第8話


 向き合う、か。

 聡子と向き合う、って、どうやるんだろうな。

 横に並んで体幹ゲームをやるってわけでもねぇだろうし。

 

 身体を合わせても、心まで通い合うわけじゃない。

 百戦錬磨の入江のほうが、身体あしらいは上手かったはずなのに。


 分からんな。

 やるべきことしか、してこなかったから。

 

 やるべきこと以外では、柚葉を匿ったことくらいか。

 もう、匿う必要、ないのかもしれないが。

 

 はぁ。

 都心から近いのはいいけれど、

 丘、登んないといけないっていうのは不便な場所だよな。


 体幹ゲームのお陰か息切れはしなくて済んだけど、

 めんどくさいことには変わりない。

 周りなんもないから、ホテル内の高いやつ買わされるし、

 自腹に優しくはないよなぁ。


 GHQで時代が止まったような外観。まぁ、静かでいいんだけど。 

 いまどき、カードキーじゃなくて、ふっるい鍵タイプってのもな。

 東京のほうが、萱平よりも古い場所もあるっていう。

 やれやれ。ま、いいか。ちょっと重たいだけだしな。

 

 えーと。

 えーっと。

 

 ああ。

 この部屋番号だわ。502号室。

 3日間は覚えてないと。

 

 がちゃっ

 

 『!?』

 

 え。

 

 柚葉と……

 え? 


 

 「……聡、子?」

 


 「……久しぶりね、有樹。」

 

 あぁ。

 聡子だ。

 

 五年ぶり、くらいか。

 離婚した時以来ってことか。

 

 「ああ。」

 

 どうして、って、史郎あたりが手を廻したんだろうな。

 俺から連絡することがないからって。余計なお世話だよ、図星だけど。

 

 聡子。

 切れ長の目、少し太めの眉、高い鼻。少し濃い目の紅。

 

 髪、長くなって、服も金、かかってて、綺麗になったけど

 ……老けたなぁ。


 そりゃそうか。

 俺と同じで、30、超えたんだもんな。

 眼元の皺、隠せてないわ。

 

 ……いや、老けただけじゃないわ。

 疲れてる。撮影後に干からびたモデルみたいになってるな。

 いい化粧品、使ってる筈なのに。薫りも、なんか違うし。


 ……無理もないか、ゴルフクラブだもんな。

 ぱっと見、傷、見えないけど、大丈夫なのか。

 

 「柚葉ちゃん、連れてきたのね。

  体型変わっちゃっててびっくりしたわ。」

 

 む。


 「馬鹿言うな。

  相当頑張って痩せたんだぞ。前は90キロ近くあったんだから。」

  

 「!?」

 

 「え、嘘……。

  ……相変わらず、デリカシーないのね、有樹。」

 

 「デリカシーないのは聡子のほうだぞ。

  柚葉の父親の話、聞いてるだろ。」

 

 「ええ。

  まさか、貴方の元にいるとは知らなかったけど。」

  

 「たまたまだ、たまたま。

  お前に知らせる義理もないだろ。前妻なんだから。」

 

 「バカねぇ。

  柚葉ちゃんが気を使ったのよ。」

 

 「俺にか?」

 

 「そうよ。

  ……あとは、私に、かな。」

 

 ?

 

 「柚葉ちゃん。

  お留守番、できる?」

  

 「う、うん。」

 

 柚葉、もう成人してるんだけどな。

 中学前から知っているから、か。

 

 「気を使って外へ出てもダメよ。

  帰ってこられなくなるだけだから。」

 

 あ、驚いてる。

 ……柚葉のこと、良く分かってるってことか。

 

 「……いいのよ。

  そんな気、廻さなくても。」

 

 「だ、だって。」

 

 「このホテル、個室の天ぷら屋さんあったわよね。」

 

 「相変わらず贅沢だな、聡子。」

 

 「じゃあ街まで降りるの?

  タクシー代、ワンメーターすらケチる貴方が。」

 

 ……俺のこともよくわかってやがる。

 

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