授業中5


「失礼しまーす」


 あたしは書斎の中に入った。先生があたしを確認し、視線をデスクに戻した。


「こんにちは。ミランダ先生」

「ああ。こんにちは。ミルフィー」

「皆から課題を回収してきたので、お渡しに来ましたです」

「そいつはご苦労様」


 ミランダ様のデスクに課題を置くと、気がついた。


「あれ、先生ってお弁当作ってるんすね。コンビニのお弁当食べてるイメージでありんした」

「ああ。忘れてたのを弟子が持ってきてくれてね」

「え? お弟子さん来てたんすか?」

「……ああ。来てたよ?」

「えっ!! いたんすか!?」


 あたしは振り返った。しかしお弟子さんはいない。あーー。もうちょっと早く来てればよかった! うわー。一目見てたらクラスで人気者になれたのに! ちぇっ!


「なんだい。そんなにあいつに会いたかったのかい? だったらクラスを上げるんだね。そしたら簡単に会えるから」

「ミランダ先生、あたし達が落ちこぼれ居残りクラスなのをわかって言ってます?」

「何卑屈になってんだい。全部やる気の問題だよ。お前達は必死になって本気出してないだけさ。いつも言ってるだろ。昨晩は何時に寝たんだい? 魔法の練習はどのくらいしたんだい? 練習してるのであれば見せれるね。ミルフィー」

「赤パジャマ青パジャマ黄パジャマ」

「不明瞭。滑舌練習やるならしっかり丁寧にやりな。母音からやり直しておいで」

(きびしー……)

「自分で出来ないなら叔母に頼みな」

「自分でやりんす」

「よろしい」


 さ、用も終わったし、あたしも教室に戻ろう。そう思って振り返った瞬間、とあるものが目に入った。


「あれ、ミランダ先生、お休みだったんすか?」

「ん?」

「タオルケットかけっぱなしっすよ。畳みますね」

「……あいつ片付け忘れたのかい」


 先生がソファーに振り返った。


「悪いね。ミルフィー。寝てたのは弟子だよ」

「え、お弟子さん、寝てたんすか?」

「それはもう、職員会議から私がここに戻ってくるまでぐっすりと」

「……お弟子さんって……あの……図太いっすよね……」

「ミルフィー。はっきり言っていいよ。無神経だってね」

「い、いえ! 個性的でとても良いと思います!」

「ああ。お陰で暇しないよ。帰ったらみっちり説教しないとね」

(お弟子さん、ご愁傷様っす)


 先生が煙管を吸いながら指を動かすと、赤ペンのインクが飛んでいき、課題のプリントに採点がされていく。


「ただね、ミルフィー、そうだね、お前ならどうする? 自分の書斎に自分の身内が寝ていたら。それもこの学校の生徒で、書斎を使わせるなんてことはしちゃいけない相手だよ」

「でも、お弟子さんと先生の関係は学校側から公認されてるんすよね? なら別に良くないっすか?」

「駄目だよ。公私混同は許されない。そこは教師と生徒としてきっちりしないとね」

「(まあ、そうか)であれば、まあ、起こすんじゃないんすか? 普通に」

「しかし、弟子は昨晩魔法磨きに夢中になってて、それはそれはすごく楽しそうでね、夜ふかししていたのは知ってるんだよ。お陰で朝は寝坊してた。そんな奴が、そうだね。ミルフィー、お前のペットの……犬が、もしも昨晩楽しそうに過ごしていて、自分の書斎ですごく気持ちよさそうに眠っていたら、お前どうする?」

「んー、わんちゃんなら寝かせて……」

「職場だよ?」

「……や、ペットなら」

「これも付け足そう。……お前が食べる弁当をわざわざ持ってきたのか、手元にある」

「あー……んー……」

「どうする?」

「おこ……いや、……うーん、……そうっすねー……」


 タオルケットに温もりが残ってる。


「起こすかしばらく迷いますね……。あたしなら、そうっすね、15分待ちますかね」

「ああ。私も同じ意見だよ。ただね、その間に誰かに見られたら簡単に公私混同する講師だと思われる。信用問題にも関わるから良くないね。そのタオルケットはね、人間一人を頭から足の爪先まで隠すために使ったものなんだよ」

「(つまり、バレないように被せたってことか)結局起きたんすか? 起こされたんすか?」

「ああ、起こしたんだけどねえ、あいつがとんだ寝坊助なもんだから全然起きなくてねえ」


 先生がにやりとした。


「仕方ないから、叩き起こしてやったよ」

「へ、へへ……(絶対この人の授業で寝ないようにしよう……)」

「それはそうとね、さて、ミルフィー、採点をつけたからついでに持っていきな」

「わー、はえー! すげー! ありがとうござんす!」


 あたしは自分の点数を見た。ちょっと上がってたのを見て、ガッツポーズした。







「……ねえ、ルーチェ、腰なんか押さえてどうしたの? 大丈夫?」

「っ、き、筋肉痛で!」

「あー、わかる。たまに痛くなるよねぇ」

「あははは! ……ははは……。……はぁ……(……寝ちゃったあたしも悪いけど、しながら起こすなんて何考えてんだよ、あのババア。……そういうところも好きです……。……今夜はケチャップハンバーグにしてあげよう。……ぽっ♡)」


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