第18話

 ビャクがケンジの鍛錬を始めて1ヶ月が過ぎた。ケンジの成長の早さに驚きつつ、鍛錬の内容をより濃いものに修正しつつケンジの様子を伺っていた。


「ケンジ、おはよう。今日から少し鍛錬の内容を変えてみようと思う」


「ビャク! おはよう。鍛錬の内容を変えるの? 次にどんな事をやるのかな? 楽しみだな〜」


「以前と比べて体力も付いてきたし基礎トレーニングだけでは飽きてくるだろ? 今日からはスキル“体術”を伸ばしていく。私の体術の型を一つずつ覚えていってほしい」


「わかった! よろしくね、ビャク!」


 ビャクはまず二つの型をケンジに見せながら覚えさせていく。一つは歩法、足の運び方や上半身との連動のさせ方等の基本的な歩法。もう一つは拳を使った型で、手や腕の力で打つのではなく身体全体を使って打つパンチを教えた。


 その後も、ケンジの習得スピードに合わせて全部で五つの型を教えた。どの型もケンジは私の想像を越えるスピードで身につけていった。




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 ケンジに体術の基本となる型を教え始めて約3ヶ月。最近では、基礎練の後に私と手合わせをしているのだが、稀にケンジの拳が私に届きそうになる事がある。基本的な型や歩法を覚えただけの人間の動きを遥かに上回る動きで、私との模擬戦を弱音も吐かずに何よりも楽しそうに行ってくれる。


「ケンジ! ちょっと相談があるから来てくれ」


「わかった! ちょっと待っててね……相談って何? 鍛錬の内容を変えるの?」


「いや、ケンジもこの数ヶ月でだいふ戦えるようになってきた。だけど鍛錬ばかりでまだLv1のままだろう? そろそろ魔物との実戦を経験した方がいいと思って、レベルも上げれるしな。どうだ?」


「ビャクの言う通りいつまでもLv1のままじゃ駄目だなって考えてたし、ビャクが居てくれたら魔物と戦うのも安心してできるよ! 魔物とはいつから戦う予定なの?」


「今から戦いに行こう。こういうのは先延ばしにしても良くないからな、私も一緒に着いていくし気をはりすぎないようにな」


 ビャクと子供、僕の三人で森の奥に進んでゆく。ある程度森を進んでいると、ビャクが耳をピコピコと動かして右手をあげる。小さい声で「はぐれたオークを見つけた。誘き寄せるからケンジ一人で倒してみろ」と伝えてくれる。……こちらの世界に転移してきて、今から初めて魔物と戦闘をする。僕の手と足は少し震えていた。恐怖からくる震えか、武者震いなのかは分からないまま。


 ケンジは静かに息を整え、構えを取る。半身になり左脚を前に置く。両腕はだらんと垂らして、全身を脱力する。一見構えているようには見えない……が、これがケンジ流の構えである。


 ケンジは己の体内に精密にコントロールされた魔力を循環させる、指の爪の先、髪の毛の一本に至るまで魔力の循環を終えると、ケンジは臨戦態勢に入る。この一連の動作に掛かった時間はわずか1秒足らず。急激な魔力の高まりに気づいたはぐれオークがこちらに寄ってくる。……そして、ケンジに気づいたオークが雄叫びを上げながら臨戦態勢に入る。


「ブ!!ブモォォォォオオ!!」


「…………こいつがオークか………………殺す」


「ブモォォォォオオオ!!!!」


 ケンジの呟きを挑発と感じ取ったオークは、怒りを顕にしながら勢いよく突進してくる。ケンジには突進してくるオークが、娼館の初日に相手をした貴族の女性に重なって見えた。


「……殺す。お前を殺して、僕はもっと強くなる!!!」


 ケンジは身体に循環させている魔力に殺意を乗せる。自分の魔力がさらさらの水から、粘り気のある血液のように変わるイメージで殺意で魔力を変質させる。


 オークの突進に遅れて、ケンジが全力で駆ける。オークの丸太のような腕から繰り出されるパンチを、下に潜り込むようにして何とか躱してカウンターのアッパーを放つ。


「くっ……オラァァァ!!」


 ケンジのカウンターはオークの顎に当たったが、それだけではオークは倒れない。オークは魔物の中でも体力が多く、厚い脂肪のおかげで打撃が通りにくい。今のケンジには少し相性が悪い相手だった。


 打撃が効きにくい事を改めて実感し、ケンジは対策を考えるためにほんの僅かオークから意識がズレた。その隙をオークが逃さないわけなかった。オークが前傾姿勢になり、まずい!と思った時には遅かった。


「ブヒィィィイイ!!!」


「ぐわぁ!? ……くっそ、やられた」


 オークのタックルをまともに食らってしまう。タックルでケンジの脳が揺れる。意識が遠くなる……

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