第3話
「何それサイッテー!」
「ですよね! エルザさんもそう思いますよね!」
「あはは、それでさくちゃんに怒られて、今朝のリヒャルトあんなに落ち込んでたのか」
「笑い事じゃないです、レオンさん」
「ああ、ごめんごめん」
アルバイト先のランチタイムは壮絶だ。この町一番の人気店だけあって毎日のように外に行列ができる。店主のレオンさんと奥さんのエルザさん二人で切り盛りするこのレストランは定員二十人が限界だが、営業時間帯は人が途切れない。
リヒャルトさんの紹介でバイトを始めて半年。今では多少の戦力になっている自負があるし、それなりに仲良くなったつもりだ。それでも、裸を見られたことを笑われては多少はこちらも抗議するというものだ。
「あいつ、さくが全然話をしてくれない、って泣きべそかいてたからさ。あまりにも珍しくて」
「昔から思ってたけどあいつ本当に無神経っていうか乙女心が分かってないって言うか人の心の機微に疎いって言うか」
のんびりとした口調で夜の分の仕込みをするレオンさんに、強い口調で糾弾しながらお皿を洗うエルザさん。私はエルザさんの言うことに頷きながらカウンターを拭いて行く。
まったくもってその通り。こういった遠慮のない物言いができるのも、三人が幼なじみだと聞くと納得した。
「いい? さくちゃん。次にまたこんなことがあったら魔術で焼き殺しなさい」
「こらこら、言い過ぎだぞエルザ」
「私、魔術の素養無いからな。マッチと灯油下さい」
「こら、さくちゃん」
あはは、と店内に笑い声が響く。こういう軽口を叩いていると多少は気も晴れる。「あーあ、私にも魔術が使えたらな」と笑ってみたが、それは本音だった。
この世界では魔術を使える人間は貴重らしい。出自に関わらず高等教育を無償で受けられるしそのほとんどが国に使える魔術師になるらしい。
生まれながらにして自分の役目がある、人に求められる、そんな人間になりたかった。だから魔術が使えたらもっとリヒャルトさんや周りの人達の役に立てるのに、と思う。何者でもない自分が、一体これからどうやったら恩を返せるのだろう、と常に考える。
そして、エルザさんは魔術が使えるそうだ。だが彼女は地元に残り夫婦仲良く至って普通の暮らしをしている。そうしたいからそうするのだ、というのは彼女の言。こんな選択肢をするのはごく少数だそうで、変わり者らしい。
それでも私は、自分のやりたいことを貫く彼女が輝いて見える。何も無い空っぽの私は、何になればいいのだろう。
「さくちゃん、どうした?」
「すみません、なんでもないです!」
考え事をして固まっていた私に、レオンさんが心配そうに声をかける。手元の布巾がすっかり乾いてしまっていた。
「もしかしたまだ体調が悪いのかしら? 無理してない?」
「大丈夫です、もうどこも痛くないし元気です」
「ならいいんだけど……」
「たくさん寝たから大丈夫です。それに結局昨日一日お休み貰っちゃって」
「いいのよ、そんなことは」
エルザさんも心配そうに言って私の額に手を当てる。水仕事をしてるのにエルザさんの手はすべすべでもちもちだ。是非ともケアの方法を教えてもらいたい。
「最近特に忙しいのに、そんな時に限って……」
「平気だよ。俺達も最近さくちゃんに甘えてたし」
「そうよ、気にしないで。それにね、お店が繁盛している理由はさくちゃんなのよ」
「私?」
「そう、『祝福の子』が給仕してるなんて、こんな小さい町じゃすぐに噂は広がるさ」
「あ、あははは」
私の真っ白な眼球を覗き込んでエルザさんは「綺麗ね」と、うっとり笑う。私にしてみれば不気味極まりないが、この世界ではそうではないらしい。
白に近い色は神に祝福された者の証だという。生まれながらに白髪のものは稀にいるらしいが、眼球が真っ白いというのは王都で高等教育を受けてきたエルザさん曰く、これまで聞いたこともないらしい。
リヒャルトさんは、髪も目も灰色で『祝福の子』としてこの町では知らないものはいないらしい。そのリヒャルトさんが、今度は目の真っ白な子供を連れてきた、ということで町は一時騒然とした。
私としては「確かに不気味だもんなー、わかるわかる、怖いよな。下向いとこ」と思っていたのだが、道行く人々に拝まれて好機と歓迎の言葉で迎えられ、当時は驚いた。
「でも私、特筆して秀でたとこなんてひとつも無いよ」
「今はまだ分からないだけさ」
「そうよ。それに、なにも無くなってこの目がある。それだけで特別な事だわ」
『祝福の子』は、その呼び名の通り人よりも秀でているらしい。リヒャルトさんにして、あの神の作りたもうた美しい顔に、完璧な造形美を誇る肉体だ。いや、肉体に関しては本人の努力に寄るところなのかもしれないが、彼曰く、一度も風邪をひいたことがないらしい。
他にも魔術に秀でたり、頭脳明晰だったりと様々な祝福が授与されていると聞く。
生憎、私が貰ったものといえば呪いくらいのものだが。ついでに超絶過保護で愛情表現が過剰な父親、もといリヒャルトさんに出会えたこともカウントしておこう。
「私の祝福って、リヒャルトさんに出会えたことかな?」
ぽつり、とそう零すと夫婦は顔を見合わせて蕩けんばかりの笑顔を見せた。次いでよしよし、と頭を優しく撫でられる。この夫婦に限ったことではないが、町の人達はリヒャルトさんを筆頭にどうにも私を幼子扱いしている節がある。十八歳であると何度も何度も言っているのだがまるで小学生かのような扱いだ。日本人は幼く見られがちであるという話を実体験で痛感している。
「ね、いま言ったことリヒャルトさんには絶対に言わないでくださいね。鬱陶し……じゃない、暑苦し」
「さくちゃぁあん!」
「うわあっ」
最後まで言い終わる前に、野生のゴリラが体当たりでもしたかのような轟音と共に店の扉が開いた。というより、破裂したように見えた。木製の扉は木っ端微塵に砕けて、木片が宙を舞う。そこには、今まさにその名を口にしていた男が感極まった顔で立っていた。
「さく……そんな風に思ってくれてたなんて!」
「リ、リヒャルトさん、いつからそこに」
「お父さんは嬉しいよ!」
「わああああっ!」
目にも止まらぬ早さで距離を詰められたかと思うと、まるで重力を感じさせぬ動作で抱き上げられた。そのままぐるぐると回されてさながら映画のワンシーンのような過剰な愛情表現に強制参加だ。
「回る、やめ、まわる……! めが、まわる!」
「さくーーーーー! 俺もさくやが大好きだぞ!」
「こらやめろリヒャルト、店の中で暴れるな! っていうか扉壊しやがったなてめぇ!」
見かねた店主に怒鳴られたが、感情が爆発したリヒャルトさんはしばらく私を抱き上げたまま離そうとしなかった。
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