第12話
「竹内有樹殿。
仙台支社事業開発グループ、次長を命ずる。」
「拝命致します。」
お前から辞令貰うってコントじみてるわ、史郎。
っていうか、俺と俺以外で、辞令式、分けるんじゃねぇよ。
「ま、辞令式はついでなんだよ。
この時間使って、済ませちゃっただけ。」
ほんとに31歳で支社長様だもんなぁ。
先例遡ったら財閥解体期くらいまで余裕で行くわ。
とんでもねぇ奴だよ、お前、マジで。
「肩書き次長だけど、グループ長待遇みたいなもんだから。
秘書もつけたしさ。」
おい史郎。
ふつう、グループ長つき秘書だって珍しいのに。
ってか、学生時代みたいなしゃべり方すんなよ、気味悪い。
童顔つったってオーダースーツ板についてる時点で無理無理だわ。
市役所と公園見下ろしてる学生がいるわけねぇだろが。
「ま、真面目な話、戦力は多いほうがいい。」
それは否定しない。
内憂外患だからな、俺らは。
史郎も、嫉妬集めまくってるし、なにしろ
「詳しい話は明日またするから、
今日のところは、秘書と仲良くやってくれ。」
なんだそりゃ。
次長、ねぇ……。
課長でも呼ばれ慣れてなかったのに。
まだ31だぞ、俺。
だいたい、次長に秘書なんているわけねぇだろう。
次長なんてラインの職責じゃないんだから。
次長秘書、それも支社の31歳の次長に仕える秘書って聞いたことねぇぞ。
史郎の奴、どういうつもりだよ。
ま、あと、あとだわ。
んー?
これ、グループ長用のパーテーションルームじゃね?
次長なのにグループ長待遇ってのはホントなのかよ。
前の事業開発グループ長が取引先にキックバック要求してんのバレて
監査対象になったってのは聞いてるけど。せめてバレないようにやれっての。
あ、部屋入るなり、頭下げてくれるな。
この人が秘書さんか。なんか悪いわ、若造相……
切れ長の目、少し太めの眉、高い鼻。
少し濃い目の……
「遠山、聡子です。」
さと、こ……っ
「次長秘書を拝命致しました。
お引き立てのほど、何卒よろしくお願いいたします。」
え、は、はぁっ!?
聡子、おま、お前っ!!!!
「あはは、驚いた?」
「驚くわっ!!」
「入江と離婚したら、金、ないなって思って。
慰謝料入ってくるまで時間かかるし、入ってくる保証もないし、
家には頼れないから、史郎君に相談したら、
嘱託待遇プラスαで良ければ、この仕事あるぞって。」
そ、そんな話通じるかっ!!
「支社長の権限、大きいんだよ。
本気でやろうと思ったら大抵のことはなんだってできちゃうって。
総務本部も通してるって言ってたよ、史郎君。」
ば、ばかな……。
明治以来の名門四葉商事で、白昼堂々こんな私物化が断行されるなんて……。
「働かせたくなかった?」
……いや。
「有り難いよ。
最初から、こうしてりゃ良かったんだよ。」
遠山を憚ったから。遠山を気にしすぎたから、和解の道を残そうとしたから。
最初から、戦う相手と分かっていれば、いくらでも戦いようがある。
柚葉のことを考えた時と、同じように。
「そっか。」
聡子を、近くに感じる。
昔の薫りがするせいか。
そうだ。
あの時、言えなかった、言わなきゃいけなかったことが。
「聡子。」
言えるとは、思わなかった。
一生、切れてしまったと思っていたから。
「……うん。」
言っておかなければ。
聡子のために。そして、あの頃の俺のために。
「俺たちが別れたのは、お前のせいじゃない。」
「!」
ジムに籠もった時も、所長の技術話を聞くフリをしてた時も、
新幹線で車窓を眺めていた時も、思い返しては考えた。
何度考え直しても、答えは、同じだった。
「史郎は、お前が世間知らずな馬鹿だと思っていたようだが、違うぞ。」
生真面目な女子が、厳格で、暴力的で、冷酷な父親に逆らうのは、不可能だ。
聡子は、幼い頃から、毎日毎日、インプリティングされちまっていた。
父親に逆らうなど、ありえないことだと。
まして、異母姉が受けていた仕打ちと、転落の有様を目の当たりにしていれば。
学生結婚は、22歳の聡子なりに考え抜いた、切り札だったはずだ。
厳格な親であれば、初婚に重きを置いている筈だと。
それが、何の歯止めにもならないと分かった時の、
聡子の絶望はどんなに深かっただろう。
「もう一度、言う。
お前のせいじゃ、ない。」
中学、高校、大学の進路まで逐一決められてた聡子は、
離婚を経験しない限り、一生、父親に逆らえなかっただろう。
実像以上に強大さ見せつけ続けていただろう父親を、
過剰に恐れていたとしても、無理もない。
聡子は、異母姉が受けていた仕打ちから、俺を、守るつもりだった。
社会から切り離されていた24歳の聡子にとって、
どんなにか、悲壮な決意だったろう。
犯人は、
聡子じゃない。俺ですら、ない。
今にして思えば、俺との離婚は、
聡子の自立のためには、必要なことだったのかもしれない。
俺はもう、絶っ対許すつもりないけどな、あの糞爺。
「………。
それ、だけ?」
ん?
「ああ。」
あとは、逢えて良かった、くらいしかないぞ。
「……そっちじゃないほうも、欲しかったんだけどな?」
んん??
「……なんか、ほんと、有樹らしいよ。
ま、いっか。
……その、ありがと。」
「あ、あぁ。」
「……ふふ。
私も、柚葉ちゃんから奪い返さないとだから。
史郎君にも焚きつけられちゃったしね。」
は?
「こっちの話よ。
どうぞ宜しくお願いしますね、次長さん?」
あ、あぁ……。
ってか、聡子、心持ち、若返ってる?
あ、化粧、学生の頃にちょっと近いから……
……え。
いま、俺、柚葉と住んでるんだけど……
い、いや。
ち、ちょっと、待て……。
( 「聡子叔母さんから、有樹さんを。」)
柚葉は、俺が、聡子とヨリを戻したと思ってる。
ホテルのジムで史郎とのやりとりを聞いていたはずだが、
柚葉は史郎を妙に警戒していたから、
誤解を解くに至らなかったのかもしれない。
(「私も、柚葉ちゃんから奪い返さないとだから。」)
聡子は、俺が、柚葉と付き合っていると思ってる。
血縁関係のない男女が、一年近く一緒に住んでいれば、
客観的には、分からなくもない。
俺がいくら「違う」、と言っても、
聡子は(そして史郎も)聞く耳を持ってはくれまい。
その上で。
柚葉も、聡子も。
略奪愛を、俺に宣言してきてる。
どちらかに告白し、どちらかに誠実に別れを告げれば、
争いには、ならない、はずだ。
ふつうは。
でも。
この、場合。
どちらかに告白をしても、もう片方は……
(「わかってた。」)
(「……だから?」)
……余計、燃えてしまうことになる、って……。
こ、これ……
ほ、ほんとにどうすりゃいいんだよっ!?
妻を上司に寝取られた俺は、左遷先の街で姪っ子? を育てる
完
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