第4話
「えっと……、どちら様ですか?」
それまで怯えるように
「ククク……。俺が本当の
「本当に兄弟なんですか? 殺された偽二舘さんとはまったく似ても似つかないフェイスですけど……」
「フェイスって言うなあああ!」
一さんは疑いの眼差しと心無い暴言を無遠慮に投げつけた。それを
「どうしてあなたは偽二舘さんと入れ替わりを? そして何故、偽二舘さんを手に掛けたんですか?」
「兄さんが悪いんだ! 兄さんは大した努力もしないくせにいつも俺から全てを奪っていったんだ! このペンションだってそうさ。借金までして建てたこのペンションを兄さんは俺から奪ったんだ! 学生の頃に密かに憧れていた七瀬さんだって兄さんの見た目に騙されて弄ばれた! それにコミュ力お化けの兄さんは両親から財産全てを託された! 俺が両親から貰ったのはこのコートとハットだけだったのに! どうして同じ兄弟でここまで差がつくんだ! 許せないだろ! あんまりだろ!? ゴッド イズ デッドじゃないかあああ!」
二舘さんは天井を仰ぎ見ながら叫ぶ。これはあれだ。発想が私と同じだ。ゴッド イズ デッドって言っちゃてるし。もしかしたら私も闇落ちしていたらこうなってしまっていたんだろうか。そう考えると他人の気がしなかった。
「見た目だけじゃない!」
気づけば叫んでいた。
「見た目が悪かったからって何!? 二舘さんにだって、二舘さんにだって誰にも負けない誇れるものがあるはずでしょう!? 兄さんは全部持っている? 両親に差を付けられた? だから何? 誰かと自分を比べて卑下するなんて無意味だわ! 誰かと比べて勝ち負けに拘るくらいなら昨日の自分に勝ちながら進んでいけば良いでしょ! そうやって生きていくほうがよっぽどカッコイイじゃない!」
いつの間にか、私は無表情キャラというこの物語での自分の役割を大きく逸脱していた。だけど……それがなんだ。
それがなんだ!
与えられた役割なんてクソ喰らえだ。人はどんな時でも自由に生きる権利を持っている。私たちは強く願えば空だって飛べるし、太陽のように輝くことだって出来るし、何処にだって行ける。なりたい自分にくらい、なれて当たり前なんだ。私の言葉を真剣な眼差しで聞いていた二舘さんがポツリと洩らす。
「昨日の……自分に……勝つ、か」
普段めったに大きな声を出さないせいか、言い終わった私は肩で息をしていた。額から汗が流れる。心臓がバクバクしている。今更手足がガクガク震える。だけど言いたいことは言えた。それは、もしかしたら二舘さんにだけじゃなくて、私自身に言いたい言葉だったのかも知れない。
「変われるかなあ……。俺」
二舘さんは独り言のように呟く。私はそれに答える代わりに質問する。
「教えて。……二舘さんの好きなものって何?」
「俺の、好きなもの?」
私は頷く。
「そう。一つくらいあるでしょ? 胸を張って好きって言えるもの」
自然と笑みが溢れる。それは私だけじゃなくて二舘さんも同じだった。
「俺……いや、僕は、僕は小説を書くことが好きなんだ」
「好きなものを好きって言える人はカッコイイよ」
私は正直に答えた。二舘さんは恥ずかしそうに頬を掻く。
「僕は警察に出頭するよ。自首して罪を償うんだ」
「それが良い。君はまだ若い。充分やり直せる」
私の隣で一さんがうんうんと頷く。気づけば三枝さんや五識さんたち、周りの大人たちも優しい眼差しで二舘さんを見つめていた。
「最後に君の名前を教えてくれないか」
二舘さんは柔和な笑みを浮かべて私にそう訊いた。私は答える。
「八重花。
「八重花さん。……もし僕がいつか罪を償ってまた君に会えたら、その時は僕と「ごめんなさい」」
私は二舘さんが言い終わる前に深々と頭を垂れた。再び場が静まり返る。
「いや……、まだ最後まで言ってな「ごめんなさい」」
私は綺麗に九〇度の角度に腰を折ったままで同じ言葉を繰り返した。二舘さんがなりたい自分を目指すように、私だってなりたい自分を目指すことに決めたのだ。私はやっぱりイケメンの若い会社社長とお付き合いしてタイムリーランデブーをするんだ。残念ながらその未来に二舘さんは居ない。入り込む余地が無いといっても過言ではない。
「なんだよそれ……。結局、結局顔と金じゃないかああああ!」
二舘さんの感情が爆発した。いやいやいや。そんな急に惚れられて断ったからってブチ切れる男とか尚更無理だし。
「ぶっ壊してやる。……こんな世界なんかぶっ壊してやるよおおお!」
そう叫んだかと思うと、おもむろに二舘さんは着ていたコートを変質者のようにバサッと脱ぎ捨てた。咄嗟に私と七瀬さんは目を塞ぐ。こんなところでトラウマを植え付けられてたまるか。でも何故か四間さんは男性陣と同様に、いや、それ以上に目をおっ広げて刮目していた。ガン見である。
「うわああああ! な、なんだそれはあああ!」
「ひいいい! に、逃げろおおおお!」
目を瞑っている私の耳に三枝さんたちの絶叫が聞こえる。え? 何なにナニ? そんな大の大人たちが逃げ惑うようなモノってナニ? えっと……ナニがナニってこと? 私は怖いもの見たさで思わず目を開いてしまった。そこには――
「な、爆弾!?」
身体にダイナマイトをぐるぐる巻きに巻きつけた二舘さんの姿があった。おそらくTNT換算で五〇〇億メガトンは下らないだろう。そんな量の爆弾をどうやって身体に巻きつけているのかとか、どうやって調達したのかとか、意外と着痩せするタイプなんですねみたいな感想はさておき、こんなものが爆発したら地球どころじゃなくて月まで粉々になってしまうんじゃないだろうか。
「もう良いもう良いもう良い! もうどうだって良い! みんなこの星ごと終わらせてやる!」
二舘さんはナメック星を消滅させようとしたフリーザ様のような台詞を叫ぶ。その目は狂気に満ちていた。
「一体、どうしてこんなことに……」
「多分だけど、八重花ちゃんが空気読まなかったからじゃないかなー」
絶句している私の隣で一さんが呑気に欠伸する。
「いやいやいや! じゃあなんですか!? 私は空気読んでまったくタイプでもない人の告白を受けなきゃいけなかったって言うんですか!?」
「でも小説の中のことだし、たぶん実害は無かったと思うよー?」
「酷い! そんなの生贄じゃないですか! なんで普通の女の子の私がアルマゲドンのブルース・ウィルスみたいな目に遭わなきゃいけないんですか!? どう考えても私はリブ・タイラーじゃないですか!? 一さんは酷いです!」
「いや、一番酷いのは二舘さんを隕石呼ばわりしている八重花ちゃんだよねえ?」
冷めた目でそう言って、一さんは嘆息する。というか、どうして一さんはこんなに落ち着いていられるんだろうか。だってこのままじゃ間違いなく全員爆発に巻き込まれてしまうというのに。恐くないのだろうか。
「そりゃそうでしょう。別に恐がる必要なんてないし」
「地の文を読まないでください! というかなんで読めるんですか!」
いや、本当になんで!?
「なんでって……ちゃんとあらすじにも書いてあったでしょう。もしかして、八重花ちゃんはあらすじ読まない派?」
一さんは不思議そうに小首を傾げる。あ、これは完全に馬鹿にしている顔だ。殴りたい。
「お前ら……! 僕の前でイチャイチャしやがって! ピンポイントで隕石落ちろおおお!」
ブチギレた本物の二舘さんは既視感のある暴言を吐いて起爆スイッチに手を掛ける。ポチッとコミカルな音がした。次の瞬間、私たちの身体は閃光に包まれた。
チュッッッッッドオオオオオオーーーーーーーーォォォォン!
強烈な爆発音。そしてその音に飲まれて心も身体も融解した。揺蕩う意識の片隅で、そういえば二舘さんと偽二舘さんが入れ替わっていた理由って結局なんだっけ、なんてことを思ったけどすぐにどうでも良くなった。
その日、神は死んだのだ。
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