第2話 お節介な妹
――ガチャ……。
俺は帰ってくるはずのない自分の家に帰ってきた。本当であれば今頃、俺の身体は病院にでもあったのだろうか。柊日菜乃、彼女が俺を助けさえしなければこんな事にはならなかっただろう。
はあ……と深いため息を付き、俺はソファに飛び込んだ。自殺には失敗する、助けて貰った女子高校生にはあほみたいに奢って今日は散々な日だった。さすがに喫茶店で三万円はいくらなんでも食べすぎだろう。
さすがに疲れたので俺は一旦寝ることにした。俺が寝ようと目を閉じた時、
――ピンポーン。
インターホンが鳴る音がした。だが、俺は眠いので無視した。
――ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。
誰だ、人が眠いのにインターホン押しまくる馬鹿は。俺は起き上がり玄関へ向かった。
「誰だ、人の家のインターホン鳴らしまくる馬鹿は……」
玄関を開けると、そこに立っていたのは淡い水色のショートボブの髪の毛に少しまだ幼さが残る顔立ちでいかにも可愛い系の女の子、いや、はっきり言おう。俺の妹だった。
「おい、何しに来たんだ、渚(なぎさ)」
「いや~、久々におにーの顔見たくなっちゃって来ちゃった♡鳴らしても出てこないからいないのかと思ったよ」
俺の妹、名前は渚(なぎさ)、こいつも柊日菜乃と同じ高校二年生だ。俺が家を出て以降は渚とだけは連絡を取り合っていた。最初は俺も嫌だったのだが、渚がどうしてもと言うので連絡を取り、こうして家まで教えたのだ。
だが、家まで教えたのが間違いだった。こいつときたら教えた途端、毎週のように来て、ちゃんとご飯は食べてるの?ちゃんと睡眠は取ってる?そろそろ働く気にはなった?など同じことを毎回言うので大変だったのだ。
それでも渚は家事全般をこなせるため、俺の溜まった洗濯物を洗ってくれたりご飯を作ってくれたりと色々やってくれていたので助かってはいた。
「それにしても来るのが急過ぎないか?連絡も無しで、しかも半年ぶりくらいだろ?」
「実はね、おにーと連絡取ったり会ったりしてる事がお父さんにバレまして……」
「それで?」
「おにーの連絡先消されて、携帯にGPSまで付けられちゃいました、てへっ☆」
あのクソ親父そこまでやるか。
「GPSが付いてるのに何故今お前はここにいるんだ?」
「先週ようやく外してもらったんだよ~。だから今こうしておにーの前に居られるの。しかし半年は長かったよ、ぴえん……」
先ほどから妹の語尾に何かしら付いてると思うが気にしないで欲しい。こういう妹なのだ。それにしてもこの感じ、さっきまで体験していたような気がするのだが。俺は今日何があったのか思い出し全てを悟った。
――柊日菜乃と渚は同じタイプの人間、つまり俺の苦手な人間だ。
俺は何を考えているかわからない人間、要は天然な性格をしている人間は苦手なのだ。相手をしているほど俺も暇ではない。喫茶店で柊日菜乃と話していて感じた違和感はこれだったのだ。
「しばらく来なかった理由はよくわかった。じゃあもう帰っていいぞ、じゃあな」
俺は玄関を閉めようとした、しかし渚はドアの隙間に靴を突っ込み無理やりこじ開けた。
「なんだよ、用ならもう済んだだろ。帰れ!」
「ま、まだ終わってない!ちゃんとやることがあってきたんだから!」
その手には買い物してきたのだろうか、エコバックを持っていた。
中には食材が入っていた。
「おにーのことだから半年間まともなご飯なんて食べてないでしょ?作っていくから」
「わ、わかった。頼む」
どうせ言っても聞く耳を持たないので、仕方なく俺は渚を家に入れた。
「うわぁ、予想はしてたけど相変わらず汚いね……」
「しょ、しょうがねぇだろ。自分でなんてほとんどやらないんだからさ」
「もう、先に洗濯も掃除もやっておくから、おにーはソファで横になってなよ。家にいたって事は寝てたんでしょ?ご飯出来たら起こすから」
俺が手伝っても邪魔になるだけなので、言われた通り俺はソファで寝ることにした。
――二時間後……。
「おにー、おにー、ご飯出来たよ~」
「ん、了解」
起きると部屋は見違えるほど綺麗になり、まるで引っ越してきたばかりのような感じになっていた。そしてテーブルには二人分の食事が用意されていた。
「お前の料理は相変わらず美味しそうだな」
「そ、そう?そう言われると照れちゃうな……。とりあえず冷めないうちに食べよ!」
今日の料理はいつもより豪華な気がする。ハンバーグに鮭のムニエル、そしてシーザーサラダ、マカロニサラダとたまごスープとかなり量は多めだ。
「渚、これちょっと作りすぎじゃないか?」
「久々におにーに食べてもらうから気合い入り過ぎて作りすぎちゃった、てへぺろ☆」
「ったく、お前は……まあ、いい、じゃあいただきます」
久しぶりの渚の手料理、やはり美味しい。ハンバーグは肉汁がしっかりと中に閉じ込められており牛肉の旨みが最大限に引き出された最高のハンバーグだ。酒のムニエルは身がふっくらとしていて味付けのバターソースが食欲をそそられる。どれもこれも一級の料理だ。
「旨い、本当に旨いよ、渚、ほんとうに……」
「え、おにー?どうしたの……?」
俺は、泣いていた。
「おにー、何かあったの?私で良かったら話聞くよ?」
俺は直ぐに涙を拭いたが、さすがにこの状況で何も話さないのは無理がある。俺は今日何があったのか渚に全てを話した。
渚は一言も発することなく俺の話を最後まで聞き、一言だけ、ごめんね、と俺に言ってきた。
なぜ渚が謝るのか、俺には理解できなかった。
――ぐすっ……。
渚を見ると、泣いていた。俺は慌ててフォローに回った。
「ご、ごめん、泣くなって。どうしたんだよ」
「だ、だって、おにーが自殺しようとしただなんて……。それくらい悩んでいたのに、わ、私、何にも力になれなくって……」
「お前のせいじゃないって。全部俺が悪いんだ、俺が自分の人生の選択を間違えただけだ。渚が気にすることじゃない」
「気にするの!おにーは私のおにーなんだ!?おにーがいなくなったら私がどれだけ悲しむのか考えた!?私だけじゃない、きっとお父さんもお母さんもおにーが死んじゃったら悲しむよ……」
「母親はまだしも、あのクソ親父は俺が死んだって絶対悲しまねぇよ」
「それでも、おにーがこの世界からいなくなっちゃうのは嫌なの!こうやってお家に来て掃除して洗濯して、ご飯を一緒に食べる。この時間が私にとってはとても特別な時間なの。おにーが家を出て行ってからずっと一人で寂しかった、なんで出て言っちゃったのさ、おにー……」
俺と渚は基本二人で家にいることが多かった。親父も母親もたまにしか帰ってこず、渚が家事全般を覚え、二人で過ごしていた。そして二年半前、俺は渚に何も言わずに家を出た。
渚から連絡がそう遅くはなかった。だが、俺は無視し続けた。そして家を出て半年が経った頃に届いたメールが俺の心を動かした。
『おにー、一人で寂しいよ、返信してよ、さすがに私もう耐えられないよ……』
このメールを見て俺は渚と向き合う覚悟を決めたのだ。
すぐに返信すると渚から電話が掛かってきた。
かなり怒られたが、嬉しい気持ちの方が強かったのかすぐに許してくれた。
そして俺はすぐに今住んでいる家の場所を教えた。早速、次の日に渚は来て汚い部屋を片付けてご飯も作ってくれた。
そうだ、渚にとって俺は世界でたった一人の兄貴、もっと自分の存在意義を認識しなければ、そう思った。
「渚、ちょっといいか?」
「え、なに、ちょ、待って!」
俺は後ろから渚を抱きしめた。
「ごめん、でももう大丈夫だから。お前が元気でいられるように俺は生きるよ、心配しなくていい。自殺はこれで最後だ」
「あ、当たり前だよ!おにーはもっと私のおにーとしての自覚を持ってもらわなきゃ困るよ」
「分かった、以後気を付けるよ」
これで話は終わったかとおもったが。
「そういえば、女子高生に助けて貰ったっていったよね?」
「そうだけど?」
「本当に喫茶店で奢っただけ?まさか何か怪しい事したりしてないよね?」
「するわけないだろ!馬鹿な事言うんじゃねぇよ!」
「全力で否定するところが怪しいな、尋問してやる!」
そう言うと、渚は素早い動きで俺の後ろに回った。
なんだよ、こいつ忍者かよ……。
「くらえ!くすぐり攻撃!」
技名くらい聞けば弱いものだ。だが、俺はくすぐりが大の苦手だ。
「な、なぎさ、す、すとっぷ、しんじゃう、おれしんじゃう、あひゃひゃひゃ!」
「止めて欲しかったら全部吐け!吐いたら楽になるぞ!」
「だから、隠してることは、あひゃ、もう無いってば!あひゃひゃははは!」
くすぐりが止まる事はなかった……。
「頼むから早く帰ってくれぇぇぇぇぇぇ!」
久しぶりの妹との再会で少しは気が楽になった俺だった。
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