光の魔法使い

お師匠様、一緒に寝たいです



 ここは闇の中。

 とても気持ちいい闇の中。

 光は一切入らない。

 ここは気持ちいい闇の中。

 闇の湖。闇の海。


 体が底へ、沈んでいく――。





「……」



 ルーチェが目を覚ました。呼吸は乱れ、なんだか胸騒ぎがした。この感覚はわかる。知っている。覚えがある。悪夢を見て胸が騒いでいる感覚だ。


(夢の内容は覚えてないけど、すごく怖かったことだけはわかる)


 ルーチェが寝返りを打った。


(眠れるかな)


 ルーチェが目を閉じた。


 悪夢の海で溺れる夢を見た。

 息苦しくなって、再び目を開ける。


(駄目だ。悪夢を見た後は悪夢を見る)


 月の光を見ようと思ってカーテンを開けてみた。雨が降っている。当然月は見えない。


(……白湯でも飲もうかな)


 ルーチェが部屋から出て行き、キッチンに明かりをつけた。セーレムは自分の家でぐっすりと寝ている。


(はあ、明日も学校なのに……)


 その時、廊下から扉が開く音が聞こえた。


(んっ)


 リビングの扉が開いた。


(あ)


「……ルーチェ?」

「ミランダ様」

「何やってんだい?」

「悪夢を見てしまって」


 ルーチェが首を傾げる。


「ミ、ミ、ミランダ様は、この時間まで研究ですか?」

「ん」

「紅茶でも出しますか?」

「……そっちに、最近届いた茶葉があってね」

「どこですか?」


 ミランダがキッチンに歩いて来て、棚を開けた。そこには新品の茶葉が入っていた。


「リラックス効果があって睡眠不足に良いんだとさ。お前も飲みな」

「いいんですか? あの、それじゃあ……」


 カップに茶葉を濡らしたお湯を注ぎ、テーブルに置く。ミランダがアロマキャンドルを焚いた。テーブル周りがほんの少し明るくなる。キッチンの明かりを消せば完璧。


「雰囲気出てますね」

「ホラー映画みたいだろ?」

「うふふ!」


 ルーチェとミランダが紅茶をゆっくりと飲む。まだ熱い。アロマキャンドルの火が揺れる。その動きが気になって、ルーチェが火の動きに集中した。耳には雨の降り続く音が聞こえる。耳はそっちに集中した。火が揺れる。雨が降る。暗いリビング。目の前には敬愛している師。ルーチェが息を吐くと、いつも以上に気分が落ち着いた。


「ミランダ様、暗がりの火って落ち着きますね。ほんのり明るくて、綺麗です」

「疲れた時に見ると結構癒されるよね」

「紅茶も美味しいです。お花の匂いがして……」


 二人でカップを口に含ませ、ぼんやりとアロマの上で踊る火を見つめる。


「……どんな夢だったんだい?」

「悪夢ですか?」

「ん」

「内容は覚えてないです。でも、なんだか見ちゃいけないものをみ、見てしまったみたいな……」

「たまにあるよね」

「ミランダ様も悪夢とか見るんですか?」

「私も人間だよ。悪夢くらい見るさ」

「ミランダ様が怖いものなんてこの世にあるんですか?」

「私をなんだと思ってるんだい? 怖いものを見て来たからこそ今があるんだよ」

「例えばどんな……」

「まあ、やっぱり……戦時中の夢とかね」

「……すいません」

「謝らなくていいよ。本当のことなんだから」

「……あたしも、昔の夢は、たまに見ます。クラスの子達が、あたしを見てたり、陰口言われてるところとか。寝てる時って、あ、頭の中を整理してるので、やっぱり見ちゃうんでしょうね。そういうの。あ、でも、最近はないんですけど、前まではあたし、小説のネタとか夢で見てました」

「小説のネタ?」

「まあ、例えばなんですけど、小学6年生の女の子が二人いーるんです。その子達は友達同士で、修学旅行でとある地に来てたわけなんですけど、実はこ、ここで戦争が起きてしまうんです。で、二人は離れ離れになってしまいます。主人公の女の子は爆発に巻き込まれて気絶してしまい、目を覚ますと、目の前には巨大ロボットがあるんです」

「ほー」

「そうです。それに乗ってよくわからない敵を撃退するんです。で、修学旅行は一週間あるわけなので、その一週間で、敵のこと、味方のこと、なぜ戦争しているのか、はぐれた親友の女の子はどこにいるのか、……敵側にいるんですけど、を、解決する……っていうような……ものを夢でよく見てまして。その時期は確かにロボット作品にお熱高めでした」

「他にもそういうの見たのかい?」

「あとはー……覚えてるのは、あれですかね。吸血鬼と女の子の話です。大きなお屋敷があって、そこには病弱な人間の女の子が住んでるんです。でも元々住んでたわけじゃなくて、女の子は病院で入院生活をしていたんです。それを見つけて、自分の餌にしようと吸血鬼が女の子をさらうんです。でも、その女の子を一目見た時に、吸血鬼はその子に恋をしてしまうんです。なので、女の子をお、お、お、お、お、お嫁さんにして、一緒に生活を始めてしまうんです」

「少女漫画にありそうな設定だね。ちなみに吸血鬼はイケメンかい?」

「超イケメンでした」

「だろうね。でないと許されない」

「今でもたまにこういった夢を見たりするんですけど、最近は少ないですね。実家に行けば夢日記を書いていたので、沢山ネタが残ってると思います」

「日記に書くほど見てたのかい」

「ええ。よくわからないーんですけど、一時期、すごく見てた時があって……現実と夢の区別がつかなくなるほど見てました。なので、日記があれば現実。世界に日記がなければ夢っていう風に、区別をしてました」

「でも夢なら夢ってわからないかい?」

「それがミランダ様、その時は本当に区別がつかなかったんです。不思議ですよね。今でも不思議な体験をした時期だったなってお、思うんです。現実のはずなのに、夢のような感覚で、夢なのに現実、つ、のー、ような感覚で、屋上から飛び降りたと思ったら夢で、指を切ったと思ったら現実で、……わからなくなって、確かめるために、一回ベルトを首に括りつけたことがあるんです。そ、その時は寮に入ってたんですけど、苦しくなかったので夢かって思ってたら、次の瞬間急に吐き気がして、その場で吐いて、あ、現実だって思って、ちょっと……怖かったですね」

「今はもうないのかい?」

「そこまで深いのはないですね。あれは不思議でした。本当に。一種のストレスかもしれません。今でも原因がわからないのですけど」


 紅茶が飲み終わった。


「ご馳走様です。カップは明日の朝洗いますね」

「ああ」

「……ミランダ様」

「おっと、ルーチェ、私はね、最近人の心を読める魔法が使えるようになったんだよ」

「え! そうなんですか!?」

「お前、今こう言おうとしただろ。『ミランダ様、一緒に寝られませんか?』ってね」

「えーーー! どうしてわかったんですかーーー!? すげーーーー!」

「紅茶も飲んで話もしてだいぶ落ち着いたんじゃないかい?」

「……つまり、駄目って事ですか?」

「明日も学校だろ?」

「目覚ましアラームがうるさいからですか?」

「ルーチェ」

「……駄目ですか?」


 しゅんとしたルーチェの耳と尻尾がぺたりと下がり、上目遣いでミランダを見つめて来る。


「……今夜だけです……」

「お前はベッドに入ったら一気にお喋りになるからね」

「だって、……ミランダ様と喋りたいんですもん……」

「今夜はぶっ通しで研究してたから私も疲れてるんだよ」

「……」

「黙って寝るなら良いよ」

「っ!」


 ルーチェの目が輝き、口をぎゅっと閉じた。


「ほら、来なさい」


 ルーチェが黙って頷き、ミランダについていく。アロマキャンドルの火を消し、暗がりの中二階へ上がり、ミランダの部屋に入った。普段ミランダが一人で使用しているダブルベッドにルーチェが寝転ぶ。


「全く、世話がかかる弟子だよ」


 ミランダがその隣で横になる。ミランダの肩に、ルーチェがぴたりとくっついた。


「だから、お前は犬かい」


 ルーチェがふふっと笑って、ミランダを見つめる。


「お休みなさい。ミランダ様」

「ああ、お休み」


 ミランダがルーチェに体を向ければ、ルーチェは自ら下の方へと潜り、ミランダの胸に顔を埋めた。そのままじっと動かなくなり、瞼を閉じて――黙ったまま眠りにつく。


(……本当に黙ったまま寝たね)


 ミランダが手を伸ばして、灰色の頭を撫でる。


 夢を見ても良いけど、溺れずに戻ってきな。ルーチェ。


「私は現実にしかいないからね」


 瞼を閉じれば、自分も夢の中へと誘われる。お互いの体温を重ね合わせながら眠れば、ルーチェもまた違う夢を見た。


 さっきは恐ろしい悪夢だったのに、今は違う。自分はミランダの膝に頭を乗せて、ミランダが自分の頭を撫でてくれる夢を見ている。


 ――ミランダ様。


 その手が、なんて優しい手なのだろうか。


 ――大好きです。ミランダ様。


「……ふふっ……」


 ミランダの胸で眠るルーチェの顔は、幸せそうな笑顔であった。





 一緒に眠っていいですか? END

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