第22話 GW⑥ 二泊三日の旅行(京都編)
『日菜乃、俺と本気で結婚したいのか』
俺は日菜乃にそう訊ねたが、未だに一言も喋ろうとしない。
あの時の言葉は聞き間違いだったのだろうか。いや、寝言なのかすらはっきりしていないのだから聞き間違いとかそういう話ではない。
「……した…い…」
日菜乃の口から何か言葉が漏れた。
「日菜乃、なんて言ったんだ?」
俺は猫を撫でるような優しい声で聞き返した。
「わたし……けっこん……したい……よ」
日菜乃は今度は聞こえる声で答えた。
「やっぱり、この前のあれは本当だったんだ……」
「あの時?」
「広島の旅館でお前が俺に言ったんだぞ?覚えていないのか?」
そう言うと、日菜乃の顔が顎の下から耳の先まで一気に真っ赤になった。
「…わ、わたし、そんなこと、言ったの」
「言った」
「~~~~~~!いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
日菜乃は布団の中に隠れてしまった。
この反応を見る限り、どうやら寝言だったらしいな。
「日菜乃、出て来いよ~」
「無理、恥ずかしくて顔出せない」
「じゃあ、俺も布団に潜っちゃおっと」
「えっ、ちょ、もうやめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
見事に日菜乃を布団から引きずり出す事に成功した。
だが日菜乃の顔はさっきよりも真っ赤で涙目になっていた。
「そんな泣くことないだろ」
「泣いてないもん!」
「そんな顔してよく言えるな」
俺は思わず笑ってしまった。
「うるさい!」
「悪かった、悪かったって」
――さて、そろそろ本題に入らないとな。
「それで俺と結婚したいのは本当なんだな?」
「……うん」
「どうしてだ?」
「悠くんが大好きだから」
「それだけ……?」
「うん、この気持ちさえあれば十分だよ」
相変わらずの日菜乃の単純な回答と考えに俺は頭を悩ませた。
「あのな、日菜乃。お前はまだ高校二年生だぞ?この先にどんな未来があるかは俺にも分からないが、ここでそう簡単に決めちゃって良いのか?」
「……良いに決まってるじゃん。この先、私が悠くん以外の男の人を好きになる事なんて無い。友達一人作れない私にそんな出会いなんてないよ」
日菜乃の言葉が急に重みを増してきた。
「それでお前は本当に良いのか?」
「……いいよ」
小さな声で日菜乃が呟く。
「……日菜乃、涙、出てるぞ」
「……出てない」
「出てる、我慢するな」
「出てない!我慢もしてない!」
日菜乃が声を荒らげた。
ここまで声を荒らげる日菜乃を俺は初めて見た。
「落ち着けって」
「落ち着いてるよ!」
今の日菜乃は何を言っても聞く耳を持ってくれない。
どうすればいい。
「……日菜乃、お前が今後どうしたいか。それだけ聞かせてくれ」
「まず悠くんと結婚する、今すぐにでも。高校はもう行かない。そして子供作る。幸せな家庭作る。それだけで私は良いの、それ以上は求めない」
シンプルな答えだったがハードルは高かった。
日菜乃は十六歳、まだ結婚出来る年齢ではない。だが今は結婚は出来なくとも将来結婚することがあれば日菜乃は家事全般を難なくこなせるからきっといい奥さんになるだろう。
俺も今すぐにでも嫁に来て欲しいと内心思っている。
「でも日菜乃、俺達は法律上はまだ結婚出来ない。どうする?」
「それなら別にまだ結婚しないで同棲という形で良いじゃん。でも高校を辞めるのは変わらない」
「両親にはどう説得するつもりだ」
……日菜乃は黙り込んだ。
「それを答えられないようじゃだめだな。この話は無しだ」
「ち、ちが……」
「何が違うんだ。お前は最初に言ったよな?東京(こっち)に来たのは環境を変えるためだって。それなのにさっきからお前は逃げることばかりを考えている。なのにその理由も満足に答えられないようじゃいつまで経ってもお前はそのままだぞ」
「……悠くんは…私の事が嫌いなの?」
日菜乃が力の抜けた声で言った。
「違う、逆だ。日菜乃のことは好きだ、愛してる。だからこそ頑張ってほしいんだ。高校も辞めて欲しくない。一生に一度の高校生活を楽しんで欲しい、俺はそう思っている」
「でも友達いないし高校にいても意味が無い」
「お前は友達を作る努力をしたのか、まだしていないだろ。お前のコミュ力と明るさならすぐに友達に出来る。それでも出来ないならしょうがないさ。そん時は俺も一緒になって考えてやるさ」
俺は日菜乃に近寄り強く抱きしめた。
「……分かった。私もう少し頑張ってみる」
「ああ、そうしてくれた方が俺も嬉しい」
「でも結婚の話は諦めてないからね。卒業したら絶対に結婚するんだから!」
「それまでにお互いの気が変わらないといいけどな」
俺が冗談半分で日菜乃に言うと、
「それは絶対にない!」
日菜乃は全力で否定した。
一昨日の夜の真相とこれからの方針も決まり、俺達は再び寝ることにした。
明日は二泊三日の旅行の最終日。
日菜乃と最後まで目一杯楽しんで東京に帰りたい。
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