第3話 柊日菜乃との再会、告白

「ふう……」


 渚が帰り、俺はようやく一息付いた。余計な体力を使った気がするが気持ちが少しすっきりしたのでまあいいだろう。しかし、渚のやつ、相変わらず容赦なかったな……。


 俺は風呂に入り、寝る準備をした。明日から少しずつ生活を変えていこうと思う。これ以上、渚を悲しませるような事は出来ない。まだ働く気にはならないが、せめて家事くらいは自分で毎日やろうと思った。


――明日からはまた違う自分にならないとな……。


 俺は珍しく早起きをした、早起きと言っても九時前だが。しかし昨日まで十二時過ぎに起きていた事を考えれば十分早い方だろう。掃除と洗濯は渚がやっていってくれたので今日はいいだろう。

 とりあえず俺は家に何があるのか整理を始めた。


 予想以上に酷かった。調理器具なんてほとんどボロボロだし、シャンプーや歯ブラシなどもほとんど替えが無かったのだ。

 渚のやつ、よくこんな調理器具で料理してあんだけの量作ったな。


 これでは生活などとても出来そうに無いので、生活に必要な物を改めて買いそろえておこうと思った。それにどうせなら渚にも新しい綺麗なフライパンや包丁で料理してもらった方がいい。


 俺は着替えて家を出た。とりあえず池袋辺りに行ってみるか、近いし。ちなみに俺が住んでるのは練馬だ。練馬は良い、家賃もそこそこ安く交通の便も良い、そして何より静かだ。俺には打って付けの場所だった。


 池袋に着いた俺はとりあえずLoftと無印良品に行き、古くて使えなくなった物を新しく買った。包丁、まな板、フライパンに鍋にお皿、歯ブラシ、シャンプーと数えたらきりが無い。

 さすがに買いすぎたか、と思ったがこれから気持ちを切り替えて生活していくには丁度いい機会だと思えば安い買い物だ。炊飯器や掃除機などの家電はあんまり使っていなかったが特に壊れたりしていなかったので今回は良しとしよう。


 気付けば時刻はもうすぐ六時になろうとしていた。そろそろ帰ろうと思い俺は駅に向かった。


その途中、俺は男二人に絡まれている女子高生を見つけた。まあ誰か助けるだろうと思い無視して行こうと思ったのだが、よく見るとその女子高生、どうも見たことがあったのだ。


――なぜ、ここにいる、柊日菜乃……。


 俺は考えた。このまま助けず帰るか、間に入って柊日菜乃を助けるか。

 ……正直めんどくさい。

 悩んだ末に俺が出した答えは。


 ――――帰る。

 

 久しぶりに買い物して歩いて疲れたし、さっさと帰って片付けて寝たかった。

 だが神様はそんなに優しくなかった。


「ねえ、君ちょっとくらいいいじゃん、俺達と遊ぼうよ」


「え、いや、ちょっと、友達が待ってるので……」


「じゃあ、その子とも一緒に遊ぼ?そうすれば問題ないじゃん?ね?」


「いや、そういうわけには……」


「はい、じゃあ決定ね!行こ!」


 話しかけていた一人の男が柊日菜乃の腕を掴み、無理やり連れて行こうとした。

 俺もさすがに見逃す事が出来なかった。


「とりゃあ!」


 俺は男に飛び蹴りを喰らわせた。男は見事に吹っ飛びこちらを睨んできた。


「あ?お前誰だよ?その子の知り合いか?知り合いじゃねぇならぶっ飛ばすぞ!?」


「ああ、勿論知り合いさ、てか彼氏」


 一瞬の出来事だったため、柊日菜乃が鳩が豆鉄砲でも食ったかのような顔をしてこちらを見つめている。


「そうかよ、それならしょうがねぇ……彼女の前で辱めを受けてもらうぜ!」


 男は俺の顔面目掛けて拳を振りかざした。

 だが、これくらいの拳を避ける事は俺にとって造作もないことだ。

 俺は素早く後ろに下がり回避し、男が腕を戻して懐が開いたところを逃さなかった。


「とりあえず、これで眠っててくださいな」


 俺は素早いアッパーカットを喰らわせて男を気絶させた。


「お、おい!大丈夫かよ!?」


 もう一人の男が駆け寄り、気絶した男を抱えて逃げて行った。


――さて、一件落着っと。


 俺はそのまま帰ろうとしたが、彼女に腕を掴まれ止められた。


「なんで、帰るんですか……」


 彼女は今にも泣きだしそうな表情で小さな声で呟いた。


「なんでって、もう解決したし、帰っても良い流れでしょ?これ?」


 先ほどの表情から一遍、彼女は唇を噛み、ありえないといった表情で俺を睨んだ。


「今襲われてた女子高生を置いて帰るんです!?信じられません!せめて駅の近く位までは一緒に行くのが常識というか普通なんじゃないんですか!?」


「そ、そうなのか……?ごめん、そういうの疎くてな」


「普通そうでしょ!全く!もういいです!とりあえずお礼がしたいので来てください!」


「嫌だ」


「拒否権はありません、来てください!」


 そう言うと彼女は俺の腕に身体を押し付けてきた。

 明らかに俺の腕にあの感触がある、あの柔らかい二つの感触が……。

 そう、あの、おっぱい……。そして、こいつ、意外と胸あr……。



――って、違うぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!



 危うくおっぱいの感触で天に召されるところだった。


「おい!何してんだ!離せ!」


「嫌です!来てくれないと離しません!」


「だからって俺にお前の胸を押し付けんじゃねぇ!」


「え?もしかして私の胸で興奮してるんですか?変態さんですね♡」


「うるせぇ!興奮なんかしてねぇよ!いいから離れろ!」


「相変わらず、そうやって全力で否定するところは変わってませんね。もっと押し付けちゃいます♡」


「分かった!分かった!着いていけばいいんだろ!」


 さすがに精神的に限界だった……。


        *


 俺達はまた、喫茶店にいた。


「とりあえず、助けてくれてありがとうございました」


「別にお礼なんていらないよ。さっきの胸がお礼って事で、じゃ」


 俺は席を立った。


「ははーん、そういう事言っちゃうんですね?良いんですね?私が「あの人に胸を触られました!」って警察に言えば警察はどっちを信じますかね。おっぱい好きの変態さん?」


「ああああああ!分かった分かった!それで何が欲しいんだ」


 ったく、こいつほんとめんどくせぇ……。


「そうですね。あ、そういえば悠人さん、さっき私の彼氏だって言って助けてくれましたよね?」


「言った、それで?」



「是非、私の彼氏になって下さい♡」



「は……?」


 予想もしない一言に俺の思考は停止し、しばらく硬直状態だった。


        *


ようやく状況を整理出来た俺が柊日菜乃に言うべき事は一つだけだ。


「ごめんなさい、無理です」


 その一言だけだった。だが柊日菜乃は案の定こう言った。


「なんで?どうして?」


 なんでも糞もあるか。二十二歳、絶賛ニートの俺が女子高生と付き合うなんてありえないだろ。うん、絶対ありえない、俺が今すぐメジャーリーグで二刀流デビュしちゃうレベルでありえない。


 そもそも、柊日菜乃が冗談で言ってるのか本気で言ってるのか、どちらなのかすらはっきりしていない状態だ。


「マジで付き合いたいと思ってんの?」


「うん♡」


 即答した……。


「いや、よく考えてみろって。俺とお前が付き合ったりしたら、ほら、色々と、まずいだろ?」


「そんなことないでしょ、だってもう彼氏って言っちゃったじゃん」


「あ、あれはその場の雰囲気というか、流れで言っただけだ。忘れろ」


「え~、だってカッコよかったよ。こいつの彼氏だって言って私を守ってくれた悠くん、惚れちゃったな♡」


「誰が悠くん!勝手に呼び方変えんな!」


「それでね、悠くん♡」


「おい、だから、やめろ」


「なんで?悠くん♡」


「やめろ」


「好きだよ、悠くん♡」


「……頼むから!これ以上、俺を困らせないでくれ!」


 俺は大きく怒鳴ってしまった。俺の精神が限界を超え下を向いた……。


「どうして……みんな……私を避けるの……」


 柊日菜乃から発せられた言葉に俺は驚き、顔を上げた。彼女は、泣いていた。


「お、おい、急に泣くなよ、どうしたんだよ」


「だって、悠くんが困るって、大きな声で言うから……」


「確かにそうだが泣く必要はないだろ?」


「ねぇ、悠くんは、私が友達たくさんいるように見える?」


「お前みたいに元気な子ならいると思うけどな、みんなの中心的な存在とか」


「ううん……違うの……私、友達いないの」


「え?どうして?」


「私、中学までは宮城に住んでいたの。最初の頃は友達も出来て楽しかったの。でも、徐々に周りからいじめられるようになって……。お前のその明る過ぎる性格がうざい、肌が白くてきもい、綺麗な髪が目障りとか色々言われて中二からはほとんど学校行ってなかったの」


「そんなことが……」


「それで環境を変えたくて東京の高校を受験して一人暮らししているの。でも環境を変えただけじゃダメだった、私自身が何も変わっていないんじゃどうすることも出来なかった。結局過去のトラウマを引きずって人と話すのが怖くて友達一人出来ずに二年生になっちゃった」


 柊日菜乃はどこか俺に似ていた。過去のトラウマを引きずって前に進むことが出来ず、もがき苦しんでいるのは俺も一緒だ。


「付き合ってみるか、俺達」


 俺は遂に柊日菜乃に言ってしまった……。


 


 

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