちゃん!」
「あの……」
「ん?」
ジュリアが愛しい目でルーチェを見つめた。
「なんですか?」
――……。
「……先に、お風呂入りますか?」
「え? でもご飯出来たんですよね? 作りたてが食べたいので、ご飯を先に食べます!」
「あ、実はあ、あの、まだ、サラダが、用意、できてな、ないので、お風呂にし、して……ほしいです……」
「あら、そうだったんですね。わかりました。うふふ。すごく楽しみ。ありがとう。ルーチェ」
(わっ)
ジュリアがルーチェの頬にキスをしてから洗面所へと向かった。ルーチェがその背中を見送り、もう一度キッチンに立ち――思った。
(じゅじゅ)
ジュリアさんだから、じゅじゅ?
(姪っ子さんがそう呼んでるのかな?)
そういえば、ジュリアさんも変なあだ名つけたがるよな。間抜ちゃんとか、おチビちゃんとか。
(じゅじゅか……)
ジュリアがルーチェに対して、恋人になってくださいと、その前に結婚してくださいと、いや、やっぱり魔法調査隊本部に拉致して誰にも見つからないところに閉じ込めますと、かなりしつこいので仕方なくやっている恋人お試し期間(絶賛延長中)の真っ只中、ルーチェはとんでもない考えをひらめいてしまった。
(あだ名って、恋人っぽくね!?)
なんかそれっぽいことしたら、案外満足して飽きが来て、恋人お試し期間が過ぎてもいい思い出でしたーばいばい間抜けちゃーん。で円満に終わるかもしれない!
(ミランダ様! あたし、すごくいい発想をひらめいてしまいました!)
「っ」
「ん? どうした? ミランダ」
「なんだか……寒気がしてね。……あいつ、また誘拐されてないだろうね?」
(恋人お試し期間中、あだ名で呼び合う! すごく良いひらめきだ! よーし、ジュリアさんのあだ名考えようっと)
サラダを盛り付けていく。
(ジュリアっち。ジュリジュリ。ジュリアちゃん。ジュリアンヌ。ぷぷっ! というか、ジュリアさんって案外あだ名で呼ばれるの苦手だったりして。あ、あるよなー。小説とかだと、そういうギャップのあるキャラ)
「はあ。綺麗さっぱり。心もさっぱり。あら、良い匂い。わお。これはトレビアン。可愛い盛り付け。プチトマトの色合いが最高です」
(逆にあだ名で呼んだら「え、そういうの重いので嫌です」ってなって円満に恋人お試し期間終了になるかも。あ、あたし、やっぱりすごくいいひらめきをしてしまっ)
「ルーチェ……♡」
「ふわっ!?」
全く気配に気づいてなかったルーチェがぎょっと飛び跳ねると、後ろから彼女を抱きしめたジュリアがケタケタ笑い出した。
「あはははは! また気づかなかった!」
「じゅ、ジュリアさん、あ、びっくり、し、しました……」
「ふふふっ! 間抜けちゃんったら集中したら一直線なんですから。……ぷっふふふ!」
「……」
良い匂いのする温かい腕に大切に抱きしめられたら、頭の中に思い浮かんでいた悪戯が一気に消えてしまった。ジュリアが離れない。ルーチェは思わず俯いてしまう。
こういう時、どういう反応が正しいのか、わからない。
「……えっと、あの……」
「ん?」
「お風呂、あの、はい、はい、入られ……た、ばー……かり、なので……」
「ええ。そうですね」
「……あの、あたし、まだ、入ってないので、汚い、ので……」
「構いません」
「いや、あはは。あの、……バイト、帰りですし、あの、汗も、いっぱいかいたので……」
「構いません」
「……ご、ご飯に、し、しましょう?」
振り返ると、ジュリアの紫色の瞳と目が合う。笑顔のジュリアが近づき、ルーチェが顔をそらした。
「間抜けちゃん」
「えっと」
「恋人お試し期間中は、私達、恋人ですよ?」
「……」
ジュリアが首を傾げ、そっと近づくと、ルーチェと唇を重ね合わせた。ルーチェが瞼を閉じ、眉を八の字に下げ、どうしていいかわからずその場に立ち尽くすことになる。ジュリアが離れて、そんな困った顔のルーチェの表情を見て、またクスッと笑った。
「ご飯にしましょうか」
「……は、い……」
(ああ、この顔、誰にも見せたくない。私だけのものにしたい。また誘拐してどこかに閉じ込めてしまいたい)
(いけない、いけない……。あたしには、円満お別れという使命が……)
