第2話
「今から約一〇分前、使用人の
「二舘さんは自らの両手で左胸にナイフを突き刺していました。逆手に握ったナイフで心臓を一突きですね。相当な覚悟を持って挑んだことが窺えます。……しかし、よく考えてみてください」
ウロウロと歩き回っていた一さんがピタリと足を止める。そして全員に訊ねる。
「この時点で既におかしくないですか?」
「い、一体何がおかしいって言うんだ?」
「そ、そうよ! どこにも不審な点なんてないじゃない!」
五識さんと七瀬さんが少し狼狽えたような表情で訊ねる。そんな二人に目を合わせることもなく、「簡単なことですよ」と一さんは微笑を浮かべる。
「犯人は二舘さんを
一さんの言葉に一同が絶句する。私は自信が確信に変わり、そして決心する。この人やっぱりサイコパスだ。だから探偵助手のバイトは今日限りで止めよう、と。
「い、意味が分かりません! あなたたち正気ですか!?」
五識さんの後ろで震えていた七瀬さんが非難する。あなたたちと言われたことが非常に気になるけど、それでも私は敢えて無表情を崩さない。おそらくこの無表情キャラというのがこの物語での私のアイデンティティなのだろうから、完結するまではこのスタイルを貫かなければならない。私は無表情のままズレてもいない眼鏡をクイッとさせた。
「おや? どうして皆さんここまで説明してもお分かりにならないんですか? 逆手にナイフを握ってご自分の心臓を突き刺すイメージをしてみてください。ほら。こんな風に――」
言って一さんは両手でナイフを握ったポーズを作って自らの左胸を目掛けて刺すジェスチャーをしてみせる。それは、その仕草は、何故か酷く滑稽に見えた。おそらくそれは私だけでなく、この場に居る全員にも同じように見えたはずだ。
「あ! こ、これは……!」
五識さんが一さんと同じように自分でも実演して驚きの声を上げた。つられて七瀬さんと三枝さん、
「はい。見えないナイフを逆手に持ってー……、両手で自身の左胸にー……、グサーっ! はい、もう一度。見えないナイフを逆手に持ってー、両手で自身の――」
一さんの掛け声に合わせて皆がそれを何度も繰り返し行う。なにこれ。教祖にマインドコントロールされた新興宗教団体みたいな様相を呈してしまった。どうやら教祖にマイコンされていないのは私と
「どうです? これだけやっても何かおかしな点に気付きませんか?」
おかしな掛け声を止めたおかしな人がおかしなことをしていた全員の顔を見ながらおかしなことはないかと訊ねている。あ、やめて、こっち見ないでおかしさが
「た、たしかに、これじゃあ自殺なんて出来っこない……」
五識さんが呟く。五識さんの言葉に満足したのか、一さんは「ようやくお気づきになりましたか」と言って嘆息する。そして答え合わせをするように説明する。
「良いですか皆さん。今試して分かったように、ナイフで自らの胸部を刺そうとすると逆手じゃ力が入れ辛いんですねー。たしかに腹部を刺す時なら逆手のほうが力を加えられる筈です。ですが、二舘さんは何故か逆手で握ったナイフで腹部ではなく胸部を刺して絶命していた。……おそらく犯人は某探偵漫画で人を刺殺した犯人が被害者に刃物を握らせて自殺を図ったかのように偽装した回を読んでいらしたんでしょうねー。その回で犯人は被害者に順手で刃物を握らせてしまったことから他殺だったことが露呈してしまった。その時のことを思い出して大して深くも考えず、逆手で二舘さんにナイフを握らせてしまった。そういうことでしょうねー」
誰とも目を合わせないまま、一さんはそう説明した。私は感心した。なんかちょっと探偵モノっぽいノリになってきたからだ。本当は当てずっぽうで他殺だと決めつけていたんじゃないかと勘ぐっていたけど、伊達に一さんも一国一城、探偵事務所の所長をやっているわけじゃないんだ。まあ、事務所のリース代を実の父親に振り込んでもらっているというのは誰にも言わないほうが良いだろうし、未だにお小遣いを貰っているのも内緒にしたほうが良いだろう。大人になったら勝手に大人になれると思っていたけど、どうやら違うらしいと一さんに出会って教えられたのだから、それについては感謝しないといけない。そんな見た目は大人、中身は子供な迷探偵は得意げにフフンと鼻を鳴らしたあとで、
「つまりこれは、れっきとした殺人事件なんでし!」
といいとこで噛んでみせた。うん。最高にダサい。
「つまりこれは、れっきとした殺人事件なんでし!」
何故二回言ったのか。そして二回言ったにも関わらず何故また噛んでしまったのかは誰にも分からない。けれど、この事件が二舘さんの自殺でないことはここに居る全員にも分かったようだ。
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