第25話『友人との付き合い』

 時計の針が深夜11時を示す。青葉は自室のPCで新作のプロット作成に勤しんでいた。


 今回は以前に短編で書き起こした『ブラコン姉は隠れ義弟に過激なスキンシップを挑みます』の登場人物を増やしたり、内容をリメイクしていく予定だった。


 青葉は登場人物を増やしたことで複雑化した内容をどうまとめるか思案する。一人一人のバックボーンを脳内で組み立て展開を構築していく過程が本当に楽しい。

 

 日々の短編執筆もそれなりに順調だ。最初は無茶だと思われた20本の短編執筆も、夏休みまでになんとか書き切れる射程圏内まで来ている。

 そこには松島も意外そうな顔をしており、『途中で挫折するかと思ったけど、意外に頑張るわね』と珍しく素直な評価をいただいた。


 とはいえ、内容に関してはいまだに爪の甘い部分を的確にナイフような鋭さで指摘される。そんなこんなで青葉は毎度毎度精神に多大なダメージを負うことになっていた。

 最近では、なんでこんなに言われてまで書いてるんだろう、と自分自身に疑問すら抱き始める。

 

 或いは、本当に自分には本当にマゾっ気があったとでもいうのか。

 できればそこだけは認めたくないところである。 


 かれこれプロットを練り始めて5時間以上。自宅に戻ってからは食事と入浴時以外はずっと物語(ストーリー)を考えていた。


 しかし、ところどころで彼の手は止まる。


 その度に青葉の脳裏でチラつくのは今日の放課後、松島が最後に見せたあの表情だった……


「ふぅ……」


 青葉はキーボードを叩いていた指を休めた。これまでに作り上げたプロットの内容を再確認していく。


 エクセルに表示されているプロットはあと少しで完成するところまできている。残りは大きな山場だけ。多少無理をすれば今日中、あるいは日付が変わった頃にでも出来上がるだろう。


「寝るか」


 しかし青葉は完成間近のプロットを前にして完全に手を止めた。軽く腕を伸ばしてストレッチをするとデータを保存しPCをシャットダウンする。


『集中力が切れている時は無理に作業を進めないこと』


 という松島の言葉を思い出す。


 しかしその言葉を送った当の本人のことが気になって作業に集中できないでいるとは。なんとも皮肉な状況ではないか。


 ベッドに身を投げ出し、青白い蛍光灯の灯りを見上げて目を細める。


「なんだったんだ、あれ……」


 いつも自信に溢れた態度を崩さない彼女が見せるにはあまりにも不釣り合いな顔。彼女は青葉にとって成功者だ。だというのにあの自虐を含んだ言葉は、一体彼女の『どこ』から漏れ出てきたというのだろうか……


 7月に入り、あと少しすれば終業式を迎えて夏休みに入る。

 おそらく今年の夏は、青葉も小説の執筆に時間の大半を消費することになるだろう。

 友人の少ない青葉は夏休みの間に誰かと会う予定などまるでない。それ故に時間はたっぷりとある。


 きっと松島も青葉と同じように、しかしそこには確かな責任を伴った、プロとしての作品作りに精を出すのであろう。誰とも交わらず、何とも交わらず、たった一人で、キーボードをたたき続けるのだろう。

 それは彼女が選んだ道。誰にも干渉を許さない、彼女が自ら選び取った人生の在り方。


 青葉はそんな彼女を尊敬するし、カッコいいとも思う。学生の身でありながらプロとして第一線で活躍する松島の姿に青葉は憧れる。

 しかも彼女は執筆のためにあれだけの美貌を持ちながら青春の全てを投げ捨てたのだ。自分と同年代の彼女が、すでに将来を決めて全力で走り抜けていく。


 あまりにもその背中は遠く、手を伸ばしてもまるで届かない、遥か彼方の存在。それが、松島月こと【月ライト】という作家(クリエイター)なのだ


「……やっぱすげぇよな、あいつって」


 青葉はスマホを手に取って、彼女の作品が掲載されている大手通販サイトのページを閲覧する。先日に発売されたばかりの『加護塗れ転生』の最新巻には、すでに百を超えるレビューが掲載されていた。平均点も4.2と高め。中にはアンチな書き込みも見られるがそれだって人気があればこそ。青葉の作品にはないものが、松島の作品には全て揃っている。


「なんでこんな風に書けるんだろうな」


 羨望と嫉妬が胸と胃の間で渦を巻く。しかしそれはすぐに別の感情に押し流されて沈んでいき、代わりに彼女に対する疑問が浮上してくる。

なんであいつは、本を書いてんだろうか……


 気になった。彼女が空想の世界に身を浸し、物語を生み出すその原点は一体なんなのか……


 あるいは、あれだけの美貌をひた隠しにしてでも執筆に拘る理由が。


 青葉にはどうしても、気になって仕方なかった。

  

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 終業式も終わり、担任からの夏休みの過ごし方についてというありがたい説明を右から左に聞き流す。青葉は浮ついた空気の教室の中を眺め、その視線を松島の方へと移動させた。


 しかし彼女はいつもと変わりなくそこにいた。教室の影と一体化しているかのごとき存在感の希薄さをいかんなく発揮している。休みの予定などをコソコソと話し合うクラスメイトの誰からも関心を寄られることもないまま、淡々と教卓にその視線を注ぐ。


 彼女の表情からは何も読み取ることができない。他のクラスメイトたちと同様に浮かれているのか、もしくは執筆に対する意気込みに力が入っているのか、はたまた……秘密を知られたクラスメイトと距離を置けることに気を抜いているかもしれない。


 いずれにせよ、青葉と松島は今日を境に約一ヶ月という期間、互いに干渉することなくそれぞれの時間を謳歌するのだろう。

 夏休みというイベント。二次元では必ずと言っていいほど主人公とヒロイン、あるいは彼らを取り巻く多くの登場人物たちと関係を深めるような物語が展開される。


 しかし現実はどうだ。青葉は松島という非現実(ヒロイン)に遭遇して尚この体たらく。


 松島は青葉には一瞥もくれることなく自分の荷物をさっさとまとめて教室から姿を消す。


 それを呼び止めることもなく見送る青葉。

 教室の扉から松島が消えるのと入れ替わるように、


「青葉! 今日みんなで集まんだけどよ、お前も来ねぇか!」


泉が青葉に駆け寄り、放課後に一緒に遊ばないかと誘いに来る。むろん他のクラスメイトも顔を揃え、村田たちのグループもその輪に加わっていた。


「泉、部活は?」

「休みみたいだな。なんか先輩が揃って追試なんだってよ」

「大丈夫なのかお前んとこの野球部……」


 チラと面子を確認した青葉。彼らの中に自分が紛れ込む違和感を想像して思わずため息を漏らしたくなった。


 が、青葉は泉に視線を戻すと「いいぞ」と小さく頷いた。

「えっ! マジ!?」と、誘って来ておいて泉は目をしばたかせて声を上げる。


 しかしそれは仕方ない。青葉はいつだってクラスの集まりは蹴ってきた。その彼が首を縦に振ったのだ。それは驚きもするというものだろう。


「なんだ? 俺を誘ったのは意地の悪いドッキリか何かか?」などと意地の悪い言葉を返してみるも、「んなわけあっかよ!」と泉はニカっと人好きするような笑みを見せる。

泉は青葉の肩を気安く掴むなり集団の中に連行していく。


「今日は青葉も参加すっぞ~~!」


 などと声高らかに目立つような真似をしてくれる。


「お、珍しいじゃん」「てか何気に初絡みじゃね?」「うっしゃ~犠牲者ゲット~!」などとふざけながらも妙な歓迎ムードのクラス男子。だが村田あたりはどこか白けたような目で青葉を見やり、「へぇ~、青葉参加すんだ?」と口調の中に小さな排斥を覗かせる。


 しかし青葉はまるで取り合う様子もなく、「たまには」とだけ返しておく。村田が訝し気に眉を寄せる。しかし泉の「行くか~!」という号令に流されて集団はぞろぞろと教室を後にした。


 ちなみにどこへ行くのと青葉が訊ねると、川台駅前のボウリング場だそうだ。適当に遊んでゲーセン入ってカラオケでどんちゃん騒ぎ、という流れらしい。なんとも学生らしいというか。

 青葉はほんのりと居心地の悪さを感じつつ、メンバーからの妙な絡みを適当にやり過ごしながら目的地へと歩く。


 学園から出て近くの矢乙女駅まで歩き、そこから地下鉄に揺られて川台駅まで向かう。地上に上ると西側から外に出てペデストリアンデッキの向こうに見えるボウリング場の入ったビルへと泉たちと共に赴いた。


 今回青葉が彼らと共に行動することを決めたのにはもちろん理由がある。彼が次に書こうと思っている作品に登場させるキャラクターを作るためだ。

 主役やメインのヒロインは決まっているが、それらを取り巻くサブキャラクターはまだ陰影がフワフワしており、鮮明な輪郭を与えなければならない。いまだキャラクターデザインのアイデアに乏しい青葉は、より多くの人物を観察しキャラを増やしていく算段だった。


 それに、久しく遠ざけていたクラスメイトと遊ぶ、という感覚も思い出しておきたかった。

 ボウリング場についた面々は各々にゲームの準備を進めていく。中にはマイグローブとマイボールを持ち出してくるメンバーもいた。

 そして誰かが「ドンケツは全員にジュースの奢り~!」と言い出して場が盛り上がる。それと同時に幾人かのメンツが青葉にいやらしい笑みを浮かべてくる。


 しかし青葉はなおもそんなクラスメイトたちの存在を観察対象としてのみ意識する。手にしたボールの重みを確認し……さて、どれだけ勘が鈍っているやら、と小さくため息を吐いた。


 青葉の様子に何を思ったのか、クラスの男子と女子がハイタッチを交わす。まるで既に勝負は決まっているとでも言いたげだ。


「っしゃ~! まずは俺から行くぜ~!」


 泉がボールを手に、意気揚々とレーンに立つ。彼の第一投は白いピンを盛大に弾き飛ばすも二本が残り、しかし二投目で全てのピンを沈めてスペアとなった。そのまま続々とクラスメイト達は思い思いにボールをレーンに転がし、ピンを倒し、あるいはガターを決めて一喜一憂していく。そして青葉の順番が回ってくる手前、村田がピンを九本倒すも二投目を外してしまう。


「ああっ、くそっ……」


 と表情を歪める村田に「どんまい~」「下手くそ~」と周囲は冷やかしを入れた。それに対し「うっせ!」と声を荒げつつ笑みで返す村田。気安い雰囲気の彼らを青葉はじっと観察。


 しかし自分の順番が回ってきたことを確認し、ボールを片手にレーンの前に出た。


「青葉~! ぶっちかっませ~!」


 泉がノリノリに声援を送ってくる中、「気楽にいけ~」「二連ガターとがだせぇことすんなよぉ!」「お前それフラグ!」「ジュースゴチで~す」などと声援なんだか小ばかにしてるんだか分からない声を掛けてくるクラス男子。村田たちのグループはさして興味もなさそうに声を上げて駄弁っている様子だった。


「……ま、なるようになるだろ」


 青葉はレーンの先に見える十本の白いピンを視線に収め、ついでレーンに目線を落として第一投を放る。


 ――そして、全てのゲームが終わり、結果が表示された。トップの成績を叩き出したのは泉、そして時点での成績を収めたのは、


「イエーイ! やっぱ青葉つぇ~!」


 泉が青葉にハイタッチを求めてくる。青葉は片手を上げて、泉とパチンと手を打ち鳴らす。

 それを周囲のメンバーが唖然とした様子で見つめていた。


「ブランクあるくせにゴリゴリに攻めてくるとかマジでお前こえぇわ」

「ジュース奢りは勘弁だからな。金を使うならもっと有意義なことに使う。というかブランク2年の俺と僅差とかお前の腕が鈍っただけだろ」

「いやいや俺スコア180以上は平均で出してんだけど!?」

「まぁなんにしてもビリ回避~、いえ~い」


 気の抜けるような覇気のない間延びした声で勝鬨を上げながら青葉は腕をだらりと上げる。

 ここにいる全員に奢ればたとえ自販機の缶ジュースでも二千円近く飛んでいく。青葉としてはそれだけの金があるならラノベの新刊を二、三冊は買っている。


 泉とやいのやいのとやりとりをしていると、不意に青葉の肩がガシッと捕まれてにゅっとクラスメイト男子の興奮した顔が覗き込んできた。


「青葉ボウリングうめぇじゃん!」「マジ! なにあのカーブの角度えぐっ!」「つか泉はわかっけど青葉なんでそんなうまいん?」


などなど、やたらと質問攻めにあう羽目に。しかも今回は村田のグループに所属する女子たちも青葉に興味を持って話しかけてきた。


 たかだかボウリングの結果ひとつで単純な、と思うものの、こうして話をしていると個々に接し方が違っていることを改めて知ることができた。

当初の目的通り人間観察ができていることから、まぁいいか、と彼らを受け入れる。


 が、そんな俺達を尻目に一人の少女が「ちっ」と舌打ちをかます。村田だ。


「じゃ最下位の相馬君、ゴチになりま~す!」「くっそ~~っ! 絶対青葉がビリになると思ってたのに~~!」「あははっ! 油断したお前が悪い!」


 男子連中にどつかれながら自販機へと連行されていくビリの背中を見送り、青葉は顎に手を当ててその姿を見送る。


ふと視線を横にスライドさせると、村田が電光掲示板を見上げている。そこには今回の全員のスコアが表示され順位が掲載されている。

村田はトータルで三位。その上には青葉の名前がある。


 彼女の整った顔が僅かに歪み、青葉の視線に気付くと「なに?」と威圧的に声を掛けてきた。青葉は「なんでも」と返し「うざっ……」と吐き捨てて村田はグループの輪へと戻って行った。


「いつもは俺とあいつの一騎打ちみてぇな空気になって、勝ったり負けたりしてるからよ。お前に負けてかなり悔しいんじゃねぇの」

「ぽっと出の俺のことなんか気にしなくてもいいのにな」

「あいつってこういうとこで負けんのほんと嫌いだからな~。お前、休み明け村田に目ぇ付けられないように気を付けろよ」

「そういう忠告は勝負の前に言ってくれるとありがたかったよ親友こんちくしょう」

「いやまさかブランクあって村田が負けるとか思わなかったからよ」


 チラと、青葉は村田を盗み見る。ケラケラと大きな声で周りの迷惑などおかまいなしに会話している。その様子からは特に彼女が不機嫌な様子は見られない。しかし人間の内心なんていくらでも面の皮でコーティングできてしまう。


しかし彼女の過激さを知る青葉は、泉が言うように今後絡んでくる場面を想像し、ほんの少しげんなりする。しかし彼女が自分の脅威になりえるとは、『まるで考えてすら』いなかった。


 ――その後は、全員で商店街のゲーセンへ入り、各々好きに格ゲーやら音ゲーやらプリクラやらを楽しみ、最後にカラオケでハチャメチャに盛り上がった。そんな中、意外にも村田はめちゃくちゃ歌がうまいという事実を知った。


 結局その日、青葉は泉たちにあちこち連れまわされ、補導されるギリギリの時間まで付き合われることになったのだった。

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