第38話『青葉の過去と繋がり』
「というわけで、平和的な話し合いの末に、彼女には松島から手を引いていただいたわけです」
「平和的、ねぇ……」
「平和だろ?」
「そうかもね」
そもそも世のライトノベルのように、なにか奇策を思いついて明るく物事を解決させるなんてなかなかできるわけがないのだ。目には目を、歯には歯を……相手が陰湿に他者を攻撃してくるならこちらも手段は選ばない。
柴田は松島が好きだった。その想いがあっさりと拒絶されたことに加え、若林との一件から連続しての失恋という事もあって、おそらく感情が暴走したのだろう。
だが、先日に彼女から話を聞いた時、最初は自分にもっと関心をもってもらおうと、彼女なりのアピールのつもりあったようだ。
だが、その過程で松島の私物に触れてしまい、柴田は意中の相手がライトノベル作家であることを知ってしまった。
『私はね、一分一秒が惜しいの。学生の半端な恋愛なんてしている暇はないのよ』
もしかしたら、自分の告白を断られたのは、この本のせいではないのか。
一度そう考えてしまったら、もう止まらなかった。
柴田は感情のままに松島の本を引き裂き、床に叩きつけ、黒板に悪意を張り付けた。
だが彼女のその行動が、青葉を本気にさせてしまったのだ。
「そういうことね……私も迂闊だったわ。まさか青葉くん以外にもこんな失態をしてたなんて」
「松島って案外ポンコツなとこあったりすんだな」
そもそも、もっと言葉を選んで柴田の告白を断っていれば、或いはもっと事態は小さく済んだかもしれない。
だが、他人に対して攻撃的になってしまう彼女のトラウマを青葉は知っているだけに、なんと言えなくなってしまう。
「普段はもっと完璧にこなすわ。今回はそう……青葉君に調子を崩されたからこうなったのよ」
「わぁそこで俺のせいにするっすか松島さん」
松島はそっと顔を逸らす。
珍しく以後地悪そうにしている彼女のそんな姿に青葉は苦笑してしまった。
と、松島は急に話の方向性を切り替えてくる。
「そういえば、今回の短編勝負……青葉君の作品、随分と後半から伸びが良かったわね。ちょっと不自然なくらい」
「(ぎくっ)」
「あらその反応なにかわるわね後ろめたいことが。いいわ話なさいキリキリ全て洗いざらい暴露なさいちゃんと一言一句全て聞いててあげるから」
「はい……」
青葉は柴田のこととは別にもう一件。今度は先の松島のと勝負した時に投稿した短編についても話始めた。
「まぁ、あれは完全なズルだよ。サクラだよ、サクラ」
と、青葉は開き直ったように自白する。
交友関係の広い泉と若林。この2人に頼んだのは、松島のいじめの噂を広めるだけではない。
青葉は二人に自分が小説を書いていることを暴露し、松島と作品の評価で争っていることを明かした。
そして、もしも自分が不利な状況になった時……泉と若林、二人の持てるコネクションを使って少しでも青葉の作品に評価を入れてもらえるように誘導してもらったのだ。
ブックマークと評価をMAXで入れれば12ポイントを稼げる。
自力で稼いだポイントに、サクラで集めた人数分のポイントを入れて松島に対抗する。
泉や若林のコネクションだけではない。青葉は今回の件を自分の持てる数少ない繋がりを通じて、助けを求めた。
母に、親戚に、かつてのバイト仲間に……とにかく、声を掛けてかけてかけまくった。
母はなんと言えない顔をしてたが、それでも『まぁ可愛い息子の頼みだし、なんとかしてみるわ。でも期待しないでね。こういうの、よく分からないし』と言いつつ、仕事先の同僚なんかに相談してくれたらしい。
本当にあの人には頭が上がらない。
だが、当然青葉もこれは最後の手段だった。
彼とて物書きの端くれである。本来であればこんな手段ではなく、もっと正々堂々と松島と対峙したかった。
だが、今回は決して負けが許されなかった。
青葉の敗北は、松島との絶縁だ。そうなれば、外から更に彼女が壊れていくのを黙って見ていることしかできなくなる。
それだけは絶対に避けねばらなかった。
故に、青葉はたとえ非難される行いだとしても、サクラによるポイントのかさましという手段を取ったのだ。
「作品はすぐにでも削除するつもりだよ」
アレは、確かに青葉にとってこれまで獲得したことがないような評価を得た短編作品だが。
それでも、残しておくべきではないと、最初から削除するつもりだった。
しかし、
「それって、最初から全部サクラだったのかしら?」
「え? いや、さすがに前半はなにも手を加えてないぞ」
「そう……なら別に、消さなくていいんじゃないかしら」
「は?」
松島が何を言ってるのか分からず、思わず訝しむように彼女を見遣る。
「私は……よかったと思うわよ。あの作品。青葉君にしては。まだ少し甘い箇所もあるけど……なにも全部なかったことにしなくていいんじゃないかしら」
ふっと青葉から目線を外して、そんなことを松島は口にした。
てっきり、青葉は松島から幻滅されると思っていたし、嫌悪の視線をや罵倒くらいは覚悟していた。
だが、彼女は読めない表情で青葉を見つけてくる。
「なんで、そこまでして私に関わろうとするの?」
疑問を投げかけられ、青葉は「う~ん」と頬を掻きながら照れ臭そうに答える。
「まぁ、だたのお節介だよ」
「お節介で、面倒事に首を突っ込むの?」
なおも追及してくる松島に、青葉は肩をすくめる。
「そうだなぁ……」
青葉は白む快晴の空に視線を上げて、なんとなくそんなポーズをとる自分がおかしくなった。そして、以前に松島から衝撃的な告白を受けた時のことを思い出す。
「俺が、昔いじめられてたことがあるからかな」
彼女に倣うように、さもどうでもいいことのように、過去の古傷を引っ搔いた。
「……そう。詳しいこと、あなたは私に話したい?」
自分が聞きたい、ではなく、青葉が話したいかどうかを問い掛けてきた松島。
「う~ん……うん。話しておこうかな。松島の話も聞いちゃってるし、フェアで行こうか。つっても、松島ほど壮絶でもないけど」
などと前置きして、青葉は語り始める。自らの過去を――
青葉は中学2年の秋頃から、クラス内で軽くちょっかいを出されるようになっていった。
始まりはほんの些細ないたずらレベルで、笑って許せるような内容だった。
それが徐々に、所持品の紛失、破損……と徐々に過激になっていき、いつしか個人の人格を否定するような書き込みがコミュニケーションアプリ内で呟かれるようになり、言葉は時間を経て、直接的な暴力へとその姿を変えていった。
「でも、俺は抵抗したわけだ」
「抵抗?」
「おう。殴ってきた相手を、倍以上殴り返して、顔の骨を折るくらい殴って、とにかくやられたらやり返した」
男も女も関係なく、叩かれれば叩き返す。青葉はいじめを受ける者には珍しく、反撃を躊躇わないタイプの人間だった。しかし、
「いじめの実態は確かにあった。なのに……なんでかその事実は伏せられて、俺一人が加害者になって自宅謹慎にされたんだよ」
いじめていた生徒たちは、こぞって青葉の行動を批難した。教師もそれをただただ受け入れた。青葉一人に全ての責任をなすりつけて、いじめという事実に蓋をしたのだ。
「さすがに荒れたなぁ」
家の中にあるものをなんでも叩き壊して憂さを晴らした。それに激怒した父に殴られたことも覚えている。しかも、
「『お前みたいなのが息子かと思うと恥ずかしい』って、親父に言われてさ。アレは効いたわ」
どこかで聞いたことのあるような話だ。しかし松島は青葉の言葉の真偽に口を挟むことなく耳を傾ける。
「でもさ、それにお袋がマジギレしてさ。親父のことボッコボコにしたんだよ。あれにはさすがの俺も引いた」
「え、ボコボコ? 青葉君のお母様が?」
松島は目を丸くする。なんとなく珍しい反応に青葉は気を良くした。
「そ。で、『あんたみたいなのは親でもなんでもない。家から出てけ』って親父を叩き出して、その後にこう言ったんだよ――『自分が間違ってないって思うんなら卑屈になってないで胸張ってな! ただしやり方はもうちょい考えなバカ息子!』……ってさ」
「過激ね……でも、いいお母様だわ。うちのとは大違い」
「ああ、めっちゃ尊敬してる。まぁでも、そんなこんなで親父とお袋はめでたく離婚して、俺は母親と一緒に住んでるわけだ。以上、俺の身の上話。案外つまらないもんだったろ?」
「そうね。創作ならありきたりな設定だわ。でも……」
松島は眼鏡を外して、真っ直ぐに青葉を見つめてきた。
「ありきたりなことが辛くないなんてこと、ないでしょ?」
「……そうだな。そうかもしんない」
松島の言葉は青葉を励まそうとして出てきたものか、あるいは己の身の上を憂いて口をついた愚痴か。いずれにしろ、世の中の非日常と呼ばれる物なんて第三者からすればなんでもありきたりでつまらない内容で、いつだって真剣なのは当事者だけなのだ。
「まぁそんな感じ。いじめに対して、俺がちょっと過敏になってるだけって理由だよ」
「そう……」
青葉が人とのつながりをほとんど持とうとしないのも、ひとえにそういった過去に起因していた。
だが、今はそんな自分に強引にでも付き合い、友となってくれた泉や若林に感謝している。
そう思うと、なんとも縁とは不思議なモノだと思えてくる。
人を苦しめ傷つけるだけの縁もあり、その逆……人を救う縁も、確かにあるのだから。
青葉と松島との間に、無言のときが流れる。
正直に言えば、松島を救ったのは、先に語ったことがだけが理由ではない。青葉はきっと、これがもっと関わりに薄い人間がいじめをうけていたのなら、これほど露骨に首を突っ込もうとはしなかったはずだ。
青葉とて聖人君子ではない。どれだけ苦しむ人間がいても、それが自分に関わりのない相手であれば、見て見ぬフリをする。
自分の人生にふとした瞬間に現れて、繋がりを持った彼女だからこそ、どうにかしたい、と思ったのだ。
静寂を破るように、青葉は松島に目線を移動させた。
「なぁ松島」
「なに?」
「前から聞きたかったんだけど、なんでお前って自分の容姿が執筆に邪魔とか言っておいて、なんでそんな美人なわけ?」
「は? それは単に元がいいからに決まってるでしょ何を言ってるのあなたは?」
「それだけ?」
「……おばあちゃ……祖母がめっぽう厳しい人で、みっともない姿をしてるのを怒られたのよ。『身だしなみは心も整えることだから気を遣え』って……あと、『せっかく美人さんなんだから』って、色々を世話を焼かれて……」
祖父が松島のメンタルを支えてきたのに対し、祖母は体調面を支えてくれた。
見た目への気遣いも、基本的には健康に気を遣った結果といえる。何をするにも億劫だった頃に、祖母があれこれと松島の面倒をみていた。
しかし二人もそれなりにの歳だ。松島としてもあまり無理をしてほしくはなかった。殊更、自分の事を気に掛けてくれた相手だからこそ、尚更に。
心と体を回復させていいった松島は、自分の見た目が陰ることは祖父母への心労に繋がると、より一層に気を遣うようになった。その果てに、今の松島がある。
「おばあさんに、頭上がらないんだ、お前」
「まぁ迷惑も一杯かけたし……でも厳しい反面、すごく優しく褒めてくれる人だったから。今の私があるのは、祖父と祖母のお陰……だからまぁ、あの二人の期待だけは、絶対に裏切れないなって思ってる……」
「そっか」
「ええ……」
青葉にとっての母親という存在が、松島にとっては祖父母だったのだろう。自分を繋ぎ止めてくれた、かけがえのない存在で、居場所。
「松島」
「うん?」
「俺さ、やっぱまだ色々と教えてもらいわ、お前に」
「なによ急に」
「夏休みから、今日までずっとなにもないままじゃん、俺達。だからさ、そろそろ再開してもいいじゃないかって思うわけ」
「別にいいけど。そこそこ人気も出始めて今さら私に何を聞きたいのかしら?」
「そりゃ、これからのことだよ」
「これから?」
「そ。書き続けるためのモチベーションの維持の方法とか、ネタの集め方とか、他にも色々と」
「そんなのネットでググれば一発でしょ。私に訊く意味は?」
「あんな安っぽいのより、やっぱり現役プロの言葉を直接聞きたいわけですよ【月ライト】先生。俺のこと、プロにしてくれるんだろ? あと他にも、松島に協力してほしいこと、いっぱいあるしな」
「協力?」
「そそ」
「なによそれ?」
「例えば――」
残暑厳しい夏の空。晴れているのに青空ではない白っぽい天蓋の下で、松島は青葉からの言葉に対し、盛大に顔を歪めた――
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