第7話


 手入れされた緑が、やけにくっきりと見える。

 直立する白亜の建物が周囲を睥睨している。


 いつもの風景。

 俺の中で、失われたはずの日常。

 

 「ゲストパスをお願い致します。」


 あぁ。

 俺、外の人になってるんだっけ。

 参ったな。色々、思い知らされる。

 

 「承知致しました。」

 

 赤いネックストラップにGuestの打刻。

 、恥かかせやがって。

 だいたい、今日終わるなら、一泊二日、いらんだろうが。

 

 

 「出産前の勤務評価に従って手当を上乗せ、か。」

 

 「気持ち程度、ではございますが。」

 

 気休めのインセンティブ。

 女性社員複数の提案の最大公約数化。

 

 「公平性を欠く運用だと不満が生じませんか。」


 想定問答通り。


 「おたずねの件は評価制度一般に言えることであり、

  評価制度自体の運用の透明性を確保することが解決策になるかと。」

 

 「出産が分かった後の評価、ということだと、

  母体に無理な影響が生じることはありませんか。」

 

 これも想定問答通り。

 

 「原則として過去三年間の評価を基準と致しますので、

  駆け込みの影響は避けられるかと思います。」


 お気持ちくらいなんだから、あまり騒ぐな。

 と言いたいが、こんなことが柔軟にできるのは、

 50人規模の研究所で、当座、対象になりそうなのが2~3人くらいだからだよな。

 顔が見えるからできちゃうこと。

 二人とも真面目そうな娘だったし、なんつっても田舎の出来事。


 「小規模研究所ゆえの制度のところもございます。

  一般制度化の検討にあたっては、別途考究すべきところもあろうかと。」

 

 「組合とも協議しなければならんしな。」

 

 研究所、組合に当たるもんがないもんな。労働者代表との協議だけで済む。

 これで文句出ないのは本社より少し手厚め慣行だから。この件も上乗せ話だし。

 

 「分かった。

  貴重な時間を割いて頂き感謝する。」

 

 総務統括本部長、道端取締役。生え抜き組の親玉。

 の身元保証人か。

 

 「ご多用のところ発表機会を頂き恐縮です。」

 

 呼びつけたのはお前らだけどな。


*


 「有樹。

  お前、随分如才なくなったな。」

 

 うわ、お高いねぇ。大手町は物価が高いよ。

 ちょっと頼むと昼食だけで2500円。食卓料じゃ足んねぇなぁ。

 俺の昼代、いま250円くらいじゃねぇかな。なんせ自炊だし。

 

 「前の有樹なら、事前に送付した資料見とけ、

  俺の時間無駄にすんな馬鹿、みたいなこと言ったろう。」

 

 徹夜続きでイライラしてたからな。デパ●も効かなくなってたし。

 今? 18時はじまりで柚葉と体幹ゲームしてるから、全然要らない。

 

 「役員面接、合格ってとこだな。」

 

 やっぱりか。コイツほんとこういう奴。

 こっちは別に狙っていったわけではないんだが。


 「それだけ入江氏の株は下がるわけだが。

  同情はしないが、ご愁傷様ってところか。」

 

 ああ、隙のないスーツ姿の史郎がちょっとしか目立たないなんて。

 日本中で大手町だけだろうな、こんなところ。

 31歳でオーダスーツ仕立ててるお前の金の流れどうなってんだ。


 「それにしても、同伴者がいたとはな。」

 

 は?

 

 「おいおい。しっかりしてくれよ。

  社割の施設使ってれば、全部筒抜けだぞ。」

 

 あっ!? し、しまった……。

 そりゃ、当たり前だな。

 金だけ分けたって、物理は一緒だ。なんつってもツインだし。


 「まさか、高校生連れ込んでるとは思わなかったが。」

 

 なんでそこまで知ってるんだ。このゲシュタポめ。

 お前なんか監査部がお似合いだよ。


 ……いいやもう、今更、隠す理由もない。

 

 「聡子の姉の子だよ。」

 

 「そうか。

  なるほど、姪っ子か。」

 

 かつてのな。

 

 「暴力を振ってた親が死んで、

  借金取りに追われてたから、一時的に退避させてる。」

 

 「退避?

  有樹、お前、一人暮らしだろう。」

 

 書類、しっかり確認するよな、史郎って。

 でもって現認はしないタイプな。

 

 「俺が萱平にいる間だけな。

  次、仙台だと思ってたし。」

 

 次の島流し先。確定してたはずのところ。

 

 「ああ。

  ま、正直言うと、その可能性もないわけでもない。」

 

 え?

 お前、俺、東京、引っ張るって。

 

 「こっちが仙台に行くかもしれない。」

 

 は?

 え、史郎、左遷されんの?

 

 「有樹だから言う。

  行くとしたら支社長だ。」

  

 え、えぇ!?

 さ、31歳で仙台支社長!? ありえねぇなんてもんじゃねぇぞ。

 実力折り紙つきのコネ入社って厄介そのものの奴だけど、度が過ぎてる。

 

 「地元系が根、張りすぎてて、やらかし具合が看過できないレベルでな。

  後処理を色々考えると、こっちにお鉢がまわるかもしれないんだよ。

  すっかり健康そうになってる有樹見てると、

  一度離れてもいいかもしれないと思ったよ。」

 

 馬鹿言うな。

 支社長なんて激務そのものだろう。

 

 「お前をこき使うに決まってるだろ。

  同期なんだから。」

  

 そんな同期の使い方、あるわけねぇだろ。

 

 「ま、有樹は聡子さんとちゃんと向き合ってくれ。

  それも査定に入ってるんだからな。」

  

 初耳だぞ、その話。

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