好きが大きくなっていく



 ふと、ルーチェが呟いた。


「きれぇー」

(ん?)

「ね、クレイジー君、見て」


 それは、魔法使いによるカラフルライト魔法を使ったイベント会場の写真であった。呟きアプリにフォロワーが載せていたらしい。


「闇魔法で真っ暗にして、光魔法で色変えてるんだって」

「展示会?」

「うん。こういう演出して、展示会やって、る、る、やってるらしい」

「ふーん」

「学生割引ある。わぁ。ミランダ様誘ってみようかなぁ」

(え? なんでミランダちゃん?)


 クレイジーが手をヒラヒラと揺らす。


(彼ぴっぴがここにいるっぴよー。こういうのはデートに使うもんだっぴー。ねー。彼女っぴー。気付いてるぅー?)

「ミランダ様もこういう変わったものお探しだから、お、お、お喜びになると思うんだよね」

「……先に下見しとけばー?」

「下見? んー。……下見かー」

「俺っちと行く?」

「え!?」


 ルーチェがかなり驚いた顔でクレイジーを見た。


「行ってくれるの!?」

「ねー。俺っちなんだと思われてんの?」

「……セーチーの、治療費……大丈夫?」

(……あ、そういうこと?)


 クレイジーがニコリと笑う。どうやら彼女っぴに余計な心配をさせていたようだ。畜生。想われてんなー。兄ちゃん。嫉妬するよ。


「そこんとこはもう大丈夫。他の兄ちゃん達も働いてるから」

「……そう?」

「うん! 心配ないよ!」

「……じゃあ、あの……」


 ルーチェが薄く微笑み、首を傾げた。


「明日……あの、土曜日だから……、行かない?」


 ――っしゃぁああああああ!!!


 教室に戻ってから拳を握る。


(明日! ルーチェとデート!!)


「この時に必要な薬草名がわかる者はいるかね? ……ふーむ。今日は13日だから……クレバー」

「ワララ草です」

「ふむ。正解」

(うし。デート。ルーチェとデート。……今夜辺りチャットでもう一回言っとくか。言いだしっぺは忘れっぽいからなー。ぬふふー!)


 ルーチェ本人が言ってた。


 もし約束とか取り付ける時は念の為チャットで連絡くれたら嬉しいな。あたし、すぐ忘れちゃうから。


(バイト代貯めといてよかったー。まじタイミング神)


 しかしタイミングの神様は当日クレイジーを裏切った。


(ふざけんなよ。まじで……)


 ルーチェにチャットする。電車遅延でちょっと遅れる。まじごめん。


(大丈夫だよー。ゆっくりおいでー。怪我しないでねー)


 ルーチェがのんびりとチャットに返信する。今のうちに展示会のホームページ見ておこう。


(学割利いてるなんて親切だよなー。今日は一旦下見のつもりで行って、良かったらミランダ様誘ってみよう)


 クレイジー君、無理だと思って誘わなかったけど。


(結果オーライかな。へへっ)

(……とは言え、来るまで暇だな……)

(……小説書こう……)

(あ、ダウンロードしたアプリやってなかった)

(……小説書こう……)

(……。……。……)

「あ、久しぶりー」

(ん? クレイジー君?)


 ルーチェが顔を上げると、知らない男と目があった。すぐに目を逸らすが、男がルーチェの隣に立った。


「ね、久しぶり」

「……? どなたですか?」

「えー。夢の中で会ったじゃん」

「……は?」

「ここで何やってんの?」

「……あ、え? ん……友達、まっ、てます」

「まじ? 俺も待ってんの。ちょっとそこで一緒にランチしない?」

「(うわ、ナンパだ。わー、こういうの慣れてないんだよな……)あ、待ってるので。すいません」

「ちょっとだけ! ね! ちょっとだけだから!」

「いや、わかんなくなるので。動いたら」

「え、いくつ?」

「……25です」

「えー! 見えなー! 18くらいに見えるー! つか、絶対嘘でしょ!」

「……じゃ、そ、そ、そーゆーことで……」

「ちょっとだけ行こうよ!」

(え、なんで? この人しつこいんだけど……)

