第3話

「じゃあ彼を、二舘にかたを殺したのは一体誰だって言うの!?」

「よさないか七日月なづき!」


 七瀬ななせさんが取り乱した様子ではじめさんに掴みかかろうとするのを五識ごしきさんが体を張って止めに入る。ついさっきまで一さんにノセられて『グサーッ!』とかってやっていたのが嘘のようだ。いや、本当に嘘かも知れない。何が善で何が悪なのかももうよく分からない。とりあえず七瀬さんは殺された二舘にかたさんのことを名前で呼んでいたことは分かった。しかも呼び捨てで。おそらくただの雇用主と従業員の間柄ではなかったようだ。大方男女の仲だったのだろう。そして七瀬さんと五識さんのやり取りを見るに、この二人もおそらくただならぬ関係とみて間違いない。ただならぬただれた関係だ。……死ねっ。何がタイムリーランデブーだ。二舘の野郎ちょっとイケメンだったからって調子に乗りやがって。それにこの女七瀬さんも大概だ。ちょっと美人だからってあっちにホイホイ、こっちにもホイホイとっ散らかりやがって。あとおっさん五識さんは結婚指輪してるくせに綺麗な女性に色めき立ちくさりやがって。どうせ三枝さえぐさとかっていうあっちのおっさんも裏ではなんかやってるに決まっている。実はああいう一見無害そうな中年男性が一番たちが悪いんだ。多分学生時代は裏生徒会とかを発足して学園を裏から仕切っていたタイプに違いない。こっちのPTA会長四間さん裏生徒会長三枝さんと夜の裏口工作とかをしっぽりやっていたに違いない。まったく、どいつもこいつも登場人物全員悪人だ。……あーあ。ピンポイントでこいつらに隕石降ってこないかなー。……なんてね。(*ノω・*)テヘ。それはともかく。


 三枝さんや四間さん、それに刺殺さしごろし犯人ぼんとさんはともかく、五識さんと七瀬さんはかなり怪しい。もしかすると、二人が結託して二舘さんを殺害した可能性だってあるかも知れない。すると、何故か五識さんはなおも一さんに詰め寄ろうとしている七瀬さんを背後から抑え込んだまま、三枝さんを睨む。


「三枝さん。あんたじゃないのか? あの男を殺したのは」


 五識さんに名指しでそう告げられた三枝さんは目を丸くする。


「な、なんで僕がそんなことをしなくちゃいけないんですか!」

「とぼけるな! 俺は知ってるんだからな。お前はあいつに、二階堂に借金があっただろうが。大方今日もあいつに追加で無心しようとしてお前はこの島を訪れた。だがあいつはそれを断った。だから殺した! 違うか!?」


 五識さんは激昂して三枝さんを罵る。というか裏生徒会長三枝さんは二舘さんに借金があったようだ。もっとちゃんとしてくださいよー裏生徒会長さんさー。しかし心の中で私が馬鹿にしていたからではないだろうけど、三枝さんの目の色が凶暴な光を宿す。三枝さんは五識さんに対して反撃に打って出る。


「そんなこと言ってるけどさー、あんただってあいつを殺す動機はあるだろうが! あんたはその女との関係が二舘にバレて、そのことを妻子にバラすと脅されていただろうが! だからバラされる前に二舘を殺した。そうだろうが。この不倫野郎が!」

「ちょ、ちょっと! 三和人さん! 落ち着くザマス!」

「離せごらあああぁ!」


 五識さんに掴みかかろうとする三枝さんを一さんと四間さんの二人がかりで抑え込む。何故か四間さんは急に金持ち語尾になっていた。ひょっとして向こうからちょっとPTA会長のキャラに寄せてきてくれたんだろうか。それに引き換え、三枝さん。この人はダメだ。自分の言葉に酔ってついカッとなるタイプの人だ。これじゃあ裏生徒会長は務まらない。しかも近づいて分かったけどかなりお酒臭い! もしかしたら五識さんが言ったように、アルコールの入った三枝さんは本当に二舘さんに借金を断られてついカッとなって殺してしまったんじゃないだろうか。


 五識さんに掴みかかろうとする三枝さんを落ち着かせたあとで、私は気になったことを訊ねてみることにした。


「あの、四間さんは二舘さんとはなんの関係もなかったんでしょうか」


 私の質問に四間さんは一瞬、瞳の奥に恥じらう乙女のような煌きを映した。四間さんは遠い目をしてポツリと洩らす。


「あの夜は……、あの夜は何もなかったのザマス……」


 やってんなー。こいつも二舘とやってんのなー。どれだけあの男は節操がないんだ。危うく私もこの人たちとシスターズにされるところだったことを思うと、こう言ってはなんだけど早めに死んでくれて良かったとさえ思えてくる不思議。タイムリーランデブーしなくて本当に良かった。もうイケメンは全員私の敵だ。ゴッド イズ デッド。神は死んだのだ。しかし、こうなってくると一さんと私、それに刺殺さしごろしさん以外の全員に二舘さんに対しての殺害動機がありそうだ。私は一さんに訊ねる。


「一さんはもう犯人が誰だか分かっているんですよね?」


 一さんは自分の顎を触りながら頷く。


「もちろん。僕は謎を解く以外は何もできない人間だからねー」


 と、変わり者の名探偵のような台詞を恥ずかしげもなく口にする。一さんのこういうところは好きだ。もちろんそれ以外は嫌いだけど。


「残念ながら犯人は名乗り出そうにもないようですから、今から僕がその方を名指しさせていただこうと思います」


 一さんの言葉にメンバー全員が息を飲むのが分かった。時が止まったように感じる。柱時計の秒針を刻む音だけが、この世界が歩みを止めていない証拠。それほどの静寂だった。一さんがゆらりと腕を水平に上げる。その指先が一人の人物を指し示そうとしている。


「犯人は――「やめろおおお!」」


 突然部屋の隅で膝を抱えていた刺殺さしごろしさんが絶叫して立ち上がる。突然のことに皆唖然として刺殺さしごろしさんに注目する。それは一さんも同じだった。


「さ、刺殺さしごろしさん? どうしたんですか急に?」


 一さんが少し驚きながら訊ねる。一さんの呼びかけが聞こえなかったのか、刺殺さしごろしさんは「もう茶番はうんざりだ!」と怒鳴った。次いで、


「普通ぱっと見と名前で俺が一番怪しいって分かるだろうがあああ!」


 とブチ切れられた。もちろん一さん含めたこの場の全員が、だ。全員が刺殺さしごろしさんに叱られた。


「はっ! ま、まさか……。嘘ですよね? 刺殺さしごろしさん……」


 思わず私が呟くと、刺殺さしごろしさんは、「なんで事ここに至って嘘だと思うんだよ! 俺お前にそこまで信用されるほど関係値築けてねーだろうが! 馬鹿か! というかこんな顔中包帯だらけでバカンスに来るヤツなんて居ねーだろ! 居るか? 居ねーだろうが! お前ら全員頭にポップコーンでも詰まってんじゃねーのか!?」


 そう言って刺殺さしごろしさんは頭に被ったハットを床に叩きつけたかと思うと、顔に巻かれた包帯をシュルシュルとほどき始めた。私たちは固唾を呑んで刺殺さしごろしさんの素顔が現れるのを待つ。最後の包帯が静かに床に落ちた。私たちは刺殺さしごろしさんの顔を見るなり絶句した。その顔は――


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る