第9話 再就職の結末
「な、なんでみんながここに……?」
俺は驚いて思わず声が裏返ってしまった。
正直、この声を皆に聞かれたのは記憶から消したいほど恥ずかしかった。
「お前が来てるってな、受付の葉月(はづき)が教えてくれたんだよ。今ちょうど全員が会社に戻ってきたところだったんだ。大体の話はドアの前でこっそり聞かせて貰ってたぜ」
兄弟子が状況を説明してくれた。そして皆が社長の前に詰め寄った。
兄弟子が社長に向かって思いの丈をぶつけた。
「社長、月城がいないと俺達はやっぱりだめです。こいつは俺達には無いものを持っています。こいつのおかげで何個の現場が救われたか、社長はご存知ですか?仕事は丁寧で細かい点までしっかりとこなす、尚且期日前には仕上がっている。皆の理想です。月城がいなくなってからどこの現場もバラバラになっていく一方です。お願いします、もう一度月城を働かせてやって下さい!」
兄弟子に続いて、集まった皆も社長に気持ちを伝えてくれた。
「俺からもお願いします!悠人の力が必要なんです!」
「私からもお願いします!悠人さんのおかげで私は今こうして働けているんです!」
皆が俺のために頭を下げてくれている状況に俺は思わず泣きそうだった。
「お前たちまでなんなんだ!月城の一体どこが良いんだ!こんな暴力事件した男の!」
「前にも言いましたが、社長は月城と同じ状況下になった時に果たして月城と同じような事が出来ますか?そんな度胸はありますか?俺達には無理です。自分の命が危なけければ間違えなく逃げるでしょう。しかし、月城は立ち向かった。普通の人間には出来ないことです」
「……」
兄弟子の言葉に社長は黙り込んだ。しかし、これで終わる社長ではなかった。
「お前達が月城を必要としている気持ちは分かった。だが、また月城が暴力を起こしたらどうするんだ?」
「その時は俺も辞めます。月城がまた暴力をしないように月城の事はまた俺が面倒を見ます」
兄弟子は迷わずに言った。
「そうか。分かった……」
そう言うと社長は俺の方を向いた。
「月城くん、とりあえず一年だ。一年間だけ面倒を見てあげよう。一年何も問題を起こさなければその先もずっと面倒を見てあげると約束しよう」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、本当だとも」
「ありがとうございます!」
俺はこうして皆のおかげで再びこの会社で働くことが決まったのであった。
*
俺の帰りを見送るために皆が会社の入り口まで来てくれた。
「今日は本当にありがとうございました!皆が来てくれなかったら俺はあのまま社長に言い負かされて何も出来ないで終わってたと思います。本当にありがとうございました……」
俺は涙を堪え切れなかった。涙が滝のように流れて止まらなかった。
「なあに大したことねぇよ。お前がまだ働く気持ちを持っていてくれて俺達は嬉しいよ。また明日からよろしくな、月城」
「……はい」
また明日から兄弟子と一緒に仕事が出来る。こんなに幸せなことは無い。
「こんな俺ですがまた皆の力になれるように精一杯頑張ります!改めてよろしくお願いします!」
俺は頭を下げた。そして顔を上げると皆が笑顔で拍手してくれた。この瞬間、俺があの時やった事は間違ってはいなかったんだなと心の底から思えた。
暴力事件を起こしてしまった事に変わりはないが、俺は兄弟子の道具をためにあそこは殴って正当防衛するしかなかった。
皆がそれを理解してくれていて俺は本当に安心したし嬉しかった。
「それではまた明日来ます!」
俺は皆に手を振り会社を後にした。皆も手を振り返して俺を見送ってくれた。
日菜乃に言い報告が出来ると心が躍っている。顔もにやけそうだった。
スキップしながら帰りたいくらいだったが性に合わないのでいつも通りに静か帰る俺であった。
*
「日菜乃ただいま~」
無事に再就職を勝ち取り、俺は家に帰ってきた。だが日菜乃の返事が無い。
俺はリビングに向かった。そこにはソファで寝る日菜乃の姿があった。
時計を見ると時刻は九時を過ぎていた。
幸せそうに眠る日菜乃の姿に俺は癒された。いつ見てもこの寝顔には癒される、こんな可愛い寝顔をこんな間近で見れる俺は本当に幸せものだ。
「日菜乃、俺だ。帰ってきたぞ。起きろ~」
俺は日菜乃のほっぺを指で押しながら言った。
日菜乃のほっぺはぷにぷにしていて気持ちよかった。
本当当にマシュマロみたいにぷにぷにしていて何度も触りたくなる。
引っ張ってもみたがこれもまた凄く気持ち良かった。
「……ひゅうふん、ひふふぁふぇほっへであふぉふほ?(悠くん、いつまでほっぺで遊ぶの?)」
「ん?あっ!ごめんごめん!今離すよ!」
日菜乃が起きた。
ほっぺを弄って起こられるかと思ったが、何故か幸せそうな表情をしていた。
「なんか変な感じで起こしちゃったな」
「ううん、悠くんが私のほっぺが好きなことが分かったから大丈夫だよ~。でも柔らかかったでしょ、私のほっぺ♡」
「うん!めっちゃ柔らかかった!」
俺は反論することもなく、勢いのある声で返答した。
「なんだかやけに悠くんが元気過ぎて怖い。悠くんがそこまで元気なのって、もしかして……」
「ああ、無事に再就職が決まったよ」
「おーーーーーーめーーーーーーーでーーーーーーとーーーーーーうーーーーー!」
日菜乃は俺に飛びつき抱き着いた、日菜乃の目には涙があった。
そんな日菜乃の頭を俺はそっと撫でてあげた。
「ありがとな、日菜乃。お前のおかげで俺は新たな一歩を踏み出すことが出来る。最後まで背中を押し続けてくれてありがと」
「ううん、私の力じゃないよ。悠くんが最後まで諦めなかったからだよ。本当に……良くやった!」
日菜乃は涙目になりながらもニコッと笑い、グッドサインを俺に向けた。
俺も同じく日菜乃にグッドサインを向け互いの手を合わせた。
「さて、今何時……ってもう九時じゃん!悠くんご飯食べた!?」
「いや、まだだけど」
「分かった!簡単な物だけど今から作るね!私お腹空いちゃった!」
そう言って日菜乃は急いでキッチンへと走って行った。
————二十分後……。
「悠くん!出来たよー!早く食べよー!」
俺はテーブルに向かった。
今日の料理は親子丼にわかめとねぎの中華スープだった。
「ごめんね~、時間無いからこれで許してね。でも味は良いと思うよ」
「大丈夫だ、作ってくれてありがと。じゃあ頂きます」
俺は親子丼を一口食べた。口に入れた瞬間、俺の手が止まった。なんだ、この親子丼は。今まで食べたことの無い味だ。
少し濃い目の出汁で煮込まれた鶏肉と玉ねぎがふわとろの卵と絡み合い、口の中は鶏のパレード状態だった。
中華スープもシンプルだがごま油が効いていて美味しかった。
こんなのとても家で食えるレベルじゃない。お金払っても良いくらいだ。
「日菜乃、お前、なんでこんなに料理上手なんだ?」
俺は聞かずにはいられなかった。
「あっちにいた時に毎日お母さんの手伝いしてたからかな?それに私は今、料理出来る高校にいるんだよ」
全てが合致して俺は納得した。しかしそれにしては上手すぎる……。
「こんな美味しい料理を俺は毎日食べれるのか」
「そうだよ!これからは毎日晩ご飯作りに来るからね!仕事もあるし栄養付けないとね!」
俺は明日からまた仕事をする。
きっと帰ってきたらご飯を作る気力も体力も無いだろう。
だが日菜乃がご飯を作って待っていてくれたら、それはとても助かる。
日菜乃との一緒にいる時間も確保できるし一石二鳥だろう。
……ってあれ?俺いつの間にか日菜乃と一緒にいることが楽しみになってきていないか?前は日菜乃が一人にならないように一緒にいるだけだったのに。
気が付けば俺が日菜乃を求めるようになっていた。
――新たな気持ちの変化に少し違和感を持ち始めた俺だった。
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