第26話『これは夏休みイベントか否か』
泉たちとどんちゃん騒ぎをした翌日。
昨晩は帰りが少し遅くなってしまったが、母からの小言はほとんどなかった。
曰く――『まぁ……人様に迷惑かけない範疇で、羽目を外すんだよ』ということらしい。
放任主義というわけではないはずだが。青葉の母は基本的に息子の行動に対してかなり寛容だ。
その辺りは青葉的には助かる部分ではあるが……或いはそれは、青葉の『過去』に起因する、母親なりの息子への気遣いなのかもしれない。
帰宅してからは久しぶりに友人たちと遊びまわった疲労からか、風呂にも入らず直接ベッドへと潜り込んだ。時刻は深夜12時。 青葉はいつも起床のために設定しているスマホのアラームを切って、眠りについた。
どうせ明日からは夏休み。普段よりも起床時間が遅くなったとしても大して問題はない。
が、青菜は翌朝。なんどもバイブと共に音を奏で続けるスマホの通知音で強引に意識を覚醒させられた。
「うるさ……なんだよ……」
何度も、ピロンピロンピロンと立て続けに通知を送り付けてくるスマホに小さな苛立ちを感じながら手を伸ばす。
先日の疲労から来る小さな倦怠感を強引に抑え込み、青葉はスマホの画面を睨みつけた。
すると、またしてもピロンとスマホが鳴る。ラインの通知だ。画面の上部に小さく表示された通知には、【THUKI】というIDと、『起きろ(19)』という簡素かつ意味不明な文面が躍っていた。
途端、青葉の意識は僅かに浮上。のっそりと体を起こしてラインを起動した。
すると、青葉の目が見開かれる。
松島との連絡用トークルームの新着通知数が20を軽く超えていたのである。
何事かとトークルームを開くと、そこには縦にびっしりと『起きろ』という内容と共に数字が連番で記載されていた。
ラインを開くまでに、もう一件松島から『起きろ(20)』というメッセージが届いた。
……なんなんだよ。
先日、松島から夏休み中は『執筆で忙しい』という理由で、講義に関しては「やらない」と言われたはずだ。
それがまさかの怒涛の変則式モーニングコール。青葉が首を傾げたのは当然と言えただろう。
青葉は要件を訊き出そうと文面を打ち込もうとするが、またしても一方的な通知に指が止まる。
しかし、今度は『起きろ』ではなく、『ようやく起きた?』からの『この私に20回も無駄なことをさせるとは良い度胸ね』、『とりあえず8時に駅前の喫茶店に集合』、『必ず来るように』、『来なかったらこの写真をばら撒く』、『(青葉がピチピチのキャラ物のシャツを着ている写真)』、『それじゃ、待ってるわよ』――
まるでこちらから返事をする隙を与えない怒涛のメッセージラッシュ。
……あ、これ拒否権ないヤツ。
と、しばらくベッドの上で呆けながら、スマホの時刻を確認。
デジタル表示には『7:30』……今から全力で準備して間に合うかどうかという時間であった――
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おはよう青葉君。ギリギリね」
「……おはよう」
駅前の大型商業施設の中にある大手チェーンの喫茶店。
窓際に近い席で松島はタブレットPCを広げていた。傍らには湯気を上げるコーヒーに軽食のサンドイッチ。
彼女の今日のスタイルは、デニムのパンツにシャツの上からカーディガンを羽織り、長い黒髪を後ろで結ってポニーでまとめている。
いつも掛けている野暮ったい眼鏡もなく、その大人びた服装と目の前のタブPCとの組み合わせも相まって、できるビジネスウーマンという印象である。
「夏休み中は会わないって話じゃなかったっけ?」
あまりにも突然の呼び出しを喰らった意趣返しのつもりで少しだけ皮肉を口にしてみる。
しかし松島は涼しい顔で「絶対と言った覚えもないわ」と返してくる。
肩をすくめてみせる青葉だったが、いつまでも突っ立てるわけにいかず、カウンターでモーニングセットを注文して松島の待つ席に腰を落ち着けた。
「あなたを呼んだのは夏休み中の執筆について話しておくことがあるからよ。本来は終業式の日に話しておくべきだったのだけど……ちょっと忘れてしまったのよ。あなたも泉君たちと遊びに行ってしまったしね」
……それなら事前に連絡を入れておいてくれよ。
と思ったが、彼女がこうして急に予定を突っ込んでくるのはそこまで珍しいことでもなかったのでもう諦めた。
「まぁいいけど。で、話って?」
松島はタブPCを閉じると、コーヒーを口に含んでから話し始めた。
「夏休み中の青葉君の執筆についてよ」
「俺の?」
首を傾げると、松島はひとつ頷き切り出す。
「青葉君。あなた、普段はどんな休日の過ごし方をしているのかしら?」
「休日? えーと……」
普段、自分がどんな休みを過ごしているかを思い出す。
まず、前日は夜遅くまで起きていること多く、その分起床時間を送れて9時から10時頃に目が覚めることが多い。
そこから遅めの朝食兼昼食を取り、午後から小説の執筆を始める。
適度に休憩を挟みつつ、夕飯まで自宅のPCの前に座り、夜は夕食を食べて、テレビを見たり、買ってきたラノベを読んだり、興が乗ってるときは更に執筆したり……
「――て、感じだけど」
「なるほど……まぁ予想はしてたけどなかなかに学生らしい休日の過ごし方ね」
「問題あるか?」
「まぁただの学生なら問題はないけど。これから本気でプロになりたいならもう少し生活習慣を改めるべきね。とはいえ今回の話は青葉君のプライベートに食い込む話にもなるから実践するかどうかはあなたに任せるわ。でも学園からの宿題はさっさと終わらせなさいあんなもの執筆の邪魔でしかないわ」
「生活習慣って……具体的には?」
青葉の言葉に、松島は「そうね」と僅かに顔を天井に向け、
「6時に起きて朝の準備。7時から12時まで休憩を挟みつつ執筆。お昼を食べてからは1,2時間くらいお昼寝して、午後からは散歩がてらの書店巡り。気になった本があったら併設されてる喫茶店とかですぐに読んじゃうかしら。そうでなければ小説の続きを書いてるわ。夕方6時には帰ってきて夕飯を食べて、あとお風呂に入ったり青葉君みたいにラノベを読んだりして過ごしているわね。ちなみに夜の11時までには絶対に寝るようにしてる。どうせ夜になればパフォーマンスなんて落ちるんだから起きている意味がないもの」
ズラズラと並ぶ自分と似ているようで違う松島の生活サイクル。
意外だったのは松島が昼寝をしているという話だ。案外可愛いな、などと思いつつ、そこを突っ込むと松島に「ああ」と素っ気なく返された。
「昼寝をした方が午後のパフォーマンスが高いのよ。学園でも私はお昼を軽く食べたら保健室で仮眠を取ってるわ」
「へぇ……」
普段からどこに行ってるのかと思っていたが、まさかの保健室とは。しかも具合が悪いわけでもなく、ただ昼寝のためだけにベットを使っているのか。他の利用者がいたらどうしてるのだろうかとか色々と疑問に部分はあるが。
話の本質はそこではない。
「青葉君も知識として知ってるとは思うけど人間っていうのは基本的に朝が最も力を発揮する時間帯なのよ」
「それは知ってるけど」
昔から、朝に活動するのが一番勉強の効率がいいとは聞いている。
『朝の行動が人生を変える』みたいなキャッチの本を書店でもよく見かけることから、青葉とて朝になにかあるのだろうとは思っていたが、具体的な内容を知りようがないため、その場限りの知識のまま深堀することなく今日まで過ごしてきたのだ。
「なら今日から実践なさいそもそも朝に起きるくらいの自己管理もできない人間がプロになんてなれるわけがないから。夜は一日の終わりよ。そうは感じてなくても体や頭に溜まった疲労が蓄積されているからどうしたって昼間と比べてもパフォーマンスが落ちている。朝は全ての始まり。疲れも睡眠でとれてるはずだから何かをしようと思ったら一番効率的に、かつ精力的に取り組める。でももし頭がすっきりしないなら睡眠不足よ。覚えてるかしら? 青葉君、夜遅くまで執筆してたわよね? あれで出来上がった作品、正直に言ってかなり出来が悪かったわ。アレ、睡眠不足でまともに動かない頭で書いているからああなるのよ」
そこまで一気にまくしたてると、松島は「結論」と口にして、青葉を指さした。
「今日から夏休み。青葉君は朝に執筆する習慣を身につけることをおススメするわ。それと私からの課題、というか宿題も出しておくわ。というかこっちがメイン」
「宿題?」
「ええ。夏休み中、一本でいいから長編小説を仕上げること。分量はライトノベル一冊分。具体的な分量はコンテストなんかでよくある10万文字以上を目安としましょう。今回は特にユーザーからの評価を得ることは目的にしなくてもいいから、とにかく書き切ることを念頭にやってみなさい」
「分かった」
「まぁ、万が一にもあり得ないけどジャンル別ランキングにでも入ることがあったら、ちょっとくらい青葉君のお願いを聞いてあげてもいいわよ」
「え?」
思いがけない松島からの提案に青葉は目を開いた。
しかし彼女はつまらなそうにテーブルに肘を着くと、冷めたような目で青葉を見据えてきた。
「ニンジンをぶら下げられた方が青葉君もやる気出すかもしれないでしょ? ただし最後まで書き切れなかった時は今朝のあの写真を教室の掲示板に張っておくからそのつもりで」
「……」
今朝、いつの間に撮影していたのか青葉の写真。
あんなものが張り出されたら男子連中の格好のいじりネタにされるだろう。松島との関係性を秘密にしている以上、罰ゲームで着せられたと言い訳もできない。最悪青葉の学校生活が色んな意味で終わりを告げる可能性が高い。
「いやなら精々頑張りなさい。それじゃ、私はこれで失礼するわ。それじゃ」
と、松島はいつものように一方的に言いたいことだけを言って喫茶店から姿を消した。
他の男性客がチラチラと去って行く松島を盗み見ていたのを横目に、青葉は松島に手渡されたメモを見つめつつ、
「まぁ、やるしかないか」
と、小さく自分に活を入れた。
しかし、なんとも色のない夏休みのクラスメイトとの出会いイベントであったと、青葉は苦笑を浮かべる。しかも脅しでの呼び出しと来たものである。
とはいえ、なんやかんやと、執筆に関しての講義に夏休みの時間を使ってくれた松島に感謝しつつ、青葉はモーニングセットを胃の中に流し込んでいった。
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