森乃さんは眠たがり
デイリー
第1話
人は皆それぞれの『幸せ』を持っている。
その内容は、推しのアイドルだったり、好きなゲームだったり、スポーツだったりと、人によって違ってるものだ。
そしてそれは、クラスの中であまりの地味さにニックネームが『地味メガネ』になった僕にもある。
その内容は、学校一の美少女である森乃さんの隣の席だということだ。
森乃ひめさんはクラスのマドンナ、いや小野小町という方が適しているかもしれない。
とにかく、そのぐらい輝いてる少女だ。
顔は小さくて、瞳はぱっちりしており、整った鼻、透き通るような白い肌、見てるだけで誰もが触りたくなるような長い髪、ほんわかする香りと、全ての顔のパーツは完璧だ。
さらに、森乃さんは感情豊かで表情も豊かだ。褒められた時は分かりやすいぐらい可愛く照れるし、自慢げな時は分かりやすいぐらい可愛く鼻を高くする。
なによりも笑顔が神がかっており、有名女優の写真集百冊よりも彼女の一回の笑顔の方が価値があるくらいだ。
また、顔だけじゃなくスタイルも良く、この学校全ての女子を横に並べてシルエット上にしても、おそらく彼女を知っている全ての男子が一発で当てれるレベルだ。
隣の席になって初めて話しかけられた時の『よろしくね』は今でも心の中で反響している。
そんな森乃さんの隣の席である僕だからこそ、彼女について僕だけが知っていることがある。
それは、彼女が『眠たがり』であることだ。
彼女は、先生の授業が始まるとすぐ寝てしまう。
先生は気づいてないのか、それとも知ってはいるが、お気に入りのかわいい生徒なので注意しないかの、どちらかである。
なぜ僕だけがそれを知っているか。
それは、教室の一番奥の窓側の主人公席に座る森乃さんの眠る姿は、その隣である僕にしかはっきりと見ることができないからだ。
そんな彼女も眠りたくて眠ってるわけではない。
だが、突然彼女にきてしまうのだ、睡魔という悪魔が。
これが来ると彼女はどうしても寝てしまう。
僕は隣の席なので、彼女を起こしてもいいのだが、森乃さんの寝ている姿は幸せそうな顔をしており、ついつい起こさない方がいいと思ってしまうのだ。
今日の一時間目の授業は数学。担当教師はイケメン先生の田中だ。
彼の授業は良くもなく悪くもなくと言った感じで普通。
しかし、問題点としてあるのがこれが一時間目だと言う点。
「森乃さん、昨日何時くらいに寝た?」
「う〜ん、そうだなぁ〜」
彼女はカワボ答えると、顎に手を当てて昨日の自分を思い出していた。
この仕草がもうめっっっっちゃ最高なのだ。
「昨日は帰ってきて…、お風呂入って…、ご飯食べて…、勉強して…、動画見て…、動画見て…、動画見て…………。ん〜、たぶん夜中の二時くらいかなぁ?」
森乃さんが眠たがりである理由がこれである。
「もう少し早い時間に寝た方がいいんじゃないの?」
「う〜ん、そうなんだけどね…。一本動画見たら、おすすめ欄に面白そうな動画が出てきちゃって…。それで、ついついね……」
「ああ、気持ちはわかる」
「でしょ!一度ああなっちゃうと、簡単には止められないんだよ!」
「ちなみに森乃さんはどんな動画を観るの?」
「よし!みんな席に着いて!」
僕が質問した瞬間に、イケメン教師田中がクラスに入ってきて、そのまま授業が始まった。
森乃さんは僕の質問に答えることが出来なかった。
くそ。イケメンが。僕と森乃さんの会話を邪魔するな。折角話が膨らみそうな話題だったのに。あの話が続いてたら、森乃さんの趣味とか分かったかもしれないのに。
クソが。田中、お前は人間の屑だ。人から『幸せ』を取り上げるなんて、屑のすることだ。お前なんか地獄に落ちて、針の山で刺されてしまえ。くそ。○ね。
さて、心の中で散々田中先生を愚痴ったところで、彼の授業が始まった。
先生は前回の復習として、数式を黒板に書き出した。
チョークと黒板が当たる音が鳴り響いているうちに、いつのまにか授業開始から十分が経過していた。
このぐらいの時間になると来るはずだ、森乃さんの眠気が。
そう思って、彼女にはバレないように、隣を見てみる。
しかし、とある異変に気付いた。
いつもなら打とうとしているはずの森乃さんが、背筋を伸ばしてしっかりと起きているのだ。
何故だ?一体どう言うことだ?
考えながら彼女を見ていると、彼女はポケットから何かを取り出したのが見えた。
それは、板状の形をしており、彼女が蓋を開けて横に振ると、小さな音でシャカシャカと鳴る。
目を細めて、それに書かれている文字を読み取りようやく理解できた。
それはミントのタブレットだった。
よくコンビニとかで売っているものだ。
森乃さんは先生が黒板に文字を書いている間に、それを口に運び、噛んだ。
一瞬彼女の目が思いっきり開いた。ミントの効果だろう。
彼女は彼女なりに寝ないように頑張っていたのだ。
しかし、彼女の眠気はこんなものでは止まらない。
三分後、森乃さんは目をパチパチさせた。
これは、彼女の眠気が現れた時の証拠だ。
彼女の眠気の強さは知っている。
以前、英語の授業で互いにスピーチをしあう練習のときに、彼女は自分が喋っている途中で寝落ちしたのだ。
ミント一個ごときで彼女の眠気は止まるはずがないのだ。
しかし、森乃さんはその先まで読んでいた。
自分の目が細くなったと分かった瞬間、再びポケットからタブレットを飛び出し、すぐさま噛んだ。
また彼女の目が思いっきり開いた。
そうか。眠くなるたびにあのタブレットを噛めば、絶対に眠ることはない。
もしやこれは、眠気との戦に初めて森乃さんが勝つ日が来るのではないか。
授業が始まって、二十五分くらい経った。
今のところ、彼女はまだ起きている。
夜更かしした次の日の一時間目の授業で、今までの中で一番長く起きている。
彼女は眠くなったら食べる、眠くなったら食べる、を繰り返していた。
さっきのでもう八個目だ。
この作戦なら行ける。頑張れ。森乃さん。
「はい、じゃあ今のポイントを抑えて、教科書の練習問題十三番を解いて見てください」
突然田中先生は、僕が聞いていなかった説明を止めて、こちらを振り向き、こう言った。
「そうですね……。大体十分くらいしたら解説を始めますので、それまでに解けるように」
十分?十分だと!?
「では始め」
先生がそう言うと、森乃さんを含めてクラスのみんなは、一斉にその問題に取り掛かった。
森乃さんはまだ気付いていないみたいだが、この状況は非常にまずい。
しかし、今の自分のやるべきことは、田中先生が出した問題を解くことだ。
今は、それに集中しよう。
大体五分が経った。
僕はこう見えても真面目で、授業の予習はゼミできちんとしているので、パッとみた感じでは、誰よりも早く解けた。
僕は森乃さんに視線を戻す。
彼女も、もうそろそろで終わりそうな状態だった。
すると、彼女の目が今度は二回パチパチした。
眠気が来た証拠だ。
彼女は先程のように、タブレットを取り出そうと、ポケットに手を入れたが、そこで彼女の動きは止まった。
彼女も気づいたのだ。今この状況がピンチであることに。
今田中先生は黒板を背にして、生徒が問題を解いているのを見ている。
これはつまり、タブレットを食べる隙がないということなのだ。
もし、森乃さんがタブレットを取り出そうとしているのが見つかったら、当然取り上げになるだろう。
この十分間、タブレットを食べることはできないのだ。
森乃さんの眠気はおよそ三分に一回来る。
この十分さえ耐え凌げれば、先生が解説を始めた隙に、タブレットを食べればよい。
つまり、この十分間起きていれば、森乃さんの勝ちだ。
もうすでに五分は経っているので、残り時間は五分だ。
あ。
彼女がまた一瞬瞳を閉じた。
眠気がギリギリまで来ているということだ。
しかし、彼女も今日は調子よく起きていられるのだ。
このまま授業をきちんと受けたいはずだ。
時計の針が動いた。残り四分くらいか。
すると森乃さんは、二回連続パチパチをした。
もう限界に近い。この授業はダメなのか。
「残り三分で〜す」
突然、先生がそう言い放った。
ここで二つのラッキーが起きた。
一つは先生が時間を一分早く数えていたこと。
これにより耐える時間が少し減った。
そしてもう一つは、先生が大声を出したことだ。
これによって、森乃さんの意識が若干戻ったのだ。
とは言っても、彼女の瞳の二パチパチが一パチパチに変わった程度だ。
それでも先程よりも状態はいい。
残り先生の発言と時計から計算して残り二分だ。
森乃さんのパチパチがまた増えてきた。
ほら、またやった。今のは四パチパチくらいだ。
いつもだと五パチパチを超えると、その数秒後に寝てしまう。
つまり深い眠りまで残り一歩のところにいるのだ。
それいけ森乃さん。頑張れ森乃さん。
「…………」
しかし心の中で叫んだ応援はもちろん届かず、結果彼女は五パチパチして、息をついて眠りに着いてしまった。
勝者はイケメン数学教師の田中の授業だった。
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