ルーチェがテーブルに料理を並べると、ジュリアは子供のように目をキラキラさせて、喜んで美味しいと言いながら食べてくれる。しかし、ルーチェは思っていた。
(ジュリアさんは、あたしに甘いからなあ……)
この間もミランダから醤油を入れすぎだと注意を受けたばかりだ。料理の腕磨きはまだまだ極める必要がありそうだ。
(「私、料理が下手な子は駄目なんです」「あ、じゃあお試し期間終わりですね。良い思い出をありがとうございました」「こちらこそ!」ちゃんちゃん。あ、それも良い道だな。今度、あえて濃い目で作ってみようかな……)
(人の作る料理ってとっても美味しい。特にルーチェが私のために作ってくれたご飯はいつでも愛情がこもってて美味しい。もう、大好き。愛してる)
(テレビのお陰で空気が和んできた。今なら言える気がする)
(あ、ルーチェが何か言いたげなおめめで私を見ている。おそらく、こう来るだろう。「ジュリアさん」)
「ジュリアさん」
「はい。なんでしょう?」
「あだ名、を、つ、作り……ませんか」
ジュリアがきょとんとした。
「こ、恋人、お試し、期間ですから、こ、恋人っぽい、あ、あだ名、っていうか、呼び名、というか……」
「……あー。ハニー、ダーリン的な?」
「は、はい!」
「なるほど」
「はい!」
「で?」
「はい?」
「なんて呼べばいいんですか?」
「……」
あたしは首を傾げた。
「間抜けちゃん?」
「ぶふっ! あはっ! あははははは! それだと、いつもと変わらないじゃないですか!」
「……」
「ひひひっ! はあ。ごめんなさいね! ふひひ! はあ。……ふふっ。間抜ちゃんは間抜けちゃんのままでいいですか? 私もそっちの方が、たしかに呼びやすいですもの。ふふふ!」
(……あたしもそれしか思いつかない。変に、るーちゃんとか呼ばれても、寒気しかしないし……)
「じゃあ、間抜ちゃんは、私をなんて呼んでくれるんですか?」
「じゅ……」
じゅじゅ。
「……」
「ん?」
「……あの、じゅ……」
「はい」
「……じゅじゅって、……姪っ子さんが、呼んでるんですか?」
「え?」
「さっき、あの、……仰っててて、たので……」
「……あー。……なんかね、ジュリアって呼びづらいんですって」
ジュリアがプチトマトを食べた。
「お喋り拙い時からじゅじゅって呼ばれてて、今でもずっとその呼び方です」
「……そうなんですね」
「……だから急にあだ名なんて作りたくなったんですか?」
「……違います」
「気になっちゃいました?」
「気になってません」
「……そうですか」
ルーチェが目をそらした。ジュリアはそんなルーチェを見つめる。
(……違うもん。気になってないもん。飽きさせて、円満にお別れするために、ひらめいただけだもん……)
(ああ、黙っちゃった。……可愛いなあ。この子……)
「……」
「あ、そうだ。食後のデザートいかがですか? アイスがあるんです」
「……いただいて、いいんですか?」
「どうぞ」
「……ありがとう、ございます……」
(ああ、キスしたい)
(話題、止まっちゃった。……なんか、もう、いいや。面倒くさい……)
ルーチェが煮物を頬張り、全てを忘れるように飲み込んだ。
一日が終わる頃にジュリアのベッドに寝転がる。ジュリアも隣に寝転がり、ルーチェを抱きしめ、額にキスをする。
(わっ)
「ボンヌ・ニュイ。ルーチェ」
「……おやすみ、なさい……」
ルーチェが瞼を閉じる。柔らかい胸が押し付けられ、ジュリアの手が腰を引き、自然と抱き寄せられる。温かい。そして、優しい手。時々背中を撫でてくれる。ルーチェが深呼吸した。
(良い匂いがする……。ミランダ様とは……また違う匂い……)
(はぁはぁ! ルーチェの温もり! くんかくんか! ルーチェの匂い! ああ、なんて甘い匂いなんでしょう! はああああ……。エッチしたい……セックスしたい……魔力の触れ合わせでいいからさせてくれないかなあああ? 駄目かなああああ? 上手いことなんか言って誘えないかなあああ? 可愛いルーチェが見たい!!! 私だけのものにしたい!!! この子をお嫁さんにしてしまいたい!!! 婚姻届は確かタンスの二段目に……)
「……あの……」
「(おっとぉおおおおお!!!??? チャンス到来かもしれない!!!!)……どうしましたか? ルーチェ」
ジュリアの下心満載の優しい手がルーチェの頭を撫でた。しかし、そうとは知らないルーチェはその感触にうっとりしてしまう。
(あ……手、優しい……)
「眠れないの?(ハァハァハァハァまだ我慢まだ我慢理性頑張れハァハァハァハァ)」
「……あだ名、いや……でした?」
「……いいえ?」
ジュリアがルーチェを見つめながら、微笑んだ。
「どんな呼び方でも、君に呼んでもらえるだけで、とても嬉しいもの」
「……その、……じゅじゅって、呼び方が、あ、あの、な、な、なんか……かわいいなって、思っ、て……」
「じゃあ、呼んでみます?」
「えっ」
「じゅじゅ、って、呼んでみてください」
「……や」
ルーチェが首を振った。
「出来ません」
「ふふっ。何も、ずっとそう呼べなんて言いません。今、ちょこっとだけ、呼んでみてもらえませんか?」
「あの、ちょ、ちょっとした、冗談だったんです。す、す、すみません……」
「じゃあ、これもちょっとした冗談。恋人の戯れです。夜のテンションってやつです」
「……」
「じゅじゅって、呼んでみてください。ルーチェ」
「……えっと……あの、じゃあ……じゅ……」
動く唇から、ジュリアは目を外さない。
「じゅ、じゅ……」
――唇が塞がれた。ルーチェが驚き、唖然とし、しかし、止まらず、ジュリアが上に被さってきた。唇が離れても、また塞がれる。キスの雨が降ってくる。
(わ、わ……)
(ルーチェ)
指を絡ませる。
(私のルーチェ)
手首を捕まえる。
(やっぱり、離したくない)
(わ、うわ、キス、うわ……わ……)
(……やっぱり……)
目がとろけたルーチェを見つめる。
(あのまま、閉じ込めておくべきだった)
「……ジュリア、さん……?」
(朝なんか来なければいい。二人きりの時間のまま、止まってしまえばいい)
「んむ」
(私のルーチェ。ずっとこのまま繋がっていたい。ずっと側にいたい。抱きしめあっていたい。離したくない)
「んちゅ、ん、んむ……んっ……」
(ああ、ルーチェ……)
手が、ルーチェのパジャマのボタンに泳ぐ。
(触りたい)
指がボタンに触れる。
(直接、君の肌に)
第一ボタンが外れた。
(触れたい)
「すやぁ」
「……」
ジュリアの目が点になった。さっきまでとろけていたルーチェが眠っていた。
「すやぁあ」
「……あれ、ルーチェ、あれ?」
「すううう……」
「あ、まさか、あっ……」
キスしたと同時に、闇の魔力で体内に入って――気絶した?
「っ」
ジュリアが壁を叩いた。
「私としたことがぁあああああああ!!!!」
「すう……すう……」
「畜生! もうちょっとで! 間抜けちゃんの! あんなところやこんなところうぉ! 触れたかもしれないのに!」
「ふう……はあ……」
「私と……したことがぁああ……!! くそぅおおおおお……!!」
「……ア……さん……」
「ホワッツ?」
「ジュリア……さん……」
ルーチェが呟いた。
「喧嘩は……やめ……ください……。ミランダ様……」
「……ああ、もう……」
もう一度、彼女の額にキスをする。
「そんな顔されたら、好き勝手出来ないじゃないですか」
大人しくベッドに潜り、手は出さず、ただ、ルーチェを抱きしめる。
「
優しい腕に抱かれるルーチェの表情は、安心しきったものだった。
「えっと、一応、きょ、今日で、恋人お試し期間が終了日なんですけれども」
「延長で」
「あのっ」
「お願いします。頭下げます。お願いします」
「ひい! ど、土下座は、やめてください! 頭を上げてください!」
「嫌です! 延長してくれるまで、頭を上げません!」
「え、あ、う、うーん……」
結果報告を聞いたミランダがため息を吐いた。
「何度目の延長だい」
「土下座されてしまって……」
「いいよ。放っておけば良いんだよ。あんな女の土下座なんて」
「そういうわけにもいかなくて……」
「いつになったら終わるんだい」
「あたしにも……わかりません……」
「「はあ……」」
ルーチェとミランダがため息を吐く頃、つやつやのお肌でジュリアが書類仕事を上機嫌で片付けているのであった。
じゅじゅって可愛い名前だこと END
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