第17話

 ケンジは朝日の眩しさで目を覚ました。ふかふかの草のベッドから身体を起こすと、ふといい匂いが漂ってくる。匂いの元を辿ると一人の女性が料理を作っている。肩に付かない長さに整えられた白銀の髪に少しだけ朱色のメッシュが入っていて、細やかな模様がある綺麗な着物姿の女性だ。


「……? …………もしかして、ビャク?」


「ん? おはようケンジ。よく眠れたか?」


「うん。体調も随分よくなったよ……ほんとにビャクだよね? びっくりだよ」


「元の姿のままだと色々不便かと思ってしばらく人型で過ごすことにしたんだよ。昨日一言言っておけばよかったな」


「着物すごくビャクに似合ってるよ。雰囲気でビャクだっていうのは薄々分かったんだけど、人型のビャクが綺麗なのにもびっくりしちゃった」


「おだてても何もやらんぞ? さぁ、朝ごはんにしよう。鶏肉を使ったスープを作ってみた、ケンジの口に合うといいが」


「ありがとう。スープ凄くいい匂いがしてるよ、僕お腹すいちゃった! 早く食べよう!」


 ビャクの作ってくれたスープをビャク、子供の狐と僕の三人で食べた。ビャクはああ言ってたけれど凄く美味しかった。何杯もおかわりしてしまった。


 朝食を済ませた後、ビャクと今後の予定を話し合った。まず初めに僕の肉体の鍛錬が必ず必要だ。僕の職業やスキルを最大限生かすには、肉体をしっかり作った上で鍛錬をしないと意味が無いとビャクに説明されたし、僕自身もそう思う。


 その次に大事なのが魔力に関する知識と扱い方を覚えること。魔力への理解が有るのと無いのとでは同じスキルを使った時の差が出てしまう、スキルの威力や魔力の消費量、相手の魔力量を把握するといった応用力など内容は多岐に渡る。


 ビャクと話し合った結果、午前中は肉体の鍛錬をして午後から魔力に関することを教えて貰う時間に当てることになった。ビャクはずっと人型のまま僕に色々な事を教えてくれた。鍛錬を日々行う中で、僕の魔力を感知する力と操作する力に気づいたビャクに、牢屋にいた時のことを掻い摘んで話した。


「まずはケンジの肉体を強くするところから始めるぞ。……これを渡しておく。これはケンジ用に作った鍛錬のメニューだ、当面はこのルーティンでこなしていったらいい」


「わぁ! ビャクありがとう! 僕、頑張るよ! よーし、がんばるぞ!」


 ビャクの考えてくれたメニューは

・ストレッチの後、ランニング(ビャクの巣の周り)

・上半身の筋トレ(腕、背中、腹)

・下半身の筋トレ(尻、腿、脹脛)

・ビャクの子供と本気の追いかけっこ


 これを毎日、体力の限界まで行っていく。負荷が足りないと感じた時は、ビャクが魔術を使って全身に少しずつ負荷を掛けてくれる。一番キツいのは、ビャクの子供との追いかけっこだ。障害物が多く足場の悪い森の中で、ビャクの子供は縦横無尽に駆け回っている。そんな子供から逃げるのも、追いかけるのも大変で、木の根っこに躓いて何度もこけながら追いかけっこをしていた。


 午後からは、魔力について教えてもらう。自分の身体の中で魔力をゆっくり循環させながら、魔力が何処から来たのか、魔力を使って出来ることや基本的な知識を学んでいく。ビャクの話を聞きながら魔力を循環させ続けるのはかなり集中力が必要だ。


 

 ケンジが、午前は身体を鍛えて午後から魔力を学ぶルーティンを始めて1ヶ月程経った。ケンジの持つスキル“体術”と“魔力支配”をそれぞれで意識しながら鍛錬をしたおかげか、たった1ヶ月とは思えない程成長した。


 身体は、余分な脂肪が落ちて少し筋肉質になってきていた。魔力を操作する精度や魔力を身体の中で循環させるスムーズさは見違える程上達していた。


 ビャクは、ケンジの成長スピードが予想より遥かに早く、表には出さないがかなり驚いていた。スキルを併用して鍛錬すると効率が良いのは知っていたが、ケンジのそれは余りにも早い。特に魔力の扱いに関していえば王国の騎士や魔術師を上回るとビャクは感じていた。これは“才能”で片付けて良いのかと疑問に思うところはあったものの、明確に説明できる事が現状出来ないのも事実。


 ケンジの鍛錬を続けていく中で見極めるしかないと、ビャクは今まで以上にケンジの鍛錬に力を入れる事になる。

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