桜の樹の下にて_At Under the Cherry Trees
桜が美しく咲くのは、桜の樹の下に死体が埋まっているからだと豪語した作家がいた。桜の下に死体が埋まっているならば毎春ひとは死体を桜の樹の下に埋めに行かねばならぬ。
ならば桜は何を養分として毎春人を苦しめるまでに美しく咲うのか、しかしそれはどうしてもわからなかった。必ず春になれば蕾はいっせいに開花し神々しく空を埋める、ただ死んだように突っ立つ樹木にそれ迄の力を見出すことは出来ず、何がそうさせるのか、その神秘さは満開の桜によく匹敵する。
数年前から桜の樹を見続けた。さすれば荏苒とした桜の樹がなぜあれほどにまで美麗に花をつけるのかわかる気がした。桜の樹から二間ほど離れた平石に腰をかけ、来る日も桜の樹を睨み続けた。桜の樹は雨に打たれ風に吹かれ、ときに雪の重みで枝を垂れ、静かに佇んでいた。朝が来て太陽はそのまま西へ沈んだ。月もそれを追い、同じように東から日が昇った。目紛しくそれらは互いを求め、近寄ったり離れたりした。しかし桜の樹の蕾が燻るまで一向にその訳はわからない。
それを知ったのは、桜の花が満開となった頃だ。桜の樹の下には、思い思い旅人が集う。モラトリアムから這い出て羽を拡げる若者どもだ。その樹の元で最後の言葉を交わし、はじめて自らの心象を表さんと欲す。それを見て気付いた。桜の樹の元では、死体が生み出されている。思い思い死体を脱ぎ捨て、桜の樹の下に埋める。だから桜の樹の下には死体が絶えず埋まっている。実にかの主張は違わなかったのだ! これを識り来る年も桜の樹を見続けた。確かに桜の樹の下には死体が埋められている。ただそれを確かに観た。想い虚しくとぼとぼと歩き去る姿に。
若者よ。豈明くる年の桜の花とならざらんや。またこの桜の樹の元へ来たまえ。汝の死体で咲う花の元で、花見の酒を呑もうぢゃないか。
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