お師匠様、観葉植物が邪魔者です


 暖かな昼時、ルーチェは屋敷内の掃除をしていた。


「箒は二階。雑巾一階。さあ、泡立て洗え。床を綺麗に。カーペットは洗濯。絨毯もアワと水。乾いたら再び地面に転がりよ。でないと、セーレムが悲しむぞ。さあ、踊れ舞え。掃除の時間だ。皆楽しもう」


 杖をゆらゆらと振れば、箒は二階、雑巾は一階を担当して掃除を始める。カーペットと絨毯は庭へ歩いていき、洗剤が蓋を開けて自らの液体を彼らに与える。その状態のままカーペットと絨毯は大きな浴槽に入り、長い風呂に浸かるのだった。汚れが取れたときには浴槽の中は真っ黒水のみ。二体は太陽の光に乾かされ、再び屋敷内の地面に戻ってきた。その間に雑巾が二重で地面を拭いていたからピッカピカ! 食器が洗われ、お風呂場が洗われていく。


(うんうん。良い調子。……ん?)


 一本の箒が戻ってきた。


「あれ、どうしたの? 掃除は?」


 箒は体を振って言葉を現した。無理です。


「こら。みんなやってるんだからサボらない」


 ルーチェが杖を振った。しかし箒は言うことを聞いてくれない。その場で諦めたように倒れた。


「ああ、ちょっと」


 ルーチェが箒を手に持った。


「もー。なんで言うこと聞いてくれないの?」

(滑舌かなぁ?)


 ルーチェはもう一度杖を構えた。


「箒よ仕事が残ってる。二階の埃はまだせいぞ……」


 呪文が止まった。ルーチェがそれを見てつい口を止めたのだ。二階から下りてきたそれを見て、――とんでもない悲鳴をあげた。


 ぎゃーーーーーー!!


「わっ! なんだ、なんだ!? ルーチェの悲鳴が聞こえたぞ!? あ、なんだ。ルーチェの悲鳴か。ってことは別に大したことじゃないな。ルーチェは何でもかんでも大きく捉える癖がある。よっこいしょ。もうちょっと寝てようかな」

「あーーー! ミランダ様ーー! 助けてぇーーー!!」

「はーあ。大袈裟だな。全く。よっこいしょ。俺が一肌脱いでやるか。……おい、ルーチェ、何があっ……」


 セーレムが足を止めて凝視した。


 そこには、二階から伸びた蔓に捕まったルーチェが宙に浮いていた。


「ぎゃーーーー!!」

「いやーーーー!!」


 セーレムの毛が逆立ち、蔓に両手を縛られたルーチェが悲鳴をあげる。


「セーレム!! ミ、ミ、ミ、ミランダ様を呼んで! 早く!!」

「ミランダ! ミランダ! 家が大変だよ! ひい! やめろ! 俺に近付くな!」

「やめてー! 服の中に入ってこないでー! 犯されるー! 犯されちゃうよー!」

「落ち着け! ルーチェ! 今ミランダを呼んだからすぐに来るはずだ! そんなエロゲーみたいな展開にはならないと思うから心配するな!」

「そ、そうだよね!」


 ルーチェが少しホッとした。


「そそそ、そんなエロゲーみたいなことはなかなか、ないよね! あたし相手に、犯してきたりしないよね!?」


 もぞ。


「あーーーーー! 服の中で胸を撫でられた! もう駄目だ!! エロゲーだ! エロゲーされちゃうよー!」

「やめろよ! 植物! エロゲーされるルーチェを見たって! 俺、何も感じないよ!」

「なんかそれはそれで複雑な気分……」


 もぞ。


「あーーーー! 触られてるよ! もう駄目だ! あたし、エロゲーされちゃうよー!」

「ミランダ! 早く来てくれよ! ルーチェが大変だ!」

「うるさいね。何だい」

「あ! ミランダが帰ってきた! 大変だ! ルーチェがエロゲーされちまうんだ!」

「何言ってんだい。お前」

「ミランダ様ー! あたし、エロゲーされちまいます! あーーーもう駄目ーー!」

「違うよ! ルーチェ! 駄目って言うんじゃなくて、らめって言うんだよ!」

「あ、そうだった。……あーーーもうらめぇーーー!」

「ミランダ、ルーチェが大変なんだ! もう「らめぇ」なんだ!」

「葉っぱよ緑よ、お戻りよ。遊ぶ時間はとうに過ぎてる。さあ、お戻りよ。部屋でゆっくり休みなさい」


 ミランダが呪文を唱えれば、蔓がルーチェから離れていき、部屋へと戻った。ルーチェがぶるぶると震える体を抱きしめる。


「ああ、ああ……ミランダ様、あ、あた、あたし、まじでエロゲーされるところでした……!」

「お前アレに触ったね?」

「な、な、何なんですか! アレ! お掃除し、してただけなんですけど!」

「二晩寝かせたらすごい薬草になる植物だよ」

「あんなうね、うね、しーたのがですか!?」

「見た目より質」

「も、もう大丈夫ですかね……。エロゲーされないですかね……」

「触んなきゃ大丈夫だよ。じゃ、私は仕事に戻るからね」

「あ、お、お疲れ様です……」


 ミランダが扉を開けて閉める。セーレムが扉を開けると、もうその先にミランダはいなかった。


(明日までいるの? うわ、不気味過ぎる……)


「ふう。とりあえず一安心だな。安心したらお腹が空いてきた。ルーチェ、俺おやつがほしい」

「はいはい。か、か、片付けたらね」


 ルーチェが倒れた箒達を見て、ため息を吐いた。




 その夜。


 人々の大好きな睡眠時間が始まる時、また恋人同士の濃厚な時間も同時に始まる。


 二人も例外ではない。


「……ミランダ……さま……」


 唇を重ね合わせれば、二人の関係は師弟ではなく恋人に変化する。ベッドの上で優しく唇に触れ合えば、性欲もふつふつと沸いてくる。ルーチェがミランダの首筋にキスをしながら匂いを嗅ぐ。


(はぁ……。ミランダ様の匂い……)


 ミランダがルーチェの首筋にキスをした。


「わひゃっ……」

「色気のない声だね」

「す、すみません……。ミランダ様……あっ……」


 自分の肌にミランダの唇が触れてくる。


「あ、み、ミランダ、さま……」


 心臓が何とも言えないおかしな速さで運動を繰り返す。


「ぬ、脱ぎ……ますか……?」

「……別に着たままでもいいよ? 私は」

「っ、あ、ぬ、脱ぐの、て、手伝います……!」


 ミランダが自らナイトガウンを脱ぐと、美しい肌がルーチェの目に入った。


(はぅ! 美しい! 涎が出そう!)


「あっ」


 ミランダがルーチェに近付き、唇を重ねる。


(ミランダ様、ミランダ様、ミランダ様……)


 パジャマのボタンを外されていく。


(もう触っていいかな? ミランダ様のお肌に……早く触りたい……)


 奥から気配を感じる。ミランダがチラッとその方向を見た。


「あの、ミランダ様……」

「ん?」

「今日は、あの、あ、あたしが、う、上でも、いいですか……?」

「なんだい? 前回のリベンジかい?」

「うぐっ……。……リベンジも兼ねて……貴女に……触れたいんです」

「ふふっ、やれるものならやってごらん。何事も挑戦が大切だからね」

「……ミランダ様……」


 ルーチェがミランダにキスをしようとして――ふと、手に何か触れて、振り返る。――別の部屋から伸びた蔓が、ルーチェの手を撫でていた。


「ふぎゃああああああ!!」


 ルーチェの悲鳴に寝ていた烏が飛び、フクロウが「ぽぅ」と鳴いた。ルーチェが杖を構える。


「ひ、ひる、ひるま、昼までならず、夜までもーーー!」

「これ、女同士の戯れに交わろうとするんじゃないよ」

「ふーーーーーー!!」

「女同士の間に入ろうとする男はね、嫌われちまうよ。……女なら可能かもしれないけどね」

「ミランダ様! お下がりく、ださい! こいつ絶対に許さない!」


 ルーチェの魔力が溜まっていく。


「火よ、植物を燃やすだけの炎をたぎら……」


 杖を持つ手を蔓が巻き付いた。


「うわっ、ちょっと、なにす……」


 手首と足首も掴まれる。


「うわ、ちょ、うわあ!」


 ベッドに組み敷かれた。


「わーーー! ミランダ様ー!」

「……なるほど。これはこれで面白そうだね」


 ミランダが蔓を撫でた。


「そそられるよ。ありがとう」

「ミランダ様! あたしエロゲーされちゃいます!」

「そうだね。エロゲーと行こうかじゃないかい」

「え?」


 ミランダが上に乗り、にやにやしながらルーチェを見下ろした。


「こういうのもたまには良くないかい? ルーチェ」

「あの、ミランダ様……すごく、嫌な予感が……」


 蔓がうねうねしている。


「あの、あた、あたし……普通ので……」


 蔓が動き出した。


「あーーーーーーー!」


 ルーチェの悲鳴が響き渡った――。











 朝日が登ると、植物はとても丈夫な薬草に成長していた。ミランダが早速素材として調合してみると、これがまた素晴らしい。


「うん。これはすごい。三本分の魔力が一瓶に込められてる。これはもう三体は欲しいね」


 しかし――リビングに戻ってみると。どこか疲れた顔のルーチェが掃除をしていた。


「ねえ、ルーチェ、魔法使えば?」

「声枯れてるから……もう……手動で良い……」


(……確かに昨晩はとても面白かった。育て主の言うことを聞き、意思を汲み取り、なおかつ素材になるなんて……)


 ルーチェのうなじを眺めるミランダの口角が上がる。


「次は五体行こうかね。ひひひっ」

「うわ、なんか寒気が……」

「風邪でも引いたんじゃね? ふわあ。眠くなってきた。すやぁ」

「はあ……。動く植物はしばらく見たくない……」


 ルーチェが溜め息を出す頃、ミランダは通販サイトで薬草になる植物を五体注文しているのだった。







 お師匠様、観葉植物が邪魔者です END(R18フルverはアルファポリスにて)

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