一言探偵の一言
nikata
第1話
「「ちょっと一言よろしいでしょうか」
「こ、こんな状況でどうして貴方はそんなに落ち着いて居られるんですか!」
宿泊客の一人、
少しの沈黙の後、世間話でもするような軽い口調で一さんは三枝さんの問いに答える。
「冷静でなければ探偵は務まりませんよ。こと、殺人現場に居合わせた探偵なら尚更ね」
殺人現場。そう。今私たちの居るペンションニカタは殺人事件の起こった現場なのだ。しかも、あろうことか殺害されたのはペンションオーナーの
また一人、この世界からイケメンが居なくなってしまったからだ。
長身で色白、背が高く整った顔立ち。長めの髪も決して不快な印象はなく、寧ろ何処かの貴族の末裔と言われても信じてしまうほどの相貌。そして、なにより陰キャでメガネ女子の私に対してもとても紳士的で優しかったのに!
本当なら夕食を終えたあと、二舘さんと二人きりでこのペンションの外に広がる孤島を散策する予定だったのだ。そして私は二舘さんに誘われて満点の星々が見守る砂浜で生まれて初めてタイムリーランデブーする筈だったのに! いや、犯人の野郎マジで許さん! 捕まえたらどうしてくれようか。
左胸にナイフの刺さった二舘さんを二階の寝室のベッドに寝かせたまま、私たち宿泊客と従業員の計七人は一階にあるリビングに集合した。それが今から五分ほど前のことだ。階段を降りる際、一さんは私にだけ聞こえるように「あれは明らかに他殺ですねえ」と呟いていた。その種明かしが今から公然と披露されようとしていた。
「ちょっと待ってください! 二舘は……、二階堂オーナーは自殺したんじゃないんですか!?」
リビングの端で一さんと三枝さんのやり取りを聞いていた使用人の
「自殺? 七瀬さんは何故二舘さんの死因が自殺だと思われたのですか?」
一さんは七瀬さんの顔を見ながら本当に不思議そうに首を傾げる。見様によっては人を小馬鹿にしているような仕草にも見えるけど、一さんは至って真面目だ。
「な、何故って貴方本気で言ってるんですか!? オーナーは自分自身でナイフを胸に刺して死んでいる状態だったんですよ!? 自ら命を絶ったのは誰がどう見ても明らかじゃないですか!」
七瀬さんは感情的に捲し立てる。第一発見者の彼女は二舘さんの死因が自殺ではなく他殺だった場合、真っ先に容疑者として疑われるであろうことを理解しているからか、懸命に他殺の線を否定する。
「僕も彼女の意見に賛成だ。あれは明らかに自殺でしょう」
七瀬さんを宥めながらそう主張したのは五識さんだった。五識さんは七瀬さんの正面に回り込み、彼女を庇うようにして一さんの正面に立つ。その瞳は一さんに対して明らかな敵意を向けている。五識さんのその姿からはどことなく七瀬さんと親密な関係であるような気配が窺えた。とても今日が初対面の二人には見えない。その様子を見て一さんが、はあ、と深く嘆息する。
「お二人が何を持って二舘さんの死因を自殺だと主張されているのかは分かりかねますが、普通に考えて人は自殺をする時、あんな不自然なことにはならないんですよ。そうですよねえ、
そう言って一さんが振り向き、私に同意を求める。私は首肯して、
「一さんの言う通りです。あれは自殺ではなく他殺で間違いありません」
私はズレてもいない眼鏡をクイッと上げながら、助手らしく一さんに同意する。ただし、どうしてあれが他殺なのか、私は全く分かっていない。なんとなくこの場のノリでつい一さんに同意しただけにすぎない。探偵モノの助手がいつもいつも優秀だとは限らないし、陰キャだからといって空気が読めないわけでもないのだ。
「そこまで仰るなら説明してくださるかしら。どうしてあれが他殺だと思うのかを」
ぱっと見PTAの会長をやってそうな四間さんが私を見ながら眼鏡をクイッとしてみせる。本場の眼鏡クイっだ。いや、本場の眼鏡クイってなんだ。それはともかく、是非とも私も四間さんの言うその説明とやらを一さんに聞いてみたい。一さんが無精髭の生えた顎に手を当てて、フムと頷く。そして、
「良いでしょう。八重花ちゃん。皆さんに説明してあげてくださ「え、私ですか?」」
食い気味に私は一さんに訊ねた。なに言ってんのこの人。助手といっても雇われバイトの私に分かるわけないのに。私の顔を見て不思議そうに一さんが小首を傾げる。そんな顔で私を見るな。リアルに馬鹿にされてるみたいでムカつく。
「どうやら僕たち以外の方々はまだ気づいていないようですから。八重花ちゃんの口から二舘さんのご遺体の矛盾点について教えてあげてください」
あ。これヤバい。ヤバいヤバい。今更分からないって言えないパターンじゃない? 私は脳をフル回転させる。そして、
「なるほど。分かりました。そういうことなら私から皆さんにご説明させていただきます。……でもその前に、一度夕食を取ってからにしませんか?」
私は至極真面目な顔でズレてもいない眼鏡をクイッとさせながら言った。場の空気が氷点下を振り切って絶対零度まで下がった気がした。
「ば、馬鹿にするのも大概にしてください! こんな状況で食事が喉を通るわけ無いでしょう! よくそんな清ました顔でサイコパスみたいな提案ができますね!」
三枝さんが激昂する。一さんが、まあまあと怒り狂う三枝さんを宥める。
「優秀とはいえ八重花ちゃんはまだ十九歳の育ち盛りなんです。色気より食い気なんです」
一さんが弁解する。殺人事件の何処に色気を感じているのかは分からないけど、それはきっと一さんがサイコパスだからだ。
「仕方ないのでお腹が空いて力の出ない八重花ちゃんに変わって僕が説明しましょう。二舘さんのご遺体の不審な点を」
そう言って一さんはリビングの中央をゆっくりぐるぐると回り始めた。
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