第24話『新たなるステップ』
期末試験の結果が返却されていく中、青葉は可もなく不可もないといった、特筆すべきところない点数を取った。赤点には放課後の補習が義務付けられ、これを受ければ取りあえず進級に影響はでない。
教師がテスト問題の解説をしていく中、青葉は次に執筆する短編について考えていた。
先日に結果を確認してから1週間、青葉はこの間にもう6本の短編を仕上げアップロードしている。
ほぼ毎日1本執筆している計算だ。
前回と比べると少し評価は下がったものの、それでも評価とブックマークはついた。これまでの鳴かず飛ばずからようやくの脱却。
ゆっくりとではあるが、確実な手ごたえを感じて執筆に明け暮れる。誰かが読んでくれる。そう思うだけで筆のノリは一変し、次はどんな話を書こうか、と頭が常に作品を書きたい欲求で満たされていた。
そして今日、松島は青葉を呼び出し、
「ふぅ……短編の執筆は順調なようね。内容も以前と比べれば随分と良くなってるんじゃないかしら」
テストもほぼ返却され、あとは夏休みを待つだけとなった。執筆に集中できる環境にあることから意欲的に作業に励むことができる。
松島も『加護塗れ転生』の更新頻度を上げているようだ。
ただ、それ故かはわからないが。ここしばらく松島の表情に普段にもまして陰りがあるように窺えた。
「なぁ松島」
「なに?」
「なんかあんま顔色よくねぇけど、大丈夫か?」
「……私は普段からこんなものよ。気にすることないわ。そんなことより、青葉君も安定して評価がついて来るようになってきたし。この調子でいけば課題の20本執筆も十分に間に合いそうね。青葉君のくせに」
「おい」
「冗談よ……この分なら、長期休暇に合わせた長編執筆の準備を、今から平行して本格的に進めてもいいかもしれないわね」
会話を一方的に切り替えられてしまう。しかし青葉の中には小さな違和感が居座った。
とはいえ訊いたところでまともに答えも返ってはこないのだろうが。
「またいきなりだな」
「そうでもないわ。そもそもあなたは短編をいくつ仕上げたら長編にはいるつもりなのかしら? 100? 200? 確かに書くことに慣れる必要はあるけどそもそも青葉君は1年間、下手なりに文章を書いてきている。つまり書くことに対する準備はできていたの。あなたに必要な課題は
松島がスっと青葉の前に寄り眼鏡の奥から真剣な目で見つめてくる。
「『練習のための練習』はそろそろ終わりの時期よ。これからあなたは本気で作品を書いて、本気でWEB上での評価と向き合い、本番であるプロとしての作品作りへとステップアップしていくのよ」
「なんか難しそうだな」
「段階的にやって行けば問題はないはずよ。それじゃ、今日はサイトに投稿するにあたって、私が気を付けていることをいくつか教えてあげる。どれも難しいことじゃないから簡単に実践できるわ。ただし、これはあくまでも私が実践してうまくいったというだけで攻略の必勝法じゃないから気を付けてね」
「分かった」
「よろしい。それじゃまず、サイトにおける文章の書き方よ。これはいたってシンプル。行を普通の小説のように積めず、改行や会話文ごとに余白を作ること。ほら、サイトって横書きでしょ? あまり文章がギチギチにつまってるより空白があった方が見やすいの。これが決定的な評価に繋がるわけじゃないけど、覚えておいて損はないんじゃないかしら」
青葉はスマホを手に取り、松島から教えられたことをメモしていく。
「それと物語の冒頭からほぼ物語の完結といってもいいほどのインパクトを読者に与えること。簡単に言ってしまえば、最初からあなたが書きたいと思っていた内容を全て詰め込んでしまうとかそんな感じ。物語の展開がゆっくり過ぎると読者からはすぐに飽きられて読まれなくなるわ。後から盛り返す作品もあるけどかなり難しいから冒頭から本気で読者を引き込みにいくの」
ゆっくりと、松島はこれまで自分がサイトで実践してきた手法についての説明を青葉に伝授していく。
「あと、短編を投稿する前にも言ったけど。予約投稿は不人気の内は避けた方がいいわ。これは作品のタイトルがあらしじみたいになってきた傾向と少し繋がる部分があるのだけど。作品は投稿した直後、少しの間だけトップページに表示されるわ。でも、予約投稿をするとあっという間に他の作品に埋もれて見つけてもらいづらくなってしまうの。でもそれは投稿時間を少しずらすだけで多少改善される。サイトの作品は数が膨大だし、読み手はよほどでなければ検索してまで作品を探そうとはしないわ。基本的な移動範囲はサイトのトップと言ってもいいでしょうね。で、ここからがタイトルが長くなってきた理由に繋がるんだけど。つまり、更新の際にトップページに表示されるわずかな時間は本当に貴重で、そこでいかに興味を引いて作品ページにアクセスされるかがサイトで人気を獲得するための鍵になるの。短い時間で作品の魅力を知ってもらうためには、どうしたって分かり辛いタイトルよりも今風の長いタイトルの方が関心を寄せられるし、アクセスしてもらいやすくなる」
「だから、今のタイトルはやたら長い、と」
ちょっとした背景を知ったことで、今の書籍化されていく作品たちが何故ああも長いタイトルを付けているのかがようやく納得できた。
決してただ流行りというだけでつけているわけではなかったのだ。
「とはいえ分かり辛くても作品に興味を持ってもらえればタイトルが長い必要は決してないのだけど……まぁそれでも傾向として覚えておくと人気を得る足掛かりにはなると思うわ。実際問題として、タイトルを変えた途端にアクセス数が伸びた事例は多いもの」
青葉は松島の説明に傾聴しつつ、これまでは漠然としていた内容の掘り下げを聞かされて前のめりになる。
「あと、初回の投稿である程度話数をストックしておいて、時間を分けて投稿してみるのも戦略ね。さっきも言ったけど1回の投稿でトップに表示されている時間はとても短いの。でも、時間を開けて何度か投稿することで読者の目にある程度なら留まることが期待できるわ。それに初回投稿時は評価につながりやすいこともあるし、分割投稿はやって損のないテクニックね」
青葉はひとつひとつ師事に頷いた。普段よりも多くの内容を詰め込まれていく。それでも一つも内容を漏らすまいと脳を耳をフルに活動させた。
「それと、最後に一つ……これはテクニックとかそういうんじゃないけど聞いておきなさい。今までの話が青葉君の脳みそで理解できなかったとしてもこれだけは押さえておくことをおススメするわ」
なにやら余計な言葉がくっついていたような気もするが。青葉は聞きの姿勢を崩さず耳を傾ける。彼女は紅いフレーム眼鏡を取り、その奥に潜めていた瞳を真っ直ぐに青葉へ向けて、口を開く。
「楽しんで書きなさい。誰に、何を言われても、どんなに評価が下がっても、承認欲求のためだけに作品を書くことはしないことよ」
「承認欲求を満たすためだけに、書かない……」
「人はね。誰かに認められたいって根源的な欲求を持ってる。それは悪いことじゃないし、必要なこと。上昇志向は成長に欠かせない要素だから……でもね、それだけになると楽しくなくなるの。楽しかったことが、いつの間にかただの義務になってしまう。だから忘れないで。趣味で書いている今だけでもいいわ。ただただ、楽しんで書きなさい」
目を伏せた松島。青葉は思わず、彼女に問い掛ける。
「じゃあ、松島は今……楽しんで書けているのか?」
「……そうね」
松島は目を僅かに開き、そっと頭上を仰ぎ見ると、
「たまに、息苦しさも感じることはあるけど……」
ゆっくりと、その形のいい唇を開いて、
「こんなゴミ溜めみたいな現実を直視しているより、何倍も、何十倍も、楽しいわ」
まるで吐き捨てるように。見上げた視線を下ろした彼女の表情は、今まで見たことのないほどの、自嘲するような歪みに満ちていた。
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