「てか、パルフェクトに似てるって言われない?」

「いや……(え、ちょっと待って。まじで怖くなってきた……)」

「ね、ちょっとだけだから! ぶっちゃけ君タイプなんだよね!」

「い、いや、あの……」


 肩を抱えられ、ルーチェが完全に硬直した。耳に囁かれる。


「ね、俺とイイことしよーよ……」


 ぞわっと鳥肌が立つと――腕がすごい勢いで離れた。


「いだだだっ!」

「ルーチェっぴ、ごめーん。遅れたっぴー!」

(あ……クレイジー君……!)

「お兄さんだーれ? 俺っちの彼女っぴに何の用だっぴー?」

「このクソガキ! 何しやが……」


 男が杖を構え、クレイジーも杖を構えると、相手も魔法使いであると認識した男が、悪態をつきながらそそくさと情けない背中を見せて去っていった。ルーチェが青い顔でクレイジーを見上げる。


「……大丈夫?」

「だ……だ……大丈夫」

(……大丈夫じゃないのね)


 両手とも震えてる。クレイジーが両手を伸ばし、優しく震える左右の手を握りしめ、ルーチェを見つめた。


「ごめんね」

「……だい、だ、大丈夫。びっくり、しただけ」

「しつこかった?」

「結構……」

「(あの野郎……)わーん! ルーチェっぴ! 待たせてごめんだっぴー! 美味しいもの奢るっぴよー!」

「だ、大丈夫、や、安いの、あ、ハンバーガー、食べたいの。から、えっと、……行こ?」

「……大丈夫?」


 真剣な目がルーチェの視界に映る。


「帰る?」

「……ううん。行きたい」

「……ちょい、次から早めに出るわ」

「電車は、し、し、仕方ないよ」

(……飛行魔法、練習しとこ……)

「……あの、それじゃあ……」


 ルーチェがクレイジーの手を自ら握った。その瞬間、クレイジーの胸と股間にずぎゅん!! と衝撃が走る。


「……行こ」

「んー。行こー(手柔らかー小さー好きーえっちしたーい)」


 学生には安くて有り難いファーストフード店に入り、列を並びながらスマートフォンでメニューを見る。


「クレイジー君、どれにする?」

「俺っちこれー。ルーチェっぴは?」

「あ、まとめてた、た、頼むからいいよ。メモするね」

「俺っち頼むからメモ見せて」

「あ、うん。じゃあ、これお金……」

「あ、あとから貰うー」

「あ、うん。わかった」


 クレイジーがメモを見ながら注文し、合計の会計が出る。クレイジーがまとめて払い、ルーチェがトレイを二人席に持っていく。クレイジーが座った時にお金を差し出す。


「えっと、細かいのないからお札になるんだけど」

「いらなーい」

「え?」

「いらない」

「……や、お金は」

「実家だし、バイトしてるし、大丈夫」

「……あたしもミ、ミ、ミーランダ様に生活費出してもらってるから……」

「いらなーい」

「……」

「ポテトお食べ」

「あ、う……」

「あーんして」

「……じゃあ、あの……次出かける時は出すから」

「うん。そういうことにしよー(次も俺が出すけどね)」

「……ありがとう」

(……バイト頑張ろ)


 二人でランチをし、展示会へと出向く。入場代は学割で500ワドル。それでプロの魔法使いの魔法が見られるなら、行かない手はない。


(わあ……!)


