第11話


 「仙台だ。

  おめでとう、栄転だな。」

 

 所長、満面の笑みだよ。

 本当に裏の分からない、技術一筋のお人だよ。

 内示がこの早さで出る人事の異常さ、少しは考えてくれよ。

 

 「ありがとうございます。」

 

 「難しい場所と聞いているが、お前なら大丈夫だろう。

  萱平に来たら、是非顔を出して欲しい。」

 

 あるのか、そんな機会。

 仙台支社、技術系と全然関係ないだろうに。

 

 「喜んで。」

 

 

 「失礼致します。」

 

 がちゃっ。

 

 ふう。

 話、ほんと長いなあのオッサン。

 ま、悪い人じゃないんだけど。

 

 オッサン、か。

 オッサンになっちゃったんだな、俺も。

 

 「竹内君。」

 

 あれ、柏木さん。

 所長室に用、あったのか。

 

 「少し、よろしいですか。」

 

 「はい。」

 

 「こちらに。」

 

 第三会議室、か。

 廊下の立ち話で済ませられる話じゃないってか。

 あ、ブラインド閉めちゃった。せっかくの青空なのに。

 

 「仙台の件、おめでとうございます。」

 

 「ありがとうございます。」


 真黒甲の縁が、きらっと光った。

 

 「柚葉さんの件、承知していますか。」

 

 来た、か。

 

 想定はしていた。

 聡子の話を、聞いた時から。

 腐っても、あのオトコの孫に当たってしまうのだから。

 

 「承知しております。

  今度は、失敗致しません。」

 

 想定していなかったから失敗した。

 想定していれば、いくらでも躱しようがある。

 いくらでも戦いようがある。いくらでも、助けを求めようがある。

 

 そもそも、今更言えた義理じゃないだろうが。

 父親に暴力振わせたまま放置して、

 高校中退させて、バイトクビにさせて、ヤクザに襲わせて、

 柚葉を90キロ近くまで太らせた爺の分際で、

 いまさらどのツラ下げて俺に楯突こうってんだ。ふざけんじゃねぇぞ。

 

 「……ふふ。

  分かりました。私も影ながら支援致しますよ。」

 

 え。

 

 「萱平にいらっしゃったら、顔を出して下さい。

  歓迎致します。」

 

 「は、はい。

  そうさせて頂きます。」


 やばい、躯、震えた。

 場末の研究所の、退職する人なのに。


*


 ……はは。

 緊張、してやがる。


 聡子の時には、こんなこと、なかったのに。

 

 「……柚葉。」

 

 「……なに?」

 

 BMI値、26.0。

 肥満1型、ギリギリの水準。

 Lサイズが、モコモコのピンクのセーターみたいな

 ゆったりした服なら、ギリギリで入る。

 

 腫れぼったかった瞼に、二重が戻って。

 顎に巣くっていたゴルバチョフ氏は小さくなって。

 頬の口角も、少しあがって。

 ぽっちゃりと呼ばれなくなるのは、時間の問題で。

 

 30代の男性が、10代の女性と結ばれる可能性は、ほとんどない。

 今や、手放すべきものかもしれないのに。

 聡子の親が糞爺であっても、孫には手酷くないかもしれないのに。

 

 「内示が出た。

  俺は、仙台に行く。お前も来るか。」

 

 一気に、言い切った。

 

 「ぇ。」

 

 やっぱり、ダメか。

 嫌なことがあったとしても、親しんだ土地のほうがいいか。

 

 「……いい、の?」

 

 ん?

 

 「わたし、太ってるし、頭、悪いし、

  仕事もできないし、毎日、遊んでるだけだし、

  気の利いたことも言えないし。」

 

 「かもしれんな。」

 

 「あ。

  ひどいな、おじさん。」

 

 「思ってないんだろ? そんなこと。」

 

 「……まだ、思ってるよ。」

 

 「じゃあ言ってやる。

  BMI値上、もうすぐデブじゃなくなる。

  高卒認定を受けた。馬鹿じゃない。

  

  人の話をしっかり聞いて行動して、成果を挙げられる。

  だから、仕事はちゃんと出来る。

  でも、いまは仕事する時じゃない。

  

  柚葉。

  仙台で、大学に行け。」

 

 「え。

  で、でも。」

  

 「二期だ。」

 

 「……?」

 

 「俺は、四年、仙台にいるから。」

 

 これが、史郎に出した付帯条件。

 史郎は間違いなく、二年で東京に戻る。

 異例づくめの腰掛け仙台支社長。膿を出し終えたら戻って、

 本社の次長、いや部長級か、海外の大きな子会社を仕切る側になる。

 

 (それを定着させ、軌道に乗せる。

  そのために、もう一期分、俺を居させろ。)

 

 たぶん、気づいたな。

 史郎、実利が絡むと、早いからな。

 

 「柚葉。

  お前が、遠山の血を引いていたとしても、

  俺が、ちゃんと守る。」

 

 「!」

 

 聡子の分まで。

 聡子が、できなかった分まで。

 

 「お前が、自活できるまで、

  俺が、傍にいてやる。」

 

 そこから先は、柚葉の選択だ。

 選択肢は、広くあるべきだ。

 インプリティングされただけの相手から、羽ばた

 

 ……っ!?

 

 ゆず、は……?

 い、いまの、は

 

 「……わかった。

  行くよ、わたし、仙台に。」

 

 「あ、あぁ……。」

 

 「おじさんの……

  有樹さんの、傍に、いるから。」

 

 っ!?

 

 ま、まだ丸いのに。幼いのに。

 そ、そりゃ、法律上、成人、してっけど。

 

 「わたしが、そう、したいから。」

 

 「そ、そうか。」

 

 はは。

 あはは。

 

 考えるまでも、なかったんだ。

 18歳は、ちゃんと、大人なんだ。

 

 「安心して。

  国立に行くから。」

 

 「あと一ヶ月でか。」

 

 「時間だけは、たっぷりあったから。」

 

 ……しっかり、考えてたのか。

 俺が仕事してる時に、ちゃんと、やってたのか。

 本当、子どもじゃ、ないんだな。


 ……子どもじゃ、ないな。


 まだ、L寸がギリ入るだけだけど、

 リズム感が疑わしい段ボールの中の人に鍛えられたので、

 身体のラインは、恥ずかしくはなくなってる。

 胸は脂肪の塊だから、バストはいまのままでも問題ない。


 って、何言ってんだ、姪っ子相手に……

 だから、姪っ子じゃないんだっての。


 「有樹さん。」

 

 ぶっ!?

 

 「な、なんだよ急に。」

 

 「ううん、言ってみただけ。」

 

 ま、まずいな。まだ丸いけど、まぁまぁ、可愛い。

 若さと、純粋さの詰まったつぶらな瞳の眩しさにドキッとさせられる。


 丘屋の美容室は東京より劣るが、ギリ11号でも見られる程度には仕上がってる。

 うまく痩せたら美麗になるバランスだ。合コンで5人中3人が声をかけるような。

 そりゃ、聡子の遺伝子と近いわけだし。系統だいっぶん違うけど。

 だから姪っ……もう姪っ子じゃないんだっての。

 

 「わたし、奪ってみせるから。」

 

 「な、なにを?」


 「、有樹さんを。」

 

 ……は?

 

 「まずは、9号入ってからかな。」

 

 え。

 あと10キロは痩せないとだぞ?

 受験勉強、太るベクトルだと思うが。

 

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