第10話 悠人のリスタート
――時刻は朝の六時半、携帯のアラームが鳴り響いている。
俺は眠たい身体を奮い立たせ携帯に手を伸ばし、鳴り響くアラームを止めた。
流石に眠い……。約二年ぶりのこの時間の起床に俺はあくびが止まらなかった。
「そうか、今日から仕事か……」
毎日昼過ぎに起きてそこからずっとゲームしていた生活とも今日でおさらばだ。
俺は再び社会人として生き、お金を稼いでいくんだ。
日菜乃のためにも俺は社会人として相応しい大人に、そして彼氏としてもかっこいい男になろうと決めた。
俺は準備を終えて家を出ようとした。
ドアを開け外に出ようとした時そこに立っていたのは日菜乃だった。
「日菜乃?こんな朝早くからどうしたんだ?」
「い、いや~、久々の出勤だし緊張してないかなと思って会いに来たの、……あとこれも」
そう言うと日菜乃は通学用のカバンから袋を取り出し俺に渡した。
「これは?」
「み、見たら分かるでしょ!弁当よ!弁当!」
日菜乃は横髪を指に巻きながら少し照れくさそうに言った。
「何照れてんだよ。これ食って一日頑張るわ。ありがとな」
「うん!頑張ってね!悠くん♡」
折角、日菜乃が来てくれたので俺は一つ提案した。
「ここまで来たんだ、一緒に駅まで歩いてくか?」
「いいの!?」
「いいに決まってんだろ。お前は俺の彼女なんだから。それにお前が一人で行って前みたいに誰かに声掛けられるかもしれないしな」
余程、俺に言われたのが嬉しかったのか、日菜乃は嵐のごときスピードで俺の左腕に抱き着いた。
「だからって!お前!抱き着くことはないだろ!この状態で駅まで行くつもりしてんのか!」
「だって誰かに声掛けられたら日菜乃怖いもん♡」
俺は返す言葉も無く、小さなため息をついてから歩き出した。
駅に向かう途中、周りからの視線が冷たかったが俺は全てを無視して歩いた。
肝心の日菜乃だが俺に抱き着いたまま満面の笑みでこっちを見ていたため、まったくの上の空状態だった。
少しイレギュラーな事はあったが、日菜乃が手作りの弁当を届けに会いに来てくれて俺は朝から幸せだった。
――七時半、会社に到着。
駅に着いてから日菜乃を引き剝がすのに苦労したがなんとか時間には間に合った。
会社に着いてから俺はまず社長に挨拶を済ませ、そのあと社員全員の前で改めて自己紹介を済ませた。
「今日からまたここでお世話になる月城悠人です!よろしくお願いします!」
周りを見渡すと以前お世話になった先輩、同期もいれば新人も多くいた。全員が全員、俺の事を許しているわけでもなければ知っているわけでもない。正直ここからが正念場だと思った。
俺が硬い表情をすると、何か察したのか隣にいた兄弟子が口を開いた。
「知っている奴も多いだろうがここにいる月城は二年前に暴力事件を起こした。だがそれは俺の道具を守るために、そして自分の命を守るために行った正当防衛だ。月城の事をまだ良く思ってない奴もいると思うがこいつは全てを反省してここ来ている。月城に助けられた奴も多いはずだ。こいつの仕事の腕は確かなものだ、いずれこの会社を引っ張っていく存在になるだろう。こいつが働きやすい環境を皆で作って行ってやって欲しい、よろしく頼む」
兄弟子は長々と語り最後に頭を下げた。兄弟子の言葉と熱意に心を動かされたのか皆の表情が一変し、俺のために協力してくれるを了承してくれた。
本当に頼りになる兄弟子だ。
改めて俺はここに戻ってきて良かったと心の底から思った。
挨拶も無事に終わり、いよいよ仕事が始まる。
「雅弘(まさひろ)さん!ちなみにですけど今日から俺はどこの現場なんですか?」
そういえば俺の兄弟子の自己紹介がまだだった。俺の兄弟子の名前は『天王寺雅弘(てんのうじまさひひろ)』、歳は四十二歳で俺の大先輩だ。ムキムキの肉体と坊主頭に目元に縦に大きく入った傷、見た目は最早ヤクザだ。だが心は優しく後輩思いで頼りになる存在だ。
「ああ、そうだったな。とりあえず俺に着いてこい」
俺は言われた通り雅弘さんに着いていき、会社の車に乗って現場に向かった。
車を走らせること二十分、俺達は現場に着いた。そこは木造二階建ての新築が始まる現場だった。俺は元々木造を専門に仕事をしていたため今回も最初はそうではないかと思っていた。
「やっぱり俺は木造の仕事なんですね」
「ああ、お前の復帰仕事にもちょうど良いだろう。だが、一つ問題があってな……」
「問題……ですか?」
「実はだな、この新築、納期まで後二か月しかないんだ……」
「え……?」
「社長が急に入れた仕事でな、人手不足で中々進んでいないんだ。頼む、お前の力を貸してくれ」
――あのクソ社長。
「分かりました、自分が出来る精一杯の仕事をします!」
そうは言ったがまだ土台入れしか終わっていない現場の状況に俺は戸惑い混乱した。あと二か月で無事に終われるのか、ブランクはあるが俺は今までやって来た自分の腕を信じてやるしかなかった。
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