 闇魔法で真っ暗にされた空間に現れるカラフルな光。赤だったり、青だったり、黄色だったり、紫だったり。光があちらこちらに動き回る。家族連れが多い。子供が笑いながら会場を走る。反射されて展示物が味を出す。数人の魔法使いが代わる代わる杖を振り、様々な光を起こす。


(すごいな……)


 ミランダ様なら、もっとすごくて、綺麗な魔法を使うんだろうな。


「ルーチェっぴ、座ろ」

「あ、うん」


 クッション付きのベンチに座り、走り回る光の景色を二人で眺める。


(なんかここずっといれそう……)

「……下見はどう?」

「……いや、もう、すごい、ここ……」

「うん。まじ超綺麗」

「なんか、すぐ帰りたくなるかなって思ったけど、でも、案外いれそうだから、……ミランダ様も、誘ってみる」

「そうだね。こんだけ綺麗ならミランダちゃんも喜ぶかもね」

「ミランダ『様』だから」

「はいはい。ミランダちゃんね」

「ミランダ様!」

「ぐひひひ!」

「もう!」


 些細な会話もくすぐったくなる。クレイジーはまさに今自分はクレイジー野郎だと思った。ルーチェと会話してるのが嬉しくてたまらない。繋がれた手が温かい。クレイジーが光を見つめる。ルーチェも光に夢中になる。


「……こ、こ、これ、期間限定なんだって」

「ふーん」

「勿体ないね。こんなに綺麗なのに」

「そりゃ、毎日こんなことやってたら魔法使いだって疲れるよなぁ」

「夢壊すようなこと言わないでよ」

「俺っち、現実主義者だからさ」

「イベント終わる前に、ミランダ様連れてこないと。これはぜひ見てほしい」

「ルーチェっぴはまじでミランダちゃん大好きだよなー」

「大好きに決まってる。一番憧れてる人だもん」

「この展示会も好き?」

「うん。これ好き」

「さっき食べたポテト好き?」

「ポテト? あ、うん。美味しいよね。ん、好き」

「じゃ……俺っちはぁー?」


 ――ルーチェが横を向いた。クレイジーが笑みを浮かべながらルーチェを見つめてる。


「ふふっ! 俺っちのことは好き?」


 ……どうなんだろう。


 正直、まだルーチェ自身、クレイジーのことを好きかどうかわかっていない。ただ、関わった頃よりは、もっとクレイジーのことを知りたいとは思っている。興味は確実に彼に向いている。


(でも)


 それを言ったら、今の関係が終わったりしないだろうか。


(クレイジー君は、なんとなく、……あたしが興味を向いてないからこそ、振り向かせようとしているようにも感じられる)


 いつもニコニコしてるし、軽いし、ゆるいし、


(……でも……今日は……)


「……んー……」


 でも、好きな動画投稿者さんも言ってた。言いたい言葉を言って終わってしまう関係なら、その程度なのだと。だから、どの程度なのか確認するためにも、この言葉を彼に伝えよう。


「そうだね」


 ルーチェが微笑んだ。


「付き合った日よりは、気持ちは大きくなってると思う」


 ――クレイジーがぱちぱちと瞬きした。


「まだ……わかんないけど、でも、ク、ク、クレイジー君といると落ち着くし、勉強も見てもらえるし、その、……今日のは……あの、まーちあわせの時の、あれは……か、……かっこよかった」


 クレイジーが唾を飲んだ。


「だから、そうだね。……すー、好きに、なってるのかな」

「……」

「あ、でも、あの、あたし、こんなだから、あの、本当、別れたくなったり、なったら、言ってね。いつでも、友達に戻る準備は、しーてるか……」


(わ)


 クレイジーがルーチェの肩に頭を乗せ、手はルーチェの腰を掴み、抱きつくように密着した。思わずルーチェが俯く。手が重なり合う。距離が近くなる。つい周りの目が気になる。カップルも多い。みんなイチャイチャしてる。でも家族連れも多いし、あまり良くないように感じる。それでもクレイジーは離れない。ルーチェも思ってる。少しだけでいいから、このままでいたい。実に不思議な感覚だ。まるでミランダに抱きしめられているような感覚に似ている。


(……急にどうしたんだろ。クレイジー君。なんか、黙っちゃったし。……あ、今気付いた。この子、香水つけてるぞ。何これ。いい匂い。……あったかいな。……わ。あそこのカップルキスしてる。見ないようにしよう。……ていうか、クレイジー君ってキスしたいとか、セックスしたいとか、そういうこと思わないのかな。なんか、そういう話全然出てこないから、まだ恋人って感覚が掴めないというか……)


 ――やばい。ガチで嬉しい。


(つーか、今の流れでキスすれば良かった……。完全にやらかした。……ルーチェ、あったけぇー。やわらかー。キスしたーい。えっちしたーい)

(なんで黙ってるんだろ。なんか言ったほうがいいのかな)

(まじで好き。ガチで好き。本気で好き)

(なんか犬みたい。すりすりしてくる)

(あったかい)

(落ち着く)


 ――ふと、二人の目が合った。クレイジーの手が伸びた。ルーチェの頭を優しく撫でる。


「ん。別れたくなったら別れよーね」

「……うん」


 ルーチェが少しだけしゅんとする。いつかきっとその時がくるような気がして。しかし、クレイジーの手は止まらずルーチェを撫でている。


「でもまだ別れたいとか思ってないから」

「……そうなの?」

「そーだよ。俺っち、ルーチェっぴ大好きだもん」

「……そうなの?」

「え? 好きだよ?(あれ?)」

「あ、そうなんだ」

「え?」

「あ、いや、そうなんだと思って」

「……あれー? 伝わってなかった? 俺っち、全力でルーチェっぴに愛を届けてると思ってたんだけどなー」

「じゃあ、あの、聞いてもいい?」

「ん?」

「あのー……」

「ん? なーに?」

「……キスとか、も、したいと思う?」


 クレイジーが笑顔のまま手の力を込めた。ルーチェがその顔を見てはっとした。変な女だと思われたかも!


「あ、ご、ご、ごめん。別に、た、大したことじゃないんだけど」

「あ、いや」

「ごめん。なんでも、ない」

「いや、うん」

「ごめん」

「……なーに? キスしていいならするよ? んっ!」

「わっ!」


 クレイジーに頭にキスされ、ルーチェが思わず驚きの声をあげ、すぐに口を両手で押さえた。クレイジーの笑い声が耳元で聞こえる。


「あーあ、ルーチェっぴったら、まだまだお子様だっぴなー。そんなんじゃ大人のキスなんて出来ないっぴよー」

「……ちが、あの、……男の子にキスされるのとか、あの、慣れてないから……(お姉ちゃんになら何度もされてるけど)」

「……」

「ごめん、びっくりして」

「……」


 クレイジーが黙ったままルーチェの手を取り、その甲にキスをした。ルーチェの指がぴくりと揺れ、クレイジーがルーチェを見つめ、ルーチェも緑の瞳を見つめる。


「キスしていいなら、するけど」


 顔が近づいていく。


「いいの?」


 ルーチェの口が動かなくなる。クレイジーが近付いてくる。手が重なり合う。ルーチェが黙る。クレイジーが近付いた。闇の中で吐息を感じる。


 ――唇が軽く触れ合った。


(……あ、キスした)


 ルーチェが思った。こんなもんか。

 クレイジーが思った。わーーーやべえやべえやべえやべえルーチェとキスしちまったうわーーやべーーまじやべーーもう一回してーー!!


 クレイジーがもう一度重ねてみた。ルーチェは大人しく重ねられる。そして思った。


(あ、またキスされた)

(唇柔らか。うわ、いい。これいい。やばい。勃ちそう)

(お姉ちゃんやミランダ様とはまた違う感じがする。キスって人によって違うんだなぁ)

(何これ! めっちゃいい匂いする! うわーーーヤりてーーー! えっちしてーーー!!)

(……いつまでするんだろ)

(家誘ったら流石にまずいかな。あーーでも今ならいける気がするーー! いや、絶対いける。言葉の使い方によってはいける。奇策を考えろ。よし、ひらめいた)


 唇を離し、その言葉を言おうとクレイジーがルーチェを見て、黙った。


「……」


 恍惚とした顔の、ルーチェが自分を見ていた。


「……」

「……えっと、……お、お土産屋、見てく?」

「……」

「……クレイジー君?」

「あ、え?」

「だ、だ、大丈夫?」

「あ、うん。へーき。へーき」


 クレイジーがすくっと立ち上がって、ルーチェの手を引っ張った。


「行こ、行こ」

「あ、クレイジー君、お土産屋さんは、あっちだよ」

「あ、そっかそっか(ガツンッ!)」

「うわっ! 大丈夫!?」

「へーき、へーき」

「今すごい勢いで壁とぶつかったよね!?」

「へーき、へーき」

「み、見えづらい? 光魔法で照らそうか?」

「あはは。へーきへーき。全然へーき」


 ――あの顔は反則だって……!!


(あーあ。何言うか全部忘れた……)

「あ、待って」


 ルーチェがストラップを手に取る。タグにはミックスマックスと記載されていた。


「イベントとコラボしてるんだ……」

「何これ」

「何も可愛くないミックスマックスシリーズ。ジュリアさんが好きなの」

「ジュリア・ディクステラ?」

「ジュリアさんにあげたら喜びそう」

(……あ)


 恋人専用にいかがですか?

 二人で一つのストラップ(*'ω'*)テヘヘ


「ルーチェ、あれ」


 ルーチェが思わず反応した。笑顔のクレイジーがストラップを手に持ち、自分に見せている。


「星の形」

(……びっくりした)


 今、ルーチェって呼ばれた。


(いつも「ぴ」ってつけてくるのに)

「買お」

「じゃ、割り勘」

「俺っち買うからいい」

「これ半分ずつ割れるから、半分ずつ出そうよ」

「……そう? じゃあ、……そうしよ」

「うん」


 二人ではんぶんこ。


「ポーチにつける」

「俺っち鍵につけるー」

(スマートフォンにつけたら重いって思われそうだもん)

(スマートフォンつけないのなんで?)


 場所は違くも、半分の星が持ち場で光る。


「はー。楽しかった」

「もう帰る?」

「そうだね。帰ろ」

(帰るのかー)

(集中力切れてきた。しかも楽しんだ反動ですごく疲れた。これ以上一緒にいたら何か起きそう)

(もう少しいたいんだけどな)

(迷惑かける前に帰ろう)

「(駄目かな)ねえ、ルーチェっぴ」

「駅行こう」

「家来ない?」


 ルーチェがきょとんとした顔でクレイジーを見た。


「ちょっと、お菓子でも食べて、ゲームで遊ばね?」

「……あの、ちょっと……疲れたんだよね」

「……あー、そっか」

「ごめん。すごく楽しかったんだけど、あの」

「うん」

「……楽しんで、た、た、体力とか、使っちゃったみたいで、しゅ、集中力も、きー、れてるみたいで……」

「ブフッ」

「ん」

「ごめん。なんかロボットみたいだなって」

「……ごめん(馬鹿にされてるのかな……)」

「んーん。可愛いなって」

「……(馬鹿にしてるな? 畜生。この女好き)」

「電池尽きちゃったならしょーがない。帰ろー」

「……あの、……ごめんね」

「んーん! 俺っち、今日ルーチェっぴと出かけられただけでもちょーハッピーだったから、結構満足かも」

(そっか。体力ね)


 障害持ってるっての忘れてたわ。


「じゃ、ゆっくり歩こ」

「あ、うん」


 クレイジーとルーチェが手を繋いでゆっくり歩く。あんなにダンス練習したのに体力なくなったの? と聞きたくなったけどやめておこう。


(人混みって疲れるもんね)


 さっきからルーチェの肩が自分に当たる。歩く方向が前ではなく、斜め前になっている。それをクレイジーが手を引っ張って前に修正していく。


(なるほどね)


 これも障害か。自分にはわからないけれど。


「……あ、ごめん。また、ぶつかった」

「へーきへーき」

「……ごめんね」

「ルーチェっぴ、ルール作らね?」

「……ルール?」

「そっ。恋人ルール。まず、悪いことをしたり、喧嘩するようなことがあれば謝る」

「う、うん」

「気を使ったり、こういう状況の時は『ありがとう』って言う」

「……」


 ルーチェがクレイジーを見た。クレイジーはいつもの軽い笑みを浮かべている。


「はい。じゃあ、今はなんて言うの?」

「……ありがとう?」

「うん! そうしよ! その方がお互い気持ちよくなるじゃん?」

「……うん。……ありがとう」


 手を繋ぐ手が温かい。


「本当に、ありがとう」

(帰りにADHDについて調べとこ)


 ゆっくり歩いても駅についてしまう。


 ルーチェとクレイジーの線は違うのでここでお別れだ。しかし、どちらかが飛行魔法が使えたら、箒で空を飛べばいいわけだから、こんな別れ方は避けられるだろう。


(まじで高所恐怖症克服しないと……)

「今日はありがとう」


 ルーチェが微笑んだ。


「本当に楽しかった」

「俺っちも楽しかったよ」

「うふふ。……それじゃあ……」


 ルーチェが少し思った。手を離すの、寂しいな。

 クレイジーが思った。なので、声に出した。


「ルーチェっぴ」


 ルーチェが顔を上げる。


「ね、もう一回だけキスしない?」

「……ここ、駅だよ」

「じゃあ、隅っこで」

「あっ」


 人気のないコインロッカー辺りに引っ張られる。ルーチェがきょろりと見回した。確かに人はいないけれど。


(あ)


 クレイジーがルーチェを抱き寄せ、額同士を重ねた。顔の距離が一気に近くなる。ルーチェはなぜだか――とても目が合うから――視線を端に逸らした。


「目、閉じて」


 優しく言われ、ルーチェが瞼を下ろす。すると、唇が優しく重なってきて、二人の距離がゼロになり、少しだけ離れ、クレイジーとルーチェの目が再び合った。


「……えへへ。ルーチェっぴの唇、貰っちゃったっぴー」

「……じゃあ、あたしはクレイジー君の唇貰ったんだね」

「もっといる? いっぱいあげちゃう」

「うふふっ、もういいってば」

「もう一回。ね、もう一回」

「……少しだけだよ」


 唇を重ねれば心臓がときめく。クレイジーは心臓と股間がときめく。仕方ないよ。年頃の男の子だもん。キスしただけで勃起だってしちまうのさ。今日も元気元気。生きてる証拠。


(舌入れるの駄目かな……)

(いつまでするんだろ)

(んー、いや、今じゃない気がする。急ぎすぎても駄目か)

(あ、離れた)


 唇を離したクレイジーがルーチェを抱きしめた。耳元で呟かれる。


「……好き。ルーチェ」


 シンプルな言葉が、一番ルーチェの心臓をときめかせた。


「じゃ、気をつけて」

「……ん。……クレイジー君も」

「ん」

「じゃ、あの……」


 手の平を見せる。


「また、月曜日」

「うん! 月曜日!」

「……あの、それと」

「うん?」

「あの……」


 ルーチェがクレイジーの耳元で囁いた。クレイジーが固まった。ルーチェがそそくさと改札に入った。そして一度振り返って手を振り、電車の乗り口まで行ってしまう。完全に姿が見えなくなるまで見送ったクレイジーは、――大きくため息を吐いた。


(だからさー……)


 ――あたしも、や、優しいクレイジー君、好き……かもしれない。


(そういうとこー)


 クレイジーが悶える。


(そーゆーとこー!)


 大股で自分の線の改札に向かいながら思う。


(やー、まじで家に連れて帰りたかった。つーか、つーかつーか、まじで好き!!)

(……楽しかったなー。綺麗だったなー。あ、小説更新されてる。あ、小説書きたい。あ、まだ余裕あるな。書こう)


 ルーチェの頭からクレイジーがいなくなるが、クレイジーの頭の中ではルーチェでいっぱいになる。ルーチェの心は満たされてる。クレイジーの心も満たされてる。


 また『好き』が大きくなっていく。






 好きが大きくなっていく END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る