第22話『短編勝負』
「――いいんじゃないかしら。以前のロボット人間よりだいぶマシになったわね」
ここ最近は恒例になってきた屋上に繋がる階段踊り場での密会。松島は青葉が仕上げたキャラシートをざっと確認、評価を下す。
「それじゃキャラクターも出来上がったことだし、次のステップに移りましょうか」
「おう」
次、という言葉に青葉は小さな達成感を得る。まだ物語も書いてないが。
「以前に起承転結の話はしたわね」
「ああ。物語の構成だろ」
「そう。基本的には起承転結、あるいは序破急といった、小説に限らず、物語を書く上で重要な要素よ。起こり、掘り下げ、山場、結末……どんな世界で、どんな人物が、どんな風に、どんな展開へ、決着していくのか……これを適当に考えて初心者が物語を書くのはかなり難しいわ。でも青葉君は既に最低限プロットを書くことは覚えている。覚えてるわよねこの数日で内容忘れたとか口にしたらあなたの頭を開いて物理的に皺を刻むわよ」
「いえ大丈夫です覚えてます」
「そ、ならいいわ。それじゃ次の課題は……短編を書いて、小説投稿サイトで評価を得ること」
松島はタブレット端末をカバンから取り出し、青葉も毎日のように見ている『文豪の卵』のトップページを開いき突き付けてくる。
「これまでは私という一読者があなたの作品を評価してきた。でも作品なんてものは顔も見えない第三者から好き勝手に評価されなくちゃいけない。好評も酷評もされないものはないのと同じ。青葉君の作品はまだサイトの中に存在しているようでしていないの。透明人間状態。まずはその状況から脱却するのよ」
とは簡単に言われても、と青葉は顔を顰める。
すでに小説を書き始めて一年ほど。これまで鳴かず飛ばずの状態で松島のいう透明人間状態だったものが、いきなり注目されるというのも難しい話ではないのか。
「あなたのそのアホ面から察するに、いきなり評価されるなんてどうすりゃいいんだよ、とか思ってるんでしょ図星ね論破ね」
「でも実際むずかしくないか? この一年で一つもブックマークすらされてないんだぞ?」
「そうね。でもね青葉君。青葉君はそもそも、『ネット小説』という媒体に関する知識をどの程度持っているのかしら? あなたの既存の作品を見た限りだと、ちょっとその辺も怪しいんじゃないかと私は思うのだけど」
「知識って言われもな」
「例えばタイトル……これに関してはどう思うかしら?」
「え? いや、普通に作品を象徴するものを付ける、って感じだけど……」
「間違ってはいないわ。じゃあ、青葉君は作品にどんなタイトルを付けてきたかしら?」
「え?」
言われ、青葉はスマホを取り出し、『文豪の卵』に跳んで自身の『マイページ』を開く。
「『転生勇者大陸戦記』、『ハニーホイップコーヒー』、『あの日に君を追いかけて』とか……」
「まぁ普通の書店とかだったら見かけるかもしれないタイトルね。センスは壊滅的だけど」
「おい」
「でもネット小説だとこの手のタイトルはなかなかアクセスされないわ」
そう言って、松島は今度はサイトの総合ランキングのページを開いて青葉に見せてくる。
「これは見て分かる通り、このサイトで今、最も読まれている作品たちのタイトルよ。このタイトルとあなたの作品のタイトルを比べて、どう思うかしら?」
訊かれ、青葉は自分の考えたタイトルと、サイト内で堂々と上位に食い込んでいる作品のタイトルとを見比べる。
「……その、なんていうか……長い」
もはや一目瞭然。一体何文字使ってるんだよ、と突っ込みたくなるほどに、タイトルが長い。これ一つがすでにあらすじのようなものである。
「そうよ。ネット小説のタイトルは、タイトルの時点であらすじと同じ役割を果たしているものが大多数。そこにすぐ気づくあたり、青葉君もなんとなく人気作品の傾向は理解できてたんじゃないの?」
「いや、まぁ……」
が、返答の内容に対して青葉の声には少し陰が見てとれる。
「もしかして青葉君……あなた、この手のタイトルが割と『地味に世間受けが悪い』ことが多いから、メガヒット作なんかを真似てタイトルを決めてたんじゃない?」
「……」
「これも図星ね……でもまぁ、人気作品に倣うその姿勢は間違ってないわ。でもね青葉君……批判って、とても言葉が強いからどうしても印象に残りがちだけど、ここに名前を連ねているランキング上位の、世間で批判的なタイトルを携えた作品たちは、確かな評価を得てここに載っているのよ。それに、私の作品もどうかしら? タイトル、やたらと長いと思わない?」
「…………確かに」
言われ、青葉はスマホを取り出して松島の書いた作品のタイトルを確認した。
『加護まみれ転生~神様に愛されすぎた彼女は異世界を無自覚に無双する~』……
昨今の流れに乗ったタイトル。文字に起こすと三〇字以上である。
「それにあなたが以前、一番印象に残ってると言って挙げた作品のタイトルだけど、アレだって数えると二十文字くらい使ってるのよ。なのに累計発行一〇〇〇万部を超えている。最近のライトノベルのタイトルが長文化しているのはもはや文化みたいなもの。つまり、それ自体が読ませるための戦略よ」
改めて、青葉は松島が持つタブレットの画面を注視する。長すぎて一行に収まらず、二行で表示されている作品の数々。中には青葉が理想とするような短いタイトルもあるが、それは本当に一握り。
「ネット小説はその膨大さ故に如何な良作も簡単に埋もれてしまう……こうしてランキングなんかに乗ることとができれば常に誰かの目に留まることはできるけど、そうじゃない大多数は少しでも読者の関心を集めるためにこうした長いタイトルを付けて利用者の視線を自分へと誘導するの。まずは読んでもらわなくちゃ始まらないから。でもあなたの付けたタイトルだけだと作品の内容が分かり辛くて敬遠されてしまうことが多いの。パッと見てすぐに、『あ、この作品のはこんな内容なんだ』って分かってもらうには……」
言いながら、松島はタブレットの画面を指でさし、
「こういったあらすじみたいなタイトルが効果的なのよ。ほら、見ただけでなんとなくこの作品がどんな内容か分かるでしょ?」
「まぁ確かに」
「世間での受けが悪いことがあるのは確かよ。でもね青葉君。まずは批判をされるほどに注目されなくちゃ、作品はあってもないのと変わらないの。読んでもらってこその作品。そのためには利用できるものは何でも利用していきなさい。もちろん、サイトの規約の範囲内でね。不正をして読まれたところでそれはあなたの実力じゃないもの。いっそ詐欺師でも目指した方が無難ね。もちろん警察に秒で突き出してあげるわ」
青葉は松島のボケをスルーして、タブレットの画面を注視する。
松島は少しだけむっとしたようだが、口を挟んでくることはしない。
「タイトル、か……」
今までは、万人が受け入れてくれるようなタイトルを付けるんだという考えで、あえて真面目に、作品を象徴するよう意識してタイトルを考えてきた。
しかし、まるで誰に読まれることもなく、ただただ無為に時間が流れていった。
作品は、読まれなければ存在していないのと変わりない。松島の言う通りだ。
「もうちょっと考えてみるよ」
「それがいいわ。さて、それじゃ青葉君、あなたにはさっきのタイトルの件も含めて、まずは短編をいくつか連続で仕上げて、実際に投稿してみなさい」
「え? でもまだもっとうまい文章の書き方とか」
「前回に渡したメモに目を通してるなら大丈夫よ。書き方であえて気を付けるなら『てにをは』。これを意識して書くことね。それと、スマホでいいから自分が普段使わない言葉を文章内で使った時、その用法が正しいのかどうか調べる、この二点だけ意識しなさい」
「『てにをは』?」
「……助詞のことよ。文章の間を繋ぐ、『が』、『を』、『は』とかね……例えば、『小説を書く』っていう一文の『を』。これが助詞。試しにさっきの文章をあえて弄って、繋ぎを『が』にすると、『小説が書く』になるでしょ? この小説には手足でも生えてるのかしらね恐ろしいわねでもちょっとだけ面白そうだわ。ていう具合に、間違った助詞を使わないだけで文章は最低限よめるものになるわ。あと、うまい文章を書こうとしないこと。文章を書くこともスポーツと同じ。何度も書いて反復することでうまくなるの。最初から完璧を求めると挫折の原因にもなるからほどほどに。それと常に言葉の意味を調べる癖をつけることで語彙は増えるし間違った使い方も防げるわ。たとえば、『おもむろ』って言葉、正しい意味を知ってる?」
「え? ……いきなり動くとか、そんな感じ?」
「はい間違い。『おもむろ』っていうのは動作がゆっくりしている様を表す単語よ。ね? ニュアンスだけで知っている気になってても案外知らないものでしょ?」
松島の言葉が正しいのかどうか、実際に青葉はスマホで調べてみる。すると、確かに彼女の言うように『おもむろ』とは動作がゆっくりとしている様、と松島の言葉そのままで記載されていた。さすがにぐうの音も出ない。
「気になったら放置せずに調べる。これをおろそかにしないこと。以上よ」
そんなわけで、青葉は松島からの指示で、短編を仕上げることになった。
「ただ、目標もなく書くのもモチベーションが上がらないでしょうから……今回青葉君は、アクセス数トータル『500』以上に、総合評価『20』以上。これを目指して頑張りなさい」
という、今まで全く読まれてこなかった青葉には、いささか高い目標が設定されたのだった。
「さて、そろそろ私は行くわ。作品ができたら私に見せる必要はないから、取り合えず自分なりに考えて投稿してみなさい。あ、ひとつだけアドバイスするなら、人気がないうちの予約投稿はやめておきなさい。他の作品群に埋もれやすくなるから、時間をずらして投稿するのよ。それじゃ」
いつものように、一方的に伝えることだけ伝えて話を打ち切る松島。しかし青葉は、背を向けた彼女に声を掛ける。
「なぁ?」
「なにかしら? 私の貴重な昼休みを浪費してまで付き合ってあげてるんだからこれが無駄な質問だったら鼻フック決めるわよ」
指を二本立ててぐっと突き上げるようなジェスチャーをかます松島。
「モチベーション維持って意味ならさ、さっきの目標達成した時、松島からなにかご褒美的な物をいただけないかと」
「は?」
まるで虫けらやゴミでも見るような冷ややかな視線を突き刺してくる。もはや物理的な圧すらも感じさせる眼光は眼鏡という遮蔽物さえもすり抜けて青葉を射殺さんばかりである。
「なに? 私のサイン本でも欲しいの? それとも個人的にデートでもしろと?」
「ああ、それもいいな。でも、まぁそれよりかは」
が、ここしばらくの付き合いで松島からの圧力にも慣れてきた青葉は華麗にスルー。指を一本立てて提案を口にする。
「松島の恥ずかしい話とか聞きたいかも」
「は……?」
松島の目が呆れに細められて「なに言ってんだコイツ頭は大丈夫か」という空気をビンビンに放出してきた。
「でもまぁそれだとフェアじゃないし、もしも目標達成できなかった時は、俺のとっておきに恥ずかしい話を聞かせてるってのは?」
断られる前に青葉も自分で自分が不利になる提案を松島に提示。松島はそれでも表情を変えなかったが、手を口元に当てて思案するような仕草を見せると、
「女子の恥ずかしい話と男子の恥ずかしい話を同列に扱わないでほしいんだけど。でもいいわ。追い込まれた方があなたも少しはマシな文章を書くかもしれないし、乗ってあげる」
不承不承という体を露骨に示しながらも承諾した。
「OK。で、期限は?」
「投稿してから一週間の間に目標が達成できたらあなたの勝ち。少しでも達成できなかった時は私の勝ち。それでどうかしら?」
「ああ。で、松島」
「今度はなに?」
「たまには一緒に飯でも食わね?」
なんとなく、そんな提案を重ねて松島にしてみた青葉だった。
「寝言は寝て言いなさい。なんで私があなたと一緒に食事しなくちゃいけないの」
しかしものの見事に玉砕。しかし青葉はなんとなくこの結末を分かってて話した節がある。それ故か、これといって特にショックを受けた様子も見られない。
「こないだ一緒に外で食べたくせに」
「状況が違う。バカ言ってないであなたもちゃんと作品づくりに集中していなさい。それじゃ」
今後こそ、松島は青葉に背を向ける。どこか不機嫌そうに足を鳴らして机の隙間に入り込み、その姿を青葉の前から消した。
残された青葉は、いつも松島が腰掛けている椅子に腰を下ろし、
「なにやってんだろうな、俺……」
と、先ほど自分から他人に関わろうとした己の行動に、自分自身で疑問符を浮かべていた。
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