第2話

 今日も僕の森乃さんの睡眠の観察は続く。


 昨日の森乃さんは、一時間目のイケメン教師田中の授業に対して、ミントタブレット作戦が失敗して結果寝てしまい、そのまま諦めて他の全ての授業でも途中で寝てしまった。


 しかし、今日の一時間目は音楽の楽器の練習、二時間目は家庭科の調理実習と、普通なら寝るはずのない授業が続いている。

 そして今、三時間目である英語が始まろうとしていた。


 今回の授業の担当教師は、この学年の主任で、生徒からの信頼が高い男、澤田だ。

 彼の授業は熱血で、英単語などの覚え方が中毒性があり、授業はとても分かりやすいと評判だ。


 また、生徒からの人気も高いが、悪いことをした生徒にはとても厳しいので、飴と鞭をうまく金揃えている。


 そんな彼につけられたあだ名は、流行りに乗って、ビッグボス澤田、略してビッグ澤田である。


「さて、Hello everyone! Stand up!」


 チャイムと同時に、ビッグ澤田の大きな声が響いた。

 彼の授業はいつもならまず最初に、英単語の小テストを行い、その後教科書に書いてある本文を解説していく。


 英単語のテストは今回は問題が少し多かったからか、少し長めの十分くらい設けられた。




 テストが終わった。

 後ろから順に、クラスメイトの解答用紙が集められていく。

 

 全ての解答用紙が集められると、ビッグ澤田は


「OK! Open your textbook!」


 と教科書を開くようにみんなに呼びかけた。


 彼の授業では最初に、一回隣の席の人と教科書の本文を音読しあう。

 僕の隣は、我らが天使である森乃さんだ。


 僕は身体を森乃さんの方に向ける。

 すると僕は見てしまった、森乃さんが一瞬目をパチパチさせたところを。


 無理もない。

 先ほども言った通り、一時間目は音楽の楽器の練習、二時間目は家庭科の調理実習と、身体を休めるタイミングがなかったのだ。


 だが、彼女だって起きていたいはずだ。

 昨日は失敗したが、今日も何か対策があるに違いない。


「読み終わったところは、ちょっと待っててください。それじゃあLet’s start!」


 ビッグ澤田の音読開始の合図で、他の生徒は音読を始める。

 僕も自分の分を早く読んで、森乃さんが眠る前に音読をさせなければ。


「When I was seated, I saw that the cup had water scale on it, and when I made a loud voice, the owner gave me a service of roasted pork fillet……………」


 何を伝えたいのかよく分からない英文を急いで読み上げる。

 なるはやで読んだからか、森乃さんのパチパチレベルが二のところで、交代させることができた。


「次は森乃さんの番だよ」


「あ、うん!ありがとう!」


 森乃さんは深呼吸を一回して、英文を読みだした。


「”Next, we will sip extra-thick noodles with an overwhelming presence!”」


 彼女の発する単語は、突然リスニングテストが始まったのではないか、と思えるほど発音が良く、聞いているだけで心が安らいだ。

 ああ、森乃さんの声の目覚まし時計が欲しくなってしまった。




 そんなことを思っているうちに彼女は読み終わっていた。

 音読直前まで、森乃さんは眠たそうにしていたが、声を出した後の今なら眠気は少しは覚めたはずだ。


 見たところ、目をパチパチさせている様子はない。

 

 ビッグ澤田は、今日の要点を黒板にまだ書いていた。

 僕と森乃さんの音読は他の生徒よりも、早く終わったみたいだった。


 その時、森乃さんが動いた。

 カバンに手を突っ込み、何かを取り出した。

 ガムだ。


 なるほど。

 昨日のミントタブレット作戦は、定期的にタブレットを口に入れなければならなかったので、失敗した。

 しかしガムならば、その手間を省くことができる。


 ナイスアイデアだ、森乃さん。


 彼女は左手で口を隠しながら、右手でガムを口の中に入れた。

 ビッグ澤田に気づかれた様子はない。


 これでもうほぼ勝ち確。

 あとは口の中にあるガムを噛み続ければいいだけだ。




 こうして、五分、十分と、時間が過ぎていき、授業開始から三十五分が経った。

 残り授業終了まで十五分くらい。何事もなく勝利したかに思えた、その時だった。


「それでは今日は、七月十九日なので、二つを足して……、二十六番の森乃さん、ここの答えは何ですか?」


 ビッグ澤田が本文にちなんだ問題を出してきた。

 森乃さんはゆっくりと席を立ち、答えようとする。


 今答えようとすれば、ガムを噛んでいることがビッグ澤田に、ばれてしまうかもしれない。

 だからと言って、答えない訳にもいかない。

 どうする、森乃さん。


「スィ、スィー…………」


「え、ごめんなさい、もう一回お願いします」


「スィーです…………」


「ああ、『c』ね!正解です!」


 なんとか答えることができたようだ。

 多少怪しまれたかもしれないが、なんとか危機は脱したのだ。




 しかしそう思っていたのは、その時だけだった。


 ビッグ澤田はその後の授業中に、ずっと森乃さんを見つめてきたのだった。


 やはり、先程の答えかたに違和感を少し感じたのだろうか。

 ビッグ澤田に見られていることは、森乃さん自身も気がついてるようだった。


 このままではガムを口の中で動かすことができない。

 もし動かしたら、ビッグ澤田にガムを噛んでしまうことがバレてしまうからだ。


 森乃さんの口の動きが完全に止められてしまった。


 まずい。

 今までは口を動かすことができたから、起きていられた。

 このままでは森乃さんが眠ってしまう。


 森乃さんの瞳が四パチパチした。

 ああ、ダメだ。頑張って耐えるんだ、森乃さん!




「…………」




 しかしオレの心の中での言葉は森乃さんに届かず、彼女は五パチパチして夢の国へと行ってしまった。


 


 勝者は英語教師のビッグ澤田の授業だった。

 彼女は十五分ほどの眠りについた